第22話 侍女の実力


 壁の向こうからは、大工が金槌を振るう音が聞こえる。

 もう復興に着手しているのだ。


 セイレーンに住まう者の多くは、辛うじて破損を免れた大規模施設や避難所等で生活している。

 そんなサーレたち不安をなくすためにも、素早い動きが必要なのだ。


 と、冷静に一人考える僕はと言うと、芝生の上で寝転んでいた。


「暇だなぁ」

「……今は体を休めといたほうがいい」


 その隣には、クレアがいた。

 至天民と別れ自室を案内された後、大聖堂内での自由を許された僕は庭園をぶらついていた。

 そこで、空の星を見つめるクレアを見つけたのだ。


「クレアもずっと僕と一緒だけど、仕事とかないの?」

「教会は壊れてしまったから。しばらく私はここに置いてもらえるらしいの」

「そっか。よかった」


 無事であったことは嬉しいが、彼女はまた無表情で淡白なキャラを取り戻してしまったらしい。

 心配のあまり泣いてほしい、なんて言うつもりもないけど、なんだか寂しくもある。


「やることもないしトレーニングでもしようかな」

「そう」

「クレアは?」

「もう少しここで寝てるわ」

「そっか」


 随分とのどかなものだ。僕は苦笑を返し、非常に大きな庭園でジョギングを始める。

 教会の損害は比較的少なく、一部の神官たちは復興に助力しているらしい。


 僕はというと、特に一ヶ月後までやることもなく、日々トレーニング……というよりは、リハビリをしていた。

 僕は人類の襲撃から一週間ほど眠っていたようで、体は鈍りきっていたのだ。


 全身の傷や骨折は、その間に医師が調和で治してくれたようだが、当然完治ではない。

 こんな形でセイレーンを出るとは思わなかったが、一ヶ月の猶予は純粋にありがたかった。


「貴方……先日から何をしているのです?」

「え?」


 いきなりかけられた声に驚く。

 気配を全く感じられなかった?直感は悪い方ではなかったと思うけれど。

 とはいえここでこちらから警戒しても仕方ないだろう。出来るだけ柔和な表情を作り、対応する。


「こんにちはイクモさん。リハビリをしていました。至天民様とご同行できるにも関わらず、現場で動けないでは申し訳が立ちませんから」


 ヒバナ・イクモさんという神官は、至天民の侍女をしている。

 そして、ここでは僕の世話係兼監視係も担っている、というところだ。


「おかしいですね。貴方の傷はしばらくまともに歩くことすら困難なレベルだったはず。そんな風に走ったりするなどできないはずですが……」

「えっと……まぁ師匠に結構痛めつけられていたりしたので少し慣れたというか」

「師匠、というと」

「はい。シエル・ベスマン元中佐です」


 当然僕のことは全て調べ上げられている。下手に誤魔化すといらぬ警戒を招く。


「そうか。あの裏切り者か」

「っ……」

「貴方は、最後に奴と会ったそうですね」

「はい」


 やはり、僕を中佐の協力者と疑っているようだ。


「卑劣な女です。だまし討ちでサーレを攻撃しようだなんて。英雄などと持て囃されてはいたようですが、所詮は大したことのないサーレだったのでしょう」

「……そうですね」

「それに、貴方も貴方です。そのような弱者に敗戦し、みすみす逃すとは……」

「お恥ずかしい限りです」

「貴方の士官学校で兵士科主席だった者も、まんまと殺されて……国防軍の未来とやらも暗いですね。私でも簡単に主席が取れそうです」

「…………意地悪なことをするのは、やめてください」


 僕はにこやかに返した。


「ほう、その歳にしては立派な精神力です」


 予想通り、僕を挑発していたらしい。


「なぜこんなことを?」

「当然、気に食わないからです」

「はっきり言いますね。流石の僕も傷ついてしまいそうだ」

「はっ、眉ひとつ動かさないで戯言を」


 敵意を隠しもせず、彼女は僕を睨んだ。


「危険なのですよ、貴方は。巫女様の近くになんて、とてもじゃないけど置いておけない」

「けれど巫女様、というよりは他の至天民の方々の意見は……」

「そう、貴方を引き入れる方針を取りました。巫女様がどうなっても良いと申すのか……」

「それで、僕に手を挙げさせようと?」


 イクモさんは答えない。


「それで、僕がいざ暴れたらどうするんです?イクモさんの目的は果たせるかもしれませんが、本当に僕が危険人物だったら、死んでいたかもしれませんよ?」

「私が、貴方に?冗談でしょう。言ってはおきますが、私が先ほど貴方に向けた発言は確かに挑発を目的としていましたが、本心でもあります。新兵ごときに負ける私ではない」


 自信ありげだ。至天民の侍女は戦いの心得もあるらしい。

 教会ないからどのように選別されているのかは知りようもないが、立ち振る舞いからして弱くはないだろう。


 そして、彼女の情報以外にも非常に大切な情報を知ることができた。

 至天民とその巫女の間には、恐らく確執がある、ということだ。

