第12話 朝陽より出ずる夜


 気絶していた時間自体は、そんなに長くなかったように思える。


「なんだ、これ……」


 全身の至る所に骨折を抱え、体力も精神も限界に近かったが、なんとか起き上がり、教会を出た。

 けれど、そんな僕を迎えたのは、相も変わらず地獄のような風景だった。


 燃える建築物、自然、肉の焼ける臭い。

 避難に遅れた者が、空爆で家ごと焼かれたのだろう。それ以外は無事に避難したのか、道路に倒れている住民はない。

 救助も、避難所から非戦闘員が出ることもできない状況は依然続いている。


 全ての片が付いている、と言う僕の期待は見事に裏切られたわけだ。


 脳裏に燃える孤児院の様子が過ぎる。

 背筋に冷たい汗が流れ、駆け出そうとするが、限界に来ていた脚はもつれ、転倒してしまった。


「く、そ……」


 地面を舐め、再び立ち上がる。

 するとその瞬間、頭上に影が被さった。


「帝国機!?」


 咄嗟に瓦礫に身を隠す。だが無理な挙動はさらに肉体に苦痛を与える。

 痛みを堪え、瓦礫から顔を覗かせた。

 すると、少し離れた位置でパラシュートが二つ落下していることがわかった。

 着陸する気だと言うことか。


 ライフルは先の戦いで地に投げ出され、宇宙に放り出されてしまった。蛇腹剣もない。

 装備は予備のナイフと拳銃のみ。

 だが、敵は今無防備でもある。

 僕の技術なら、確実に仕留めることはできるだろう。


 空中を見る。敵機はまだ周囲を飛行している。援軍に頼ることは現実的ではない。

 と言うことは、アレと戦うことも考慮しなくてはならない。

 ならばここで敵に場所を知らせるのは得策ではないか。


 この場は様子見に徹することを決め、身を隠しながら接近し、観察した。

 着陸した敵兵は辺りを見渡し、安全を確認すると警戒しながらもゆっくりと歩き出した。

 建物の裏などで何かを探している様子だ。おそらく避難所を探しているのだろう。


 しかし、焼死体を見ては嘔吐したりしている点を見ると、あまり熟練の兵士と言うわけではなさそうだ。

 武器もライフル一つ。近距離武器も一つくらい携帯しているだろうが、大した装備でもない。


 つまり、階級の低く実力のない者でもこなせる任務が避難民の虐殺か、調査というわけになる。


 考えているうちに、敵兵のうち一人が僕が隠れている民家に近づいてきた。


 覚悟を決し、拳銃を強く握りしめる。

 可能であれば二人まとめて来てほしかったが、こうなっては仕方ない。ここで殺す。


 あと、半歩。それが敵兵の寿命だ。


 引き金に指をかける。しかし、敵兵はそのまま動く様子がない。通信機で何やら話しているようだ。

 すると少しして、道の反対側からもう一人の敵兵が駆けて来た。かなり距離は近く、会話の内容が聞こえて来た。


「おい、F地区の避難所が発見されたって?」

「ああ。だが避難所には戦える兵もいたらしい。とりあえずF地区に合流して制圧に助力する。そうすれば、今回の任務はとりあえず完了だ」

「はは、こんな面倒な仕事引き受ける予定なかったんだがな」

「誰かに聞かれたら処刑だぞ。気をつけろ」

「あ、ああ。そうだな。それで、その避難所ってのは?」

「何やら大きな建物の地下にあったらしい。入り口は少し離れているようだがな。マップは送られているようだから、それに従おう」


 大きな建物の地下にある避難所……?

 サーレの作った避難所は大抵地下にある。そして、入り口から大きな空間までは何重にも閉鎖して侵入者を足止めできるよう、長う作られている。

 僕が普段暮らしている地区は、確か最終的には孤児院の地下に第空洞が作られていたはず――――。


 その可能性が頭に浮かんだ瞬間、僕は体を起こしていた。


「ん?」

「どうした?」

「いや、後ろから砂利の音が聞こえたような……」

「あ?瓦礫でも崩れ」


 帝国軍兵士のその先は、銃声が妨げる。銃弾が兵士の脳漿をぶち撒けたのだ。

 もう片方の兵士は慌てて振り返り、味方の死を確認すると顔を青ざめた。しかし、すでに背後は取っている。


「死ね」


 断末魔すら許さず、敵兵は沈黙した。

 だが、沸騰した頭は冷静ではなかった。普段なら気づいていたはずの気配を見落としていたのだ。


「が、あっ……!!」


 僕の左肩を銃弾が貫いた。

 血を撒き散らし、転げる。起き上がれと体に命令するが、致命的なラグが生じた。

 その隙を、敵は見逃してはくれない。


「ふざけるんじゃねぇぞこのガキがァッ!!」


 現れた第三の敵兵は容赦無く腹部に蹴りを打ち込んできた。恐らく彼らを戦闘機に回収するため降りてきたのだろう。


 視界が歪む。流石にもう戦闘は不可能だろう。指ひとつさえ動く気がしなかった。


「このガキ……よくも仲間をっ!」


 ライフルをランデの頭部に突きつけ、睨みつける。


 流石に、血が出すぎた。

 調和も限界。折れていた骨は完全に砕け、だらんと全身が地に放り出された状態だ。


 もう、流石に手段はないな。


 思い出されるのは、孤児院の子供達、士官学校で苦楽を共にした仲間、そして……中佐のこと。

 結局、自分が何を成せただろう。


 両親の仇も、ハゼルの地に還ることも、大切なモノを守ることすらできない。


 悔しい。どうしようもなく、それが悔しい。


 せめて最期は、見ることの叶わぬ日輪と女神に向けて祈るとしよう。

 みんなが、幸せでありますように、と。

 そうして、僕は目を閉じた。




 ――――地響きが、した。




「な、なんだ?」


 敵兵は動揺し、僕は閉じた目を薄く開けた。

 その地響きは、地面を割らんとばかりに大きく、何度も、何度も繰り返し響いた。

 そして、その音と激震は、次第に大きくなる。


 その時、声が聴こえた。




 ――――本当に、ここでお前は終われるのか?


