第14話 作戦開始


 ――――中央区、国防軍指令本部。


「どうするんだこの状況を!」

「うわああああああん、おしまいだああああああ!!」


 セイレーン居住区の地図を投げ捨て、机を叩く男と、泣きわめく女。

 その様を見てシドウはため息を吐く。


「落ち着いてください、ナイトー少将、クドウ中将」

「これが落ち着いていられるものか!誇り高き国防軍が、まさか本部で籠城を強いられるとは……」


 兵士少将であるナイトーは、本部の窓から外を見る。

 無数の帝国戦闘機と、要塞から放たれる対空射撃が絶え間なく交差している。

 こんな状況で冷静でいられる者は、彼らのいる作戦会議室にいる国防軍幹部クラス四名であっても少数であった。


「しかしカジ大将、本部を守る反重力バリアも限界です。こちらから打って出ねばならないのもまた事実。どういたしましょう」

「うむ……」


 カジ兵士大将は、椅子に深く腰掛けて唸る。

 現状主な戦力が宇宙に出ており、兵力だけでなく指揮系統も充実しているとは言い難い。

 この場の最高権力者であるカジの手腕があって、現状籠城戦に持ち込むことができている状態だ。


「終わりなのよおおおおおおおうわあああああああああん!!」

「中将……」


 クドウ技師中将は、その天才的な技術力を買われ、中将までのし上がった女ではあるが、精神面の脆さが目立つ。冷静に作戦などを考えられる余裕はなさそうだ。


「……どの道、このままでは全滅です。よって、私が出ます」

「タチバナ……お前とはいえ、流石にこの勢力差では……」

「私の部下が戦っている今、ここで進まぬ会議をするよりは、サーレのためになりましょう」

「タチバナ貴様!無礼であろう!」


 カジとシドウとの会話に口を挟むナイトーであったが、カジの睨みを受けて静まった。


「失礼」


 シドウは会議室を後にすると、壁を殴った。

 不甲斐ない。何が国防軍だ。いざ憎き人類を前にしても、戦えずに尻込みをするばかりとは。

 その怒りを胸に、愛機である紅蓮の機械獣に乗り込んだ。


「……俺が、殺す」


 脳裏に浮かんだのは、ランデの姿。


「わかってるよ、姉さん」


 翼を広げ、発進する。

 ここで死ぬとしても、彼には成し遂げなくてはならない"約束"があるのだ。




 ***




 ――――シドウの発進から、一〇分。


 僕らは中央区に向け、全速力で進んでいた。

 ユイの機械獣にはカナタも乗りこんでいるが、実質二機での戦いだ。激戦が繰り広げられている中央区に向かうにはあまりに少ない。


『ランデ、速いよ!』

「ああ、ごめん」

『おかしいな。スペック上最大スピード出してるのに。ランデの乗ってる機械獣って本当に最新型じゃないの?』

「石の中にずっとあったはずだから、少なくとも八年以上前のはずだけど」


 僕の乗っている黒い機械獣のスペックは、確かに僕の知っている機械獣の標準スペックを凌駕している。

 教会が秘密裏に作ったとしても、そのレベルの技術がエルツ脱出直後に完成されていたのだろうか。

 いや、考えても仕方ない。


「見えた!」


 中央区、国防軍本部には、夥しい数の戦闘機が周回しており、爆撃を続けていた。

 反重力バリアでそれらをはじき返し、なんとか本部自体は無事だが、そう長く持つはずもない。

 となれば横線が必要なわけだが、その戦力も三に対して一程度。接近していく数秒の間にも、何機か落とされていることを確認できた。


『くそ!人類め!』

「抑えてくれカナタ。今は作戦通りに!」

『わかってる!』


 僕も、今すぐ全火力を叩き込み、可能な限り多くの人間を殺したい。けれど、僕らがすべきことはそうじゃない。

 限界まで本部に接近すると、ユイの機械獣に通信を飛ばした。


