第33話 生きる


 浮遊感の中、目を覚ます。


 自分が何者なのかわからない、世界に溶け込んでしまったかのような感覚に、若干の恐怖と心地よさの矛盾を覚えた。

 そして、機器に囲まれた空間の中に自分がいるということを認識すると、急激に頭が冷え、現実に引き戻されていった。


「ここは!?」


 急に体を起こしたせいで、四肢に繋がれたチューブが音を立てて外れていった。しかし、そんなことは知らない。

 ここが機械獣の中だと確認した瞬間、即座に右前足を確認する。そこには、巫女様がいるであろう脱出ポッドがあった。


 しかし、安心してはいられない。

 辺りを見渡すと、どうやら最大出力紫電砲の反動で吹き飛ばされた機械獣はどこかの小惑星に衝突して止まったらしい。

 その割には機体の損傷がほとんどないが、また自律機動をしたと言うことだろうか。

 環境維持機能は辛うじて生きているようだが、電源は入らない。衝撃でコンピューターか、もしくはプログラムの一部が破損したのだろう。

 現在地を特定するために、最低でも二日はかかる。


「嫌だな……」


 最大の問題であるところの、右足に抱えたポッドを見て冷や汗を流す。

 あれほどの勢いで吹き飛ばされたのだ。命が無事かどうか。

 いや、怪我ひとつですら簡単に僕の首程度は飛ぶだろう。


 しかし、なんにせよ確認しないわけにはいかない。

 備え付けの宇宙服を着用し、ハッチを開く。


 見るに、この小型ポッドは外部からしか開かない仕組みになっているようだ。

 覚悟を決め、扉に手を掛ける。


「ぁ……」


 緊急事態にも関わらず、僕は天使のような彼女の寝顔に息を飲んだ。

 巫女様の宇宙服は壊れていなかったようで呼吸は確認できる。出血もないようで、命に別状はないだろう。

 僕は近づき、ゆっくりと彼女の肩を揺らした。


「巫女様、起きてください」

「ん……?」


 反応は鈍く、寝起きに近い。

 ゆっくりと目を開き、ぼんやりと辺りを見渡し、やがて僕の顔を見る。


「あれ……私、なんで……」


 そして、やがて状況を思い出したのか、目を大きく見開いた。


「アズサは……トーマやヒバナは!?」

「落ち着いてください。状況を説明します。とりあえず、少しの電力も惜しい。ポッドの出力を落としますから、僕の機械獣に移ってください」

「……わ、わかりました……」


 冷静ではないのだろう。その手は震えているが、それを耐えて振る舞う様には感心を覚えさせられる。

 僕らは機械獣の中に入り込んだ。


「それでは、現状を説明してください」

「はい。まずは……」


 そして僕は、現在地がわからないこと、復旧しているものの、どれだけの電力があるかわからないこと、食糧は備え付けの非常食が二人で三日分ほどしかないことを告げた。


「つまり何もできず死を待つのみ、と言うことですか?」

「そんなことは……」


 ない、とも言い切れない。

 正直その可能性の方が高いだろう。

 どこかもわからない場所な上、あの戦闘の後だ。

 すぐに動ける味方はいないだろうし、助けが来る確率は非常に低い。


「もういいです。システムが復旧したら教えてください」

「巫女様は?」

「私はまだ少しだけ心の余裕のあるうちに手紙を書きます」

「もう遺書ですか……」


 僕の言葉には答えず、巫女様は服に入れてあったメモ用紙とペンを持ってそっぽを向いてしまった。

 以前叩いてしまった件もあり、なかなか話しづらくもある。この方が気楽でいいかと、僕も復旧作業に戻ることにした。




 ***




 そして、二日間が経った。

 その間、僕らはほとんど会話をしていない。

 だが、進歩もあった。破損したプログラムを補修し、電子機器を使用可能にすることに成功した。


「システム復帰しました。現在地の特定、味方との通信を試みます」

「わかりました」


 機械獣の設備は無事通常に復帰。

