第27話 不穏な旅路


 宇宙船が惑星レイアに向けて出発し、三時間が経過した。


 船内はほどほどの広さであり、三階層に別れている。

 一番上である第一フロアに作戦会議室やオペレーションルームが置かれており、船の頭脳となっている。

 第二層フロアは主に船室として作られており、その他食堂やシャワー室など生活に関わる大体の施設が集められている。

 一番下である第三フロアは、機械獣夜叉や戦闘機が積まれている格納庫だ。整備などもここで行われている。


 この船には軍も同行しており、形式上は巫女様を護衛することとなっている。

 しかし、僕の任務は外敵からこの船を守ることだけではない。

 軍部は、もしかしたら教会に政権を取られることを恐れ、暗殺という強硬手段に出るとも考えられる。

 その有事の際に、僕は巫女様を守らなくてはならない、というわけだ。


「とは言ってもなぁ」


 僕は充てがわれた小さな船室の二段ベッドに寝転んでため息をついた。


 いざ軍と戦わなくてはならないという時に、僕はどちらの味方をするべきなのだろう。


 感情としては軍だ。

 けれど、一教徒として至天民に対する敬意を忘れているわけではないし、僕自身一ヶ月の生活で教会のサーレたちとも交流が持てた。戦いたくはない。


「ランデくんランデくん」

「なんですかサガミさん」

「流石に暇だよぉ。組手しようよぉ」

「こんなベッド以外スペースがない船室で何しようっていうんですか」


 僕の真上から気だるげな声を出す女性、トーマ・サガミ。

 格好こそ他の侍女と同じだが、彼女は明らかに異質だ。

 口調も全然しっかりしていないし、話す言葉もゆるい。硬派な印象の教会に属するとは考えにくいサーレだ。


 しかし彼女は僕の見立てでは一番格闘戦が強い。

 なんども組手をしたが、相手の弱点を把握し、そこを突く勘のようなものが、非常に優れていると気づいた。

 特徴としては、そのグラマラスなボディだろうか。

 羽織るような不思議な服に太い帯を巻いた教会特有の服では、体のラインが見えにくいはずなのだが……純粋な少年である僕には目に毒だ。


 そんな彼女は僕が個人トレーニングをしている時に声をかけてきて、それから一緒に戦闘訓練を重ねるようになった。

 そのおかげか、随分と仲良くなることができたため、相部屋を許された、というわけだ。


 ちなみに巫女様は今作戦司令室で国防軍中佐、ネビル・エリントンと話している。サガミさんはフリーというわけだ。


「ねぇ〜」

「抱きつかないでください」


 仲良くなりすぎたあまりか、僕を後ろから抱きしめたりしてくるし背中に色々当たったりするし……船室が少ないという不幸に、感謝!


「ねぇ、ランデくん」

「なんです?」

「巫女様のこと、どう思ってる?」

「え?どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ」


 顔は見えない。いや、意図的に見せないようにしているのだろう。


「どうもこうも、至天民様には敬意しかありませんよ」

「そういうことじゃないよ。サーレとして、どう思っているのか知りたいの。そんなことわかってるでしょ?」


 この質問になんの意図があるのかは分からない。

 けれど、声音から感じる雰囲気は真剣そのものだ。ならば、誠意をもって答えるべきか。


「可愛らしい、と思いますよ」

「ロリコン?」

「違います」

「だよね。おっぱいばっか見てくるし」

「いや見てませんし全く全然見てません嫌だなぁもうははははは」

「そんな必死にならなくても……」


 素直に答えたらこれだ。なんていう巧妙な罠。


「年相応に可愛いって意味ですよ。子供らしさがあって」

「ふふ、そうだね。それに関しては同感かな」

「いいんですか、そんなことを言って」

「いいよ。誰も聞いてないし」


 これまでの態度からして、サガミさんは案外不敬なサーレなのかもしれない。

 今までは侍女から至天民や教会内部の情報を集めることを控えていたが、サガミさんならもしかしたら……


「あの」

「私ね、みんなが大好きなの」

「え?」

「修道女として教会に入って、心細かった私に、アズサちゃんとヒバナちゃんは仲良くしてくれた。侍女になった私を、巫女様も受け入れてくれた」

「そう、ですか」

「だから、誰も失いたくない。ずっと平和に暮らしていたかったの。けど……巫女様は外に出なくてはいけなくなった。そして今、こうして危険な場所に立たされている。ただでさえ気を張らなきゃいけない状況で、身内にもいつ爆発するか分からない爆弾を抱えなきゃいけない」


 その爆弾とは誰のことですか、とは流石に聞けなかった。


「だから、これは警告。貴方はきっとすごく強い。私が本気でかかっても勝てないと思う。けどね、きっと命だけは奪ってみせる。巫女様や私の友達に危害を加えるなら、絶対にね」


 感じるのは、間違いようもない殺気だった。


「そんなつもり、ありませんよ」

「うん、そうだよね。だから一応」


 サガミさんは僕を離し、いつも通りの笑顔を見せた。


 この船内の空気は非常にピリついている。

 いつ、軍が巫女様を襲うか分からないという教会側の不安と、その警戒を察知している軍。


 サガミさんもまた同様に、顔では平静を取り繕っても、冷静ではいられないのだろう。


「本当に、信頼されるというのは難しいですね」

「そりゃそうだよ。君、怪しすぎ」

「それなのに巫女様と一緒にいろって言われたりと、よくわかりませんね」

「ああ、アズサちゃんは甘いから」

「あれが甘いんですか……」

「うん、巫女様にはだだ甘。だから、きっとランデくんには歳の近い友達になって欲しかったんだと思うよ」

「巫女様のですか?それはまた身に余りますね」

「ふふ、そうかな?まぁどちらかというとお兄ちゃんって感じだけど」

「そうですね。孤児院の子供達とはよく接していましたから」

「へぇー。そうだ、せっかくだしランデくんが教会に来るまでの話でもしてよ」

「いいですよ。何から話しましょうか……」


 それから、僕の思い出話にサガミさんが相槌を打つ、穏やかな時間が流れた。


 そうしているうちにしばらくして、扉がノックされた。


 ツルギさんが開いた扉の向こうには、巫女様もいる。


「二人とも一緒にオペレーションルームまで来てください」


 言われた通り、ツルギさんのあとをついて行く。

 オペレーションルームには軍人と教会関係者が双方一〇名ずつほど混在していた。


「見えてきました。あれが……」


 ツルギさんが正面の巨大モニターを指差す。

 宇宙船の周囲を移すその画面には、暗闇の中に光の点が見える惑星が映し出されていた。


「間も無く到着です。あれが、基地惑星レイアです」

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