第9話 ずっと味方
僕の適性検査は、当然不適格で終わった。
そのまま書類を手渡され、退室する。
兵士と技士のどちらを選択するかという、希望調査票であった。
そのままこの日は解散となり、翌日から本授業が開始となる。
けれども、あまりに呆気なく憧れへの道が潰えたんだ。すぐに立ち直れるはずもない。しかも、歴代最低レベルってなんだ。
確かに調和してみるたびに叔父は苦笑いしていたし、中等学校での調和に関する授業では失敗が多く仲間に笑われてはいたけど……いや、これは落とされて当然だったような気もしてくるな。
なにせ適性検査とは実技試験であり、戦闘技術や座学などを見て優秀な者から選ばれると思っていたのだ。調和レベルの高さで選ばれるなんて、知らなかった。
それだけ機械獣とは機密に守られている、ということなのだろうけど、これではあまりにも遣る瀬無い。
家に帰るのが、情けなかった。叔父になんて言えばいいんだ。
かといって、再検査しても結果など変わらない。僕はただ、校門で立ち尽くすほかなかった。
「よっ」
「カナタ……」
しばらくすると同じように帰宅しようとしたカナタと出会う。
「いやぁ、ダメだったわ。あなたの数値じゃ、一〇分保てばいい方ね、だってよ。あのお姉さん中佐、口きつすぎだよなぁ」
彼は元々奏士という兵科に強いこだわりがあったわけではないので、あまりショックはないようだった。
それでも僕の様子を見て察したのだろう。結果は聞いてこなかった。こう言うところは、長い付き合いだな、と感じた。
それから少し経って、ユイが出てきた。なんだか浮かない表情をしている。
「お、ユイ!お前もどうせダメだったんだろ?まぁ仕方ねぇよ。これから頑張っていこうぜ!」
「おい、カナタ」
流石に可哀想だ。ユイも同様に奏士へ強い執着があったわけではないだろうが、この落ち込みようだ。あまり煽るのは良くない。
「俺とランデは喧嘩強いから兵士とかいいかもな!ユイはまぁ、特に何もできないけど勉強はちょっとだけできるし技士とかもいいんじゃ」
「通っちゃった」
「「……え?」」
カナタは絶句し、僕は目を見開いた。
「悪いな、俺の耳がどうにかなっちまったようだ。もう一回言ってくれるか?」
「通っちゃったんだって!!」
今度は少し怒り気味で、ユイは答えた。
「私のレベル、八って……どうしようランデ、私、通るって思ってなくて……」
ユイは涙目だ。
それもそうだ。あんな風に脅しをかけられたら誰だって不安になる。
それでも検査の場に残ったのは、きっと僕とカナタがいたからだ。
昔からそう。彼女は、自分の意思があまり強くない。今でこそ活発にケーコや他の女友達と話したりしているが、数年前はずっと引っ込み思案で、僕やカナタの後ろについてきていた。
それが、これはなんだ?
「じゃあ、なんで退出しなかったんだ」
「え……?」
「おい、ランデ!」
ユイを睨みつける僕の顔は、どんなに、醜く歪んでいただろうか。
「四倍ってなんだよ……僕は、くそ、どうして!!」
悔しかった。
生まれ持った才能は、努力じゃ、どうしようもないじゃないか。
「ラ、ランデ、ごめ……」
あたふたと涙目になるユイを見て、さらに苛立ちが増す。
これ以上は、言わなくてもいいことを言ってしまいそうだ。
そして、そんな自分があまりにも惨めだった。
「ごめん。僕は帰るよ」
だから、逃げた。
顔を背け、駅とは真逆の方向へ走り出した。
明るく励まそうとするカナタも、不安で僕に縋ろうとするユイも、何もかもが苦痛だった。
今すぐにこの場から離れたかった。劣等感から……逃げたかった。
***
「わたし、どうしよ……ランデに嫌われちゃったよぉ〜!」
「おいお前まで泣くなって面倒くせぇなぁ!?」
「だってだってぇ……!」
ユイがランデに抱く感情も知っているカナタは、彼女がランデに励まして欲しかったことを理解していた。
シエルの話によって掛けられた奏士となることに対するプレッシャーはもちろん、ランデに本気で睨まれ、ストレートな怒りをぶつけられたことで、ユイは半ばパニックになっていた。
――――ああ、クソ。子どもばっかかよ俺の身内は……。
泣きじゃくるユイを宥めながら、カナタは心で呟いた。
***
まぁ僕は、やっぱり変わらずに落ち込んでいた。
ユイに八つ当たりしてしまったこと。そして、叔父に会わせる顔がないこと。
これまでの生活で自分に才能がないことを薄々理解していた。
勉学も体力も特別なセンスがあったわけではない。だがここまでであれば努力でどうにでもなったのだ。
大きな、自分ではどうしようもない挫折を前にし、何をすればいいのかも、これからどうしたいのかも、見失い掛けていた。
見上げた空には星が瞬くが、エルツは見えない。あの星へ至る道は、何もかもが、あまりに遠かった。そう考えると、瞳が潤むのを感じた。
「……泣いてるの?」
声を掛けられ、振り返る。
そこにいたのは小柄な栗毛の少女、クレアだ。行く当てもなく歩いているうちに、気づけば教会のそばに来ていたのだ。
「泣いてないよ」
「そう」
彼女は何も言わずに、僕の隣に立った。
相変わらずの無表情で、何を考えているのかわからない。
けれど彼女は僕の手を握った。
「中、入らない?」
そう言う彼女に手を引かれ、教会の中に入った。大聖堂は星の灯りに照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
女神像の前に立つと、女神に問いかける。
僕は、どうしてダメなのですか?何が足りなかったのですか?
