第8話 教えて!シエル先生!
翌日から、士官学校での訓練が開始された。
士官学校での授業は二種類あり、第一に全科共通授業、第二に兵科別授業となっている。
全科共通授業とは、人類語学、戦略・戦術理論、医学など座学に加え、射撃、対人格闘など実技的な部門もある、全兵科共通で行う授業のことだ。
兵科別授業とはその名の通り自分の振り分けられた兵科専門の授業のことだ。
新入生は入学が決まった時点で、三つある兵科のうちどれか一つに希望を出し、適正ありと見なされればその兵科の授業を受けることができる。
とは言うものの、選出がされる兵科は奏士だけであり、その他は無条件で希望の授業を選択できる。だが、基本的に全ての新入生は奏士科を希望するため、その選考には一日を費やすこととなる。
「では、これより調和レベルの検査を行う。だが、その前に機械獣そのものと、奏士となることに対するリスク、この検査の意義について説明する」
校舎内、大教室にて新入生は集められた。
これより適正検査が行われるが、その前に客員講師であり現役の奏士であるコーサカ中佐が壇上に立ち、士官候補生たちに説明を行う手筈となっている。
当然この場にはほとんどの新入生がおり、その視線全てが巨大モニター前に立つ中佐に向けられていた。
教室が静まり返ったことを確認し、中佐は教室の照明を落とす。同時にモニターに図面が示された。
機械獣を上下左右の面から緑の線で表した図だ。それをレーザーポインターで指しながら、解説を始めた。
「機械獣とは、我々サーレの編み出した叡智の結晶。人類に対抗する最強の兵器だ。
八年前のエルツ脱出の後、人類に対する新しい兵器の開発が決定。戦闘機『梟』を始め、空中戦に重きをおいた兵器に重点が置かれた。
が、それだけでは戦力として心もとない。そこで、我らが能力『調和』を最大限活かし、空中戦、地上戦の両面で強力な力を振るうことのできる兵器として、機械獣は生まれた」
これは中等学校でも習う一般的な基礎知識だ。
「見ての通り、機械獣とは獣を模した戦闘機だ。
大きさは基本的に六メートルであり、装備は基本的に同一。
装甲は新型であり調和コストを限界まで低めることに成功した特殊合金を使用。
背部には強化ガラスに覆われたコクピット、鳥類の翼と同レベルの可動域を持った鋼鉄の双翼。
肩部には五〇ミリメートル機関銃が搭載。
また中でも機械獣特有の装備、『口部特殊レーザー砲』、通称『紫電砲』は非常に強力な殲滅力を誇っている。
だが、これらの装備を完全に支配することは非常に難しい。そこで、機械獣には独自の調和エンジンが組み込まれている。それがこれよ」
画面は切り替わり、機械獣を横から見た断面図となった。様々な回線、歯車などが埋め込まれているが、腹部中央には一際目立つ箱型の装置があった。
「これより機械獣の構造についての講義となるが、その前に、我々の『調和能力』の本質を理解しているか問おう。モモ・サガラ訓練兵、答えなさい」
指されたのは教室最前列で熱心にメモを取っていたモモであった。彼女は緊張した面持ちで立ち上がり、回答する。
「物体に自分の意思を介入させ、操る能力です」
「なるほど。シンプルだけど、間違ってはいない。ここセイレーンにいる者のほとんどは同じ認識だろう。でも、その答えでは三〇点といったところね。座りなさい」
「は、はい……」
少し気落ちした様子のモモが着席する。
「人類と我々は非常に似ている。
見た目だけではなく、平均的な体長や体重、内臓の配置も近い。
これはエルツと人類の故郷、地球の環境が著しく一致しているからだとされている。エルツの気温、湿度はもちろん、生息していた植物や野生動物も多少の差異はあるものの類似したものが多かったとセイレーンに残された地球のデータから明らかになった。
だが、唯一人類には無い器官が我々サーレにはある。それが第二の心臓とも言われる『融核』であり、それこそが『調和』と呼ばれる能力を行使できる直接の要因となっている。
一般的には先ほどサガラ候補生が答えた解釈で問題ないけれど、"操る力"は副次的なもので、本質は自らと物体を"繋げる"ことにあるの」
新入生全員が疑問符を頭上に掲げた。
中佐はため息を吐くと、照明を点け、スクリーンの前にホワイトボードを引き、図を描き始めた。棒人間と、Aの文字を丸で囲んだ形になる。
「まず、ある空間に私と対象Aがいるとする。私は対象Aと調和し、操りたい。調和の発動条件は接触であるため、対象Aに触れる」
棒人間とAの間に、二本の平行線とその間を通る矢印が棒人間側から引かれた。
「多くの民は調和をこの矢印、意思のことだと勘違いしている。しかし調和の本質とは、この二本の平行線、二物間を結ぶパイプを作るところに本質がある。調和能力を発動することによって対象Aと精神のパイプを繋ぎ、自分の意思を流し込むことができるのよ」
「質問よろしいでしょうか」
「何かしら?」
モモは挙手し、再度立ち上がった。
「ではその矢印、意思はどのようにして流し込まれているのですか?」
「良い質問ね」
先ほどの仕返しに食ってかかりたいわけではなく、純粋に興味があるといった顔だった。
「全ての物質には、『意思の圧力』というモノがある。
我々サーレだけでなく、人類にも、路傍の石にすら存在するその力は、基本的に潜在的なものであり、その大小によって何かに影響が出ることはない。
