第2話 はじまり

 新しい街は、中心部はビルが立ち並び都会ぶった顔付きをしているものの、少し郊外へ行くと緑が多く長閑な田園風景もあり、とても美しい街だった。


 新しいマンションの鍵を受け取り、役所で住民票の手続きを終える。


 気付けば昼過ぎになっていた。

 この街に来たならやはりスープカレーか。


 名の知れた店に向かってみると、盛大な行列が出来ており、一気に心が萎えてしまった。

 今の空腹事情では、とても待てそうにない。


 通り過ぎて少し歩くと、小さなカフェの看板が目に留まる。

 立看板はあるものの、あたりを見回すとスポーツショップや雑貨店が目に入るが、カフェらしきものは見当たらない。

 再度、立看板に目を落とすと、小さな赤い矢印が付いていた。


 ビルとビルの隙間に人ひとりがやっと通れそうな細い石畳みの道をみつける。

 小道の奥に小さなイルミネーション輝いていた。

 少しづつ進むにつれ心地いいジャスの調べが耳に届いた。


 店の中は落ち着いた雰囲気で、アンティーク調の家具がセンス良く配置されていた。

 少し落とした照明と観葉植物で、ふんわりした空間を作り出している。

 カウンターに6席、ゆったりした空間にテーブル席4つ。


 客はカウンターに1人と奥のテーブル1人。

 俺は窓際のテーブル席に座った。

 メーニューを見て考える。

 オープンサンドとカフェ・オ・レ。

 いや、今日は疲れた。

 ココアにしよう。


 メニューには、ココアは二重類ある。

 珍しい。

 大人ココア?

 よく分からないが、これにしよう。

 オーダーをしようと顔を上げた。


「おきまりですか?」

 マスターがカウンターから出て来て、お水とおしぼりを置いてくれる。

 まるでモデルのようなイケメンだ。

 色素の薄い髪に、少しタレめの切れ長の目、スラリとした長身のマスターは、黒のサロンエプロンがよく似合う。


 オープンサンドと、大人ココアを注文する。

 戻って行く後姿も様になる。

 カウンターに目を向けると、マスターが手際良く準備している。

 袖をまくった腕は、意外にも筋肉質で、細い体ながら鍛えているのが伺える。


 出てきたサンドは美味かった。

 クリームチーズは、ほんのり甘く調理されていて、スモークサーモンとの相性が良い。

 間に挟まるオニオンスライスも辛くなくシャキシャキで、いいアクセントになっている。


 そして、大人ココア。

 まず、一口飲んでみる。

 美味い。

 甘さ控えめ。

 だけじゃない。

 何かが違うが美味い事には違いない。

 二口目。

 ………分かった!コーヒーで作ってる。

 そして、少しの塩とクリーム。

 確かに、ほんのりビターな大人ココアだ。


 カウンターに目を向けると、マスターがニヤリと微笑んでいた。

「分かりました? 隠し味」

 俺は舌で感じた味を一つ一つ答える。

「凄い!! 実は以外と皆さん分からないんですよ。塩味は特に」

「いや。美味い。こんなココアは初めてだよ。気に入った。この街が好きになりそうだ」

「…?? この街は初めて?旅行で?」

「仕事で来たんだ。今日着いた。何年居られるかは分からないけど」

「そうですか。どの季節も美しい街ですよ。水も食べ物も美味しいし。僕もこの街に惚れ込んだ一人なんです。出身は神奈川なんですよ」


 そう言って、マスターは一度カウンターに戻り、小さなカードを持ってきた。

 カードには、『ameno 雨野 秋成あめの あきなり』とあり、「イタリア語で心地よいって意味のアメーノと僕の名前をかけてるんです」と少しはにかみながら説明してくれる。


 確かにこの店は、空間も、料理も、マスターも、そしてマスターの声や話し方までもとても心地良い。

「夜はお酒も出してるんですよ。是非また遊びに来て下さいね」

 ふわりとした笑顔に心がほぐれる。



 それからというもの、時間を見つけては、「ameno」通うようになった。






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