 しかし残りの電力もそう多くない。早急に何か助かる目処が立てばいいが……と、祈りながらタッチパネルを操作する。

 まずは位置からだ。


「現在地……特定。第九星系、二八六九区域、二三号小惑星です」

「そんなこと言われてもわかりません」

「僕にも実感は湧きませんが、どの拠点からも遠い位置にある、と言うことだけは言えます」

「通信は?」

「発信していますが、応答はありません」

「そうですか……」

「通信さえ繋がれば、まだ助かる可能性がないわけではありません」

「そんな気休めは要りません。無理でしょう、これでは」

「やけに冷静ですね。慣れてらっしゃるんですか?」

「っ……!」


 言ってから失言だったと気づいた。

 追い込まれたこの状況で諦念を押し付けられた気になり、つい嫌味がかった言い方をした。

 それをしっかりと感じ取ったようで、巫女様は僕を睨みつける。


「そもそも貴方が不甲斐ないからこのようなことになったんでしょう!

 あのような知能の低そうなケダモノにボロボロにされ、おまけに遭難ですか?夜叉を担う者としてあまりにも杜撰な取り組みです!」

「なっ……」

「偉そうに剣術指導をしてみたり、先日は下らないお説教を垂れていましたが、大したことのない男です、貴方は!」


 何も、返す言葉はなかった。

 僕にだって感情はある。けれど、その全てが事実だ。


「すみません」


 だから、僕は俯く。僕は謝る。

 沈黙が数秒続いた後、鼻をすするような音が聞こえた。


「謝らないでよ……」


 続いてきた言葉は、あまりにも弱々しくて。

 思わず顔を上げた。

 泣いていた。

 その涙は、けれどこの現状に対する恐怖ももちろんあるだろうけれど、やっぱりそれだけじゃないように見えて。

 孤児院で、寂しいと泣いている子供の姿と重なって。


「怒って、みてよ……」


 先日、自分の何が巫女なのかと泣き叫んだ彼女。

 これまで、どのように生きてきたのか。

 自分の意思で、何かをしたことがあるのか。

 それができたのか。

 できなかったのだろう。

 そうとするのならば、それは自分と言えるのだろうか。


 生きているとすら、言えないのではないか。


 だから、生きてすらいない彼女だから。

 死ぬことよりも、肉体としての生への執着よりも。


「死ぬときくらい、"私"でいたい……っ」


 生きたいと、思ったのかもしれない。


 僕と言う他者に、与えられた肩書である巫女ではなく、感情を持った個として見てほしい。

 誰だって、そう言う感情はあるだろう。

 だからみんな違うように育つ。

 DNAの作りが同じでも、同じ生命体でも、別の志を持つし、時には同族で殺しあったりもする。


 善悪など関係ない。

 自らを選択できることこそが自由なのであり、生きていると言うことなのだ。


 じゃあ、僕は、そんな彼女に何をしてあげられるだろう。


「もう、いいです。変なことを言いました。妾も……おかしくなってしまったのでしょう。死の恐怖というものは、巫女であろうとも平等ということですね」


 涙を拭い、自虐的に笑う。

 その顔が、僕はどうしても許せなかった。


「カグラ」


 自然に口から出た。

 一瞬何を言われたのかわからないような顔をしたが、その表情は次第に驚きに変わる。


「カグラだ、君は」


 巫女様は、いいや、カグラは、僕を見据え、怒ったような顔を見せる。


「無礼者。妾の……私の名前を呼ぶ者は、両親以外では初めてです」


 けれど、そのすぐ後に見せた笑顔は、とても優しげで。


「も、もう寝ます」


 恥ずかしそうに毛布にくるまる。

 僕はそんな姿がおかしくて少し笑い、モニターに向かい合った。


 諦めたくない。

 この子に、死んで欲しくない。


 仕事を超えて、初めて彼女の生を、僕は願っていた。

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