第23話 アズサ・ツルギ


 このレイア大聖堂での暮らしも一週間がすぎた。

 そこで、僕はジャキジャキとハサミを振るっていた。


「ふっ、こんなものかな」

「いやこんなものか、じゃないですけど」

「イクモさん、まさかこの『立ち上がる女神』の美しさが理解できないと言うんですか?」

「理解の範疇を超えていますね」


 教会の庭園、その中央にあるトピアリー。

 ただの四角形では味気ないと思い、庭園掃除のついでにちょっといじってみた結果なんだか入り込んでしまった。

 気づけば立派な女神を象っており、自身の才能に戦慄だ。


「いや、これはどう見てもヘドロから出てきたバケモノだ……」

「な、なんて事言うんですか!?」


 隣に並んでいるイクモさん。

 喧嘩したのち、一緒に庭掃除を命じられている。

 そこから少しだけ仲良くなったりならなかったりで、最低限普通に会話できるようになった。


「すぐに切り直します。貴方はツルギとサガミの足止めをしていなさい。こんなのが見つかれば私が怒られてしまいます」

「こんなのって……」


 硬派な人だが、意外と抜けてるところもある。

 ついでに美的センスも抜けているらしいな。悲しい事だ。


 僕は聖堂に入り、最上階、巫女の侍女部屋をノックする。


「なんですか?」


 出てきたのはサガミさんだ。その奥では、ソファに座り本を読むツルギさんもいた。


「庭園の掃除が終わりましたので、そのご報告を」

「そうですか。では、見に行きましょう」

「是非に」

「……?随分と自信ありげですね」

「ふふ、ご覧になればわかりますよ」

「そうですか。ツルギ、貴方も行きますか?」

「そうですね、散歩ついでに」


 二人を連れて庭園に戻る。

 しかし侍女三人組は格好も背丈も似ているから見分けがつきにくいな。

 白いリボンで髪を纏めてポニーテールにする、と言う格好は至天民に近い女性の作法的なものなのだろうか。


「って貴様!なんでこんなに早く二人を連れてきてるんだ!?」


 庭園ではせかせかトピアリーを手直ししているイクモさんがいた。

 まだ原型は留めていたようだ。危ない危ない。

 さて、二人の反応は……


「なんですかこの醜いトピアリーは」

「これで終わったなどと抜かしたのですかこの男は」

「そ、そうですよね!私の感性は間違っていませんよね!」

「え?」


 あ、あれ?


「な、何を言っているんです!?これは完璧な女神像でしょう!?」

「頭が痛くなってきました。貴方は今日の掃除はもういいです。イクモ、私と一緒に早く手直ししましょう。巫女様の目に触れたら毒です」

「ど、毒扱い……?」


 爽やかな笑顔を浮かべてはいるがサガミさん、それはひど過ぎるだろ。

 手直しの手伝いすら命じられないほどに僕のセンスは壊滅的だと言うのか?

 認めない。認めないぞ。


「あ、走って逃げました」

「ふふ、少々いじめすぎましたかね」


 他の二人も大概だが、サガミさんは特に毒舌だ。

 しかも、それで傷つく僕の反応を楽しんでいる節があるからタチが悪い。


 僕は逃げ、借りた竹刀で素振りを始めた。


「またトレーニングですか?」

「……それしかやることがないので」


 逃げた僕についてきたのか、ツルギさんに声をかけられる。

 この人はあくまで仕事を忠実にこなすサーレ、と言った印 象だ。あまり普段から自身の感情を表に出すタイプではない。

 だから、このように話しかけてくるのは初めてであり、意外だった。


「イクモと戦い、無傷で済んだというだけはありますね。いい体をしている」

「あ、ありがとうございます?」


 いい体と言われるのもなんだか微妙だが、褒められているらしい。


「それに、随分二人とは親しくなったようです」

「そんなことはありませんよ。イクモさんはいつも怒っているし、サガミさんにはからかわれてばかりです」

「たった一週間でそこまでの仲になればなかなかのものですよ。大したものです」

「……今日は、たくさんお話ししてくれますね」

「そうですね。私は元々おしゃべりなのです」


 その笑顔に、裏は感じられなかった。


「僕は嫌われていると思っていましたよ」

「裁判のことですか?」

「えぇ、まぁ」

「あれは仕事ですから。それに、至天の御方の代理でしたから緊張していたのです」


 緊張であんな恐ろしい顔で睨んできたのだろうか。いや、そんなわけないだろう。


「そうは言っても別に好きなわけではありませんけれど」

「そ、そうですよね」

「ですが、剣を見てればわかります。貴方は悪いサーレではないようだ、と」

「剣……」


 僕が気配に敏感なように、剣で人の本質がわかる、なんてこともあるのだろうか。


「ふふ、そんな胡散臭いものを見るような目で見つめないでください。ああ、用を忘れるところでした」

「用、ですか?」


 やはり、ただお喋りに興じにきた、というわけではないらしい。


「夜間帯に建物外へ出ることを禁じてきましたが、今日からは許します」

「夜間帯に?」

「はい。庭園に出る程度、ですが」

「いったい何故ですか?こう言っては何ですが、脱走するかもしれませんよ」

「脱走するのですか?」

「……しませんが」

「夜間帯、二三の刻に庭園の噴水前に来てください」

「え?」

「お願いしますよ」


 それだけ告げると、ツルギさんは去って行った。


「いったい何だったんだ……」


 しかし、印象は大きく変えさせられた。

 思ったより表情豊かで、大人な雰囲気の女性だった。


 そう思うと、今夜呼び出されたことにも特別な意図を感じたくなる。


「まさか……」

「ないよ」

「うわっ!?なんだよクレア!!」


 いつの間にか僕の真横に立っていたクレアは、呆れ顔で僕を見上げていた。

 ちょっと幸せな妄想をしただけじゃないか……ってか何で僕の心が読めるんだ。


 そんなこんなで、僕はツルギさんと交わした待ち合わせの約束の意図を考えながら、その日の鍛錬を続けるのだった。

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