 神に近しい至天民といえど、感情を持ったサーレであることに変わりはない。一枚岩とは限らないんだ。


 これだけ知ればもうこの会話に十分意味はあったと言える。しかし……


「そういえば、巫女様は何をしているんです?」

「そんなことは貴方には関係ない」

「いえ、私も外で復興の手伝いをさせていただきたいと考えまして。そのお願いを、と」

「そんなことが許されるわけないでしょう。罪人は罪人らしくここで大人しくしていなさい」

「そうですか、大層お暇なのではないかと思ったのですが」

「……何?」


 食いついたな。

 僕は口角を上げ、追い打ちをかける。


「いえ、民がせっせと働く中、暇を持て余すのは僕にとっては辛いのです。いくらじっとしていることがお得意な至天民様とは言えど、あのお年。一人遊びも飽きてくるのではないかと」

「それ以上の侮辱は許さん」


 見れば、イクモさんは殺気を放ちながら僕を睨みつけていた。

 効きすぎたか?いいや、そんなことはない。


「先ほど僕の精神力を上から評価していた方とは思えないですね」

「どうやら礼儀というものを教わる前に士官学校を出てしまったらしいな。私が直々に教えて差し上げましょうか?」

「そうですね、ちょうど体が鈍っていたところです。随分腕に自信があるようですので、リハビリにお付き合いくださいますか?」

「はっ、いいだろう」


 さっきまでの敬語は何処へやら。

 今のイクモさんは、完全に戦士の顔になっていた。


 だが、こちらとて容赦する気は無い。体に痛みは残るが、完膚なきまでに叩き潰すと決めていた。

 何故なら彼女は、僕の友人の死を嗤ったのだから。


「いくぞ」

「いつでも」


 お互い構える。

 格闘戦は、僕の得意中の得意分野だ。


「しっ!!」


 様子見の中段突きか。舐められたものだ。

 ひょいと躱してみせる。


「お前、本当に怪我をしているのか?」

「言ったでしょう?痛みには強い方なんです」

「そうか。じゃあ、耐えきってみろッ!!」


 次は中段突き二連か。

 左右に体をズラし避ける。それを読んでいたか、少しだけ揺れる足に向けて下段蹴りを打ってきた。

 ジャンプして躱す。するとそのまま蹴り上げで追ってきた。


「上手いな」


 思わず口から出た、賞賛の言葉。

 僕は蹴り上げられた足を手で受け止め、衝撃を減らしつつその勢いを利用して後退した。


 これで決める予定だったのだろう。流石にイクモさんも驚いたようで、蹴りの感触を確かめるように足を振るった。


「貴様、格闘戦が得意とは知っていたが、成績上ではここまでではなかったはずだ」

「そんなことはありませんよ。それより、これで終わりですか?」

「舐めるなよ、ガキ」


 それから、イクモさんは何発も蹴りや拳を突き出してきた。

 僕は防御に徹し、攻撃を躱し続けた。いつか疲労したところで、攻めるつもりだった。

 しかし、イクモさんの技は衰えることなく、常に最高レベルの攻撃を繰り出してきた。


「なかなかしぶといな」

「こっちのセリフですよ」


 このまま攻撃を受け続けていては終わらない。

 いい訓練にはなったが、もう夕食の時間だ。

 それは相手も同じようで、先ほどからさらに技の勢いが増している。本気で殺す気なのだろうか、と心配になるほどだ。


「ふっ!」


 一転。

 僕はこれまでの防御を捨て、イクモさんの懐に潜り込んだ。


「なっ!?」


 完全に不意打ちだった。イクモさんも相当な実力者だ。肉体の披露をみせる気配もない。

 ならば、精神の疲労。油断を突く。


「すみません」


 一応謝ってから、腹部に向けて最速の拳を放つ。


 取った。


 確信はあった。

 武術の達人であろうと、どうしようもない状況は必ずある。

 避けられるはずのない一撃のはずだった。


「ぐうっ!!」

「っ!?」


 信じられなかった。

 イクモさんは予備動作なしで後ろへ飛んだのだ。

 足首に縮ませておいた仕込みバネでも入れておかねばできないレベルの動きに、一瞬思考が停止させられる。


「はぁ……はぁ……」


 必殺の一撃は躱され、成果といえば相手がようやく息を切らせた程度。


「イクモさん、あなたは……」


 何者なのか。そう尋ねようとした時、背後に気配を感じた。


「何をしているのですか?」

「「え?」」


 イクモさんと同時に間抜けな声を出す。

 それも仕方ない。そこには、至天の巫女カグラ・イスルギが立っていたのだから。


「こ、これは訓練なのです!そうですね、ランデ・ベルーゼ!」

「は、はい!決して喧嘩などでは……」

「…………」


 無言。

 子供だと思ってはいるものの、何故だか感じるこの威圧感はやはり彼女も至天民ということなのだろう。


 その日の夜、僕は夕食を抜かれた。

 ついでに喧嘩(訓練)のせいでいつの間にか大荒れだった庭園の掃除を仕事に加えられてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る