 聴こえる。


 ――――お前には、やらなきゃならないことが、まだ、残っているだろう?


 聴こえる。


 ――――あの方に逢う。そうだろう?




 その声が誰なのかはわからない。けれど、どこか他人とは思えない。

 僕に何を求めているのか。

 僕は何をすべきなのか。

 何を、問いかけるのか。

 考えても、わかりはしない。


 けれど、声とともに増す、この二つの心臓の鼓動は。


 この、高鳴りは!




「ええい、訳がわからん!」


 敵兵は引き金を引く。

 それと同時に、大激震が走った。


「あれは!?」


 銃弾は軌道を外れ、頬から一筋の血液が流れる。

 だが、そんな事は気になりもしない。何故なら、彼の視線の先には信じられない光景があったからだ。


「教会が……」


 先ほどまで僕らのいた教会は、音を立てて崩れていった。

 しかし、その中にある女神と太陽の像は瓦礫に飲み込まれない。

 それどころか、恒星の如き輝きを放ち始めた。


「なんだあれは!?」


 敵兵は焦り、像に向けてライフルを向ける。

 しかし、その引き金が引かれることは永遠にない。既に、敵の体は迸る紫電の一閃によって跡形もなく消し飛ばされていたからだ。


 驚愕しつつ、女神像を見る。

 閃光を放った形跡であろう穴から覗く、紫の瞳。

 深い眠りから目覚め、殻を食い破るように。"それ"は生まれ出ずる。


「黒い、機械獣……!?」


 全身に張り巡らされた青いラインが血流のように脈動し、輝く。


 四本の足で地を揺らし、鋼鉄の巨体からは六つの翼が伸びる。




「――――――――――!!!!!!」




 漆黒の機械獣は、その誕生を世に知らしめんが如く、高らかに咆哮した。


「君は……なんだ?」


 意味がわからなかった。


 教会の女神像から現れたことも、機械獣自らの意思を持っているかのように動いていることも、そもそもここに機械獣がいることにも、その何もかもに理解が追いつかない。


 ただ、その鉄の塊を、何故か、僕は美しいと感じた。


 漆黒の機械獣は、僕の目の前に立つ。機械仕掛けのはずの瞳は、その決意を問うているようだった。

 空からは、爆音に気づいたのだろう、何機か帝国の戦闘機がやってきている。


 自分には、機械獣を奏じられるほどの調和強度はない。この状況は絶望的だ。このまま何もしなければ、まず間違いなく、僕は死ぬだろう。

 だが、それは認められない。自分にはまだ、やり残したことが、後悔が、ある。


 選択肢など、なかった。

 限界を超越した身体を引き摺り、機械獣に指先を触れる。


「僕を……助けてください!!!!」


 その叫びに応えるように、青いラインが光り輝く。そして、背部からワイヤーが垂らされた。


 僕の願いを、聞き入れてくれると言うことなのか?


「ありがとう」


 思わず、機械に対して礼を言った。


 中佐の言葉が脳裏を過る。無理な機械獣の運用は、命に関わるのだ、と。


 けれど、これが偶然でも一時的なものでも構わなかった。

 戦い、大切なモノたちを護れるのならば、今にも崩れそうなこの体を燃やし尽くす覚悟はある。


 ワイヤーに引き上げられ、コクピットに騎乗した。

 当たり前のように、コクピットは無人だ。原理上機械獣が無人で動くはずはない。

 だが、その疑問の答えを探す余裕はなかった。到着した帝国の戦闘機が、攻撃を開始しようとしていたのだ。

 機械獣のコクピットには操縦桿がない。

 実際には初めて見る機械獣コクピット内部で、腕と脚に無数の管の付いた器具を装着し、シートに腰掛ける。


 ――――調和!!


 一瞬激しい目眩がしたがどうにか耐え、目を見開く。

 脳が焼き切れそうな程回転していることがわかった。機械獣との調和は、自分に新たな器官を加えるようなもの。その処理には凄まじい負担がかかる。

 だが――――!


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 無我夢中で雄叫びをあげる。

 飛び上がる機体。

 強化ガラスにはスクリーンのように六機の帝国戦闘機との距離、照準が示されていた。


 敵機は機銃を放つ。

 しかし、それら全てを六枚の翼を駆使して躱し切る。


「凄い……!!」


 戦闘機とは比べものにならない速度、自由度、一体感。

 今ならば、何にも負ける気がしなかった。


「うおおおおおおおっっっ!!!!」


 僕の意思一つで、機械獣の肩から背部にかけて載せられた六基の砲台が炎の流星群を放った。

 馬力が違えば、搭載火力も段違い。逃げ場を失う敵機はあっけなく爆砕した。


「これが……機械獣!」


 この瞬間が、僕と禁じられた機械獣、『夜叉』の、初めての戦闘だった。


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