神は答えを与えない。寡黙に、しかし慈悲深くランデを見下ろすのみだった。
「ねぇ、ここ座って」
振り向くと、一番前の長椅子に腰掛けたクレアが、自分の隣を手で叩いている。言われるがままにそこに座ると、彼女は僕の頭を手で寄せ、胸まで引いた。
「何、これは、え?」
「大丈夫。ランデは頑張ってる。奏士は確かに残念だったけど、だからって誰もあなたを責めたりはしない。叔父がたまたま凄い軍人さんだからって……ご両親が、サーレの英雄だからって、ランデまでそうなる必要、ないよ」
クレアの薄い胸から、強い鼓動が聞こえた。
体も小さく、年下の女の子に抱きしめられることを、初めこそ恥ずかしがっていたが、次第にその心地良い心音にまどろむ。
覚えているのは、そこが小さな草原であったこと。
もう顔も思い出せない父親に手を引かれ、僕は小さな、人形のように可愛い少女に出会った。
それから親が何やら話している間に一緒に遊ぶ機会が増え、気づけばいつも一緒にいるくらい仲が良くなっていた。
僕が落ち込んだ時、クレアはいつも、今と同じように抱きしめ、励ましてくれた。
そんな日々も長くは続かず、僕はどこか遠くに行く事情ができ、二人は離れてしまった。
再会したのは、エルツ脱出作戦が終わり、僕が怪我から回復して治療院を出た後、人々の拠り所となった教会で偶然出会った時だった。
(あの時、どんな事情があって、僕はどこに行ったんだっけか)
父親と共にどこかへ向かわなければならなかった、ということだけは覚えているのだが、そこから先は靄がかかったように思い出せない。
僕の記憶は、ひどく曖昧だ。
叔父が医師に見せてくれたこともあり、両親の死というショックによる記憶の混濁だろうと言われていた。
しかし、クレアと遊んだ思い出だけはやたらと鮮明に記憶しており、ランデは唯一と言っていい自分の記憶のカケラに会うため、度々教会に足を運ぶようになっていた。
クレアは学校に行くこともなく、基本自由にどこかを歩いているか、教会大聖堂にいるかのどちらかであったため、会うこと自体は簡単だ。
しかし、彼女の両親とは未だに会えていない。クレア曰く生きてはいるらしいが、機密事項に関わる職にいるらしく、一緒には暮らしていないらしい。
また、彼女自身も両親が抱える極秘事項に関係があり、他人との関わりを極力避けねばならないとのこと。
もちろん他言無用ではあるが、僕だけは特別に両親が会うことを許可してくれているようだ。
こうして優しく励ましてくれるのに、僕はクレアがどういう状況にあるのか、何も知らなかった。
何かされている様子もなければ、特に何かしている様子もない。彼女はただ現象のように現れる、奇妙な存在だ。
そんなことを考えているうちにの意識は薄れ、心地良い眠りについた。
***
「……本当は、危ないところに行って欲しくない。でも、あなたがそんなにも戦いたいって思う本当の理由を、私は知っているから」
クレアは、ランデの黒く柔らかい髪を優しく撫で、囁く。
「ずっと、私が守ってあげる。ずっと、見守っていてあげる。私だけは……ずっとあなたの味方でいてあげるから」
ランデの額にキスをして、クレアはゆっくりと瞳を閉じた。
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