「ユイ!作戦通り、合図は僕がする!」

『わかった!ランデ、死なないで!』

「ああ、絶対に!」


 ユイはそのまま真上に飛翔する。

 そんな僕らに気づいたか、敵機がこちらにミサイルを放つ。

 僕は機械獣を急上昇させ、自機を狙うミサイルをユイに向けられたミサイルへと誘導する。

 激突し、爆風に押されるが、無傷だ。


『ランデ!!』

「大丈夫だ!行って!」


 ユイは一瞬躊躇ったが、再び上昇を開始した。

 それを見届けると、一度深く深呼吸した。


 シエルさん、これでも貴女は、共存が可能だと言うのですか?


「無理、だよね」


 機銃の雨を通り抜け、爪でまず一機。

 あまりの速度に、敵は僕を追えていない。今度はこちらから機銃をお見舞いし、二機目。

 強い。自分の体のように、あるいはそれ以上の一体感を感じる。


 けれど、この機械獣なら、まだ先があるとも思える。


「はあああっ!!!!」


 敵を引き裂くたびに速度を上げていく。

 同時に機銃をばら撒くことで、広範囲を高速で殲滅していくことができた。


 この速度で正確な行動ができるのも、あの鍛錬の日々があったおかげだ。

 くそ、邪念を捨てろ。今は彼女のことを考えている場合ではないだろ。


 けれど、去り際のあの涙が、心に棘のように刺さって抜けない。

 一体なんのために、僕を鍛えてくれたんだ。


 しかし、その邪念が隙を作った。

 周囲を囲むように戦闘機が密着し、機銃を放とうとする。


「ぐぅっ!!」


 被弾を覚悟で、道を開けようとさらに速度を上げる。

 すると、周りの敵機は一斉に射撃され、爆砕した。


『――――おい、お前!』


 頭上を見上げる。

 入った通信の主と思われる男は、紅蓮の機械獣に乗り、こちらを見下ろしていた。

 そして、僕は彼を知っている。


『その機体は……貴様、一体何者だ!?』

「叔父さん!僕です!ランデです!!」

『な、に……?』


 間違えるはずもない。叔父、シドウの乗る赤い機械獣にどれだけ憧れてきたか。


『なぜお前が機械獣に……いや、その機体も、一体どこから……』

「説明している時間はありません!今から、敵を一掃する作戦が開始されます!」

『敵を一掃!?そんなことはお前の仕事ではない!お前は今すぐ機械獣を降りるんだ!』

「できません!!」


 襲撃してきた敵機を屠り、叫ぶ。


「今、戦う力があって、戦わなきゃ、どの道みんな死んでしまう!なら、戦わなければきっと僕は、あの世でも後悔する!!!!」

『っ……だが、現状は如何しようも無い』

「作戦が、あるんです……!!」


 僕の気迫に気圧された隙を逃さず、作戦を伝える。


『バカな……正気ではない』


 聞き終えた叔父の反応は、想像通りのものだった。ユイたちも同じ反応だった。


「けれど、これしか思いつきません。これ以上耐久戦を続ければ、各地にいらぬ被害が出ます」

『くっ……』


 叔父さんは、そこで黙った。

 己の経験や勘に問いただしているのだ。

 彼は次の元帥とまで謳われる歴戦の猛者。この場を切り抜ける最善策を、見抜いてくれるはずだ。


『…………全軍に通達。これより全軍で上空にいるユイ准尉の機械獣を援護しろ』

「叔父さん!!」

『タチバナ大佐、だ』


 叔父の声は、しかしなぜだか少し嬉しそうにも聞こえた。


『だが、この作戦は全てお前に掛かっていると言っていい。やれるか?』

「やります。必ず、やり遂げてみせます!」

『よし。それまでの時間は俺が必ず作ってやる!』


 叔父さんは僕の横に機械獣を付ける。

 そのことが何よりも、僕の支えとなった。


『いくぞ!作戦開始!!!!』

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