けれど、調和した時だけは別。調和によって繋がれたパイプでは、その圧力の大きい方が意思を相手に流し込むことができる。
この圧力を数値化したものを、今回の検査の指針となる『調和レベル』と呼ぶ。サーレの平均調和強度は4で、参考までに言っておくと、サーレ以外で最高の調和強度を持つ人類であってもその平均値は0。個人差はあるものの、これらの数値は一定であると言っていいわ。
加え、サーレは融核の作用によって、その調和強度を調整することもできるのよ」
「調整、ですか。しかし、私はそのようなことをした覚えがありません」
「そうね。では、なぜ調整なんてものが必要なのか考えてみなさい」
そう言われモモは少し俯き、ハッとした顔で中佐を見た。
「そう、調和は無限に使える力ではない。意思を流し込むという行為は心身に非常に大きな負担を強いるもの。
融核は無意識のうちに、調和対象に適切な調和レベルを計算し、調整しているのよ。常に最大出力で圧力をかけ続ければ、すぐにガス欠になってしまうの」
「もし、仮にそのガス欠の状態になったとしたら、どうなるのですか……?」
「動けなくなるわ。そして、それでも無理に調和をしようとすると……死ぬわ」
教室が騒めく。
学校で調和を可能な限り使わないようにと言われてきた理由が、死のリスクがあったからだとは、誰も思っていなかったのだ。
「とは言っても、あなたたちがこれまで調和の行使によって体調に害を為すほどの負担がかかったことがないように、基本ガス欠という事態には陥らないから安心していいわ」
安心したようなため息がいくつか聞こえる。中佐はホワイトボードを退かし、再び照明を落とした。スクリーンには先と同じ断面図が映される。
「その理由は、まず一つ目にサーレ自体の調和レベルが高いこと。
足が速く持久力もある者が、その真逆の者の全速力に合わせて走っても疲労度が全く違うことと同じ。
調和レベルの低い対象に合わせれば、最低限の消費で調和を行使できる。
そして二つ目に、能力の行使は一時的なことが多いから。例えば調和で戦闘機を操ったとするけれど、基本動作はそもそも戦闘機自体が持っているエンジンによって保証されているから、調和によって操るものは補助翼だけで良いし、それも戦闘が開始した時だけでいい」
そこで生徒たちは、機械獣の断面図を見て気づく。
「けど機械獣は違う。エンジンなどどこにもない。操縦桿も、ボタンすらない。
中央にある『調和エンジン』とは、その名の通り、各部位へ動力、『調和』を伝達する、まさに機械獣のエンジン。
つまり、機械獣とは完全に奏士の調和によって操作する……いいえ、これはもはや『融合』と言った方が正しいかもしれない。
調和し、自らの意思を反映する身体の延長としての行使。それ故に、戦闘機とは比べ物にならない四肢の操作、広可動域の翼の制御、攻撃の多彩さを兼ね備えることを可能にした。
けれどそれは、常に調和能力を行使し続けねばならないということ。
加えて機械獣の調和レベルは6。動かせればいい方だけれど、最悪調和しただけで機械獣に押し返されてそのままお陀仏ね。
さらにこれを長時間動かし続けることは、自らに莫大な負担をかけ続けることになる。
……私の戦友には戦闘中に調和が切れ、そのまま死んだ者もいるわ。
けれど、機械獣は大量生産が困難で、そう使い潰されては困る。よって奏士になる者は、非常に強い調和レベルを持った者でなくてはならない。
これより行う適性検査とは、特殊な機械を用いてあなたたちの調和レベルを計測し、奏士になるにふさわしい人間を選出するもの。
そして仮に選出されても、他の兵科と比べて致死率は圧倒的に高まる。
それらを理解した上で、適性検査を受けなさい。
講義は以上。これより検査を開始する。呼ばれた者から隣の検査室に向かうこと」
照明が点き、スクリーンから画像も消えた。
教室は静まり返った。誰しもが華々しい戦果を挙げ、凱旋し、英雄への道に繋がっていると信じた奏士の事実を叩きつけられ、絶句したのだ。
逃げるなら今のうちだ。言外に、中佐は僕たちに伝えたのだ。
初めは一人、気の弱そうな少女が。それに続いてポツリ、ポツリと退出者は増えて行った。その中には、ケンタの姿もあった。その様子を中佐は横目で見つめる。
先に彼女が話した『戦闘中に調和が切れ、そのまま死んだ者』の名は、テルミ・サトウ。第一次エルツ戦役にて戦死した、彼の実の母親であった。
「初めは三〇〇いた教室も、寂しくなったものね。それでも、私の時よりは多いか」
教室に残った八〇名の新入生を見て、中佐はポツリと呟いた。
その中の一人である僕は確かに奏士に対し恐怖を感じてはいた。
しかし、それ以上に強い憧れによってここに残ることを選択できた。
その場にいる誰しもと共通した感情であった。
次々と奏士候補生が呼ばれ、別室に入っていく。
そしてついに、僕の番となった。
「ランデ・タチバナ」
「はっ!」
だが、どれほど強い意思でも、生まれ持った才能だけは覆せない。
「調和強度――――2?」
「え?」
計測員ですら驚くほどに、僕の調和レベルは、低かったのだ。
そしてこの瞬間は、サーレ調和レベル計測史上最低記録が更新された瞬間でもあった。
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