第7話 アキの想い

 僕の1週間は、水曜日から始まり月曜日が週末で、火曜日がお休み。

〔ameno〕と一心同体だ。

 今日は僕の週末、月曜日。

 半月前から、ナナさんがウチに住んでるので、音を立て無いように静かに帰る。

 玄関を入って直ぐの部屋が、ナナさんの部屋。

 早寝早起きのナナさんを起こさない様にしないとだからね。


 ゆっくりドアを開けたのに、ナナさんが出迎えてくれて驚いた。

 色々と準備をして、僕の帰りを待っていてくれた事が嬉しい!嬉しすぎる!

 ワインは兎も角、ビールの好みが分からないなんて…… 一言聞いてくれれば良いのに。

 てか、多少の好みは有っても、ビールはなんでも美味しく頂けます。

 少し照れながら話す姿が愛おしい。

 抱きしめたくなる衝動に理性を総動員して抑えこむ。


「バカラのグラスって口当たりが良いな」

 ナナさんって、僕の些細な拘りにいちいち気付いてくれるからスゴイ。

 一緒に暮らして分かった事は、食の好みや、生活の嗜好がお互いのそれを侵害しない事。

 簡単に言うと、嫌なところが無い。


 朝食にナナさんが作ってくれる、だし巻き卵や大根の味噌汁は優しい味で大好物だ。

 生活のリズムが違うから、ストレスに感じていないか心配だったけど、どうやら快適に過ごせている様で一先ず安心できた。



 今夜は随分酔いがまわるのが早いみたいだ。

 僕に心を開いてくれてるみたいで嬉しい。

 ナナさんの事を知れて良かった。

 ナナさんを形作るものを少し理解出来た気がする。


 沢山話をした。

 見掛けによらず不器用で、生真面目で、本当は優しいのに、なかなか他人を信用できなくて…そんな風にならざるを得なかった過去に想いを馳せる。

 この華奢な背中で、細い腕で、沢山のモノを抱えて来たんだと思うと胸が詰まった。

 悲しみに濡れて、傷の癒えない、この漆黒の天使をこの手で守りたい。

 安心して羽を休めて欲しい。


「ナナさん、僕に守らせて」

「えっ?」

 酒に酔って仄かに上気した頬、上目遣いで僕を見つめる少し潤んだ瞳、色気が溢れて、胸を内側からギュと掴まれる。


 本当に綺麗。


「ナナさん。僕…ゴメン」

 思わず引き寄せて、抱きしめてしまった。

 ナナさんは、細い身体を固まらせて何も言わない。驚いて、何も言えなかったのかも知れない。

「ナナさん。すごく綺麗。この艶やかな髪も、白い肌も…ずっと触れたいと思ってた。初めて会った日から、ナナさんの全部が僕を惹きつけて離さないんだ」

 顔を見る事が出来なくて、肩口に顔を埋めて話す。

 何も言わない事に不安を感じて、身体を少し離し、顔を覗いてみると、大きく開いた双眼が僕を見つめていた。

「大丈夫?気持ち悪くない?」

「ん。気持ち悪くはないかな」

「どんな感じ?」

「あったかくて、気持ち良い」


 拒絶はされてないらしい。

 緩く微笑んで、今度はナナさんから抱きついてくる。嬉しい。

「こんなの子供の時以来だな」

 ナナさんの中では、恋愛ではなく、親愛みたいな感じかも。



 もう少し欲張ってみようか。

「ナナさん、気持ち悪かったら、突き飛ばして」

 身体を離し、顎に指をかける。


 見つめてみる。


 逃げない……


 首を少し傾ける。


 まだ逃げない……


 ゆっくり近く。


 ぜんぜん逃げない……


 優しく優しく口付けた。


 ついばむ様なバートキス。


 あぁ…… 甘い…… 止まらなくなりそうで、無理矢理引き離した。

 今はまだその時じゃない。

「気持ち悪くない?」

「ん」

 気持ち良さそう……ってか、眠たそう。


 ソファに横たえ、毛布をかけて、髪を撫でる。

 細く黒い艶髪が、指の隙間からスルリと流れ落ちる。

 心地良い髪を撫でながら、穏やかな寝顔をいつまでも眺めていた。



 翌朝、キッチンでコーヒーを点てていると、ナナさんが寝ぼけまなこで起きて来た。

 跳ねた髪が可愛い。

「おはよ。気分はどう?」

「ん。おはよう。少し二日酔いかも」

「お水飲む?」

「ありがとう。頂くよ。ゆうべ俺、変な事しなかった?なんだか記憶が曖昧」

「えーっ⁈」

「ゴメン‼︎ やっぱり変な事したよな⁈ 酒強くないのに思いの外飲んじゃって…… 」

「……いや。……変な事したのはナナさんじゃなくて………」


 ゆうべの僕の告白は無かった事になってしまった… ちょっとショック。。

 いやいやいや、かなりショック。。

 あ、でも、それだけ素直で正直な気持ちって事かもしれない。

 取り敢えず、気持ち悪くないって事は、一歩前進した? かな?

 しかし、酔ったナナさん、可愛かったな…

 思い出すと頬が緩む。


「ん?なにか言った?」

「ううん。なんでもないよ。家族の話は切なかったけど、僕はナナさんの事が知れて嬉しかった。あとは、お酒が弱いところも」

「そか。誰かに話したの初めてだな…。アキは、、、なんていうか寄木細工みたいだ。いや違うな。んー」

 考え込んでしまった。

 何が言いたかったんだろ?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る