第8話 ミニシアター

 2人揃った休日は初めてで、お互い予定の入ってなかった俺たちは、映画を観に行く事にした。

 この街には、建て替わる前までは〈日本一小さな映画館〉だった映画館があり、地元の人に愛されているらしい。


 今日は、古いフランス映画だった。

 軽く食べながら映画の感想を話そうと云う事になり、近場のパブで、フィッシュ&チップスとビールのセットを注文する。


「俺は、ハイネケン。アキは?」

「僕は、ココではレオ。この店のスパイシーなチップスに会うし、苦味が少なくて好きなんだ」

「へー。流石。そういえば、さっきの映画に出て来た主人公の友達、アキに似てた」

「あ、やっぱソコ触れちゃう?」

「ん? よく見るとアキってただのイケメンじゃないのな。ヨーロッパっぽいのにエキゾチックみたいな…… 」

「だよね。少し長くなるけど聞く?」

「触れない方が良いなら聞かない」

「あ、そう云う意味じゃなくて!本当に長くなるだけでつまんない話」

「ん。なら聞いても?」


「昔々、絵を描くのが大好きなフランス人青年が居ました。その青年は、絵の勉強にバリ島に行き、地元の女性に恋をして結婚しました。

 二人の間に生まれた子供のうち、おてんば娘は大人になって、シンガポールの一流ホテルで働いていたら、そこで出会った日本人の商社マンと恋に落ちて結婚しました。この、商社マンとおてんば娘が、母さんのお爺ちゃんとお婆ちゃんね」

「そこまでで3カ国の血が混ざるのか」

「で、その二人の間に生まれた息子が、タイとイタリアのハーフの美人と結婚するの。それが、僕のお爺ちゃんとお婆ちゃん。そして、母さんは祖父の影響で日本に凄く憧れて、日本に来る訳。そして日本人の父さんと出会った。そして産まれたのが僕。ある意味複雑でしょ?」


「んー。フランス、バリ、日本、タイ、イタリア、日本人が2回入るのか。確かに、ハーフとかクォーターとかじゃ説明付かないな」

「子供の頃にナニ人か聞かれると困ったよ。

 国籍は日本人だけどね。」

「でも、アキの不思議な感じ、納得した。髪とか目とかは、色素が薄いけど、皮膚は軽く日焼けしてるみたいな色だし、背も高くて肩幅も広い。身長いくつ?」

「188」

「俺より13センチも大きい…… 」

「だから、小さい頃は両親とシンガポールにはよく行ってた。大きく成ってからは、興味がある国には色々行ったけど、イタリアが僕には合うみたい。タイも良かったな」

「ふぅーん。シンガポールやタイなら、ウチの営業所があるな」

「そうなの?ところでナナさんってどんな会社に勤めてるの?」

「あれ?言ってなかったか。米に関する色んなモノを扱う会社。精米機とか、農業機械とか米そのものも。東南アジアを中心に世界中に営業所があって、シェアは6割以上かな?」

「スゴイ!大企業なんだね」

「そうだけど、そうでもないよ。俺は事務屋だし」


 こうやって、お互いの事を少しづつ知っていく作業がとても楽しい。

 今まで、他人とは距離を置いて来たし、他人を知りたいと思った事がない。

 しかし、アキの事は、これからもっと深く知って行けたらと思う。

 ん? なんで知りたいなんて思うんだ?


 微かな疑問に明確な答えが出せず、そのまま宿題にして、仕舞い込んだ。


 その後はアーケード街でショッピングをしながら、家に帰った。

 その日は、始終柔らかなもので心を包まれているかの様な心地良さだった。

 俺は、暫く遠退いていた穏やかな気持ちを思い出していた。


 事務屋といっても、ここの小さな営業所では、日曜日の展示会やイベントは、所員総出で取り組むし、遠方の客先で商談がある時には、営業に同席する事もある。

 東京では、土日が休みだったが、ここでは、シフト制で非番を決める。

 アキと過ごした休日が、思いの外充実して楽しかった事に味をしめて、出来るだけ火曜日を絡めた非番日を取る様にした。

 家族持ちの社員は、土日休みの希望が多いため平日休みは重宝がられ、逆にすんなり希望は通った。


 普段は、〔ameno〕で夕食を食べて帰る。

 月曜日の夜は俺が作って、アキと一緒に翌日ミニシアターで何を見ようか話しながら、遅めの夕食を取る。

 火曜日は、映画を見た後、メニューの研究を兼ねて、色々なジャンルの店に食事に行き、帰りは買い物やショッピング、時には家でゆっくりDVDを見るというのが、なんとなくルーティーンになっていった。


 気がつくと、1月半も経っていた。

 業者に連絡すると、思った以上に被害が甚大で、作業にまだ暫く掛かるとの事だった。


「というわけで、居候が長引きそうなんだ。やっぱり家賃払うよ」

「長引くのは問題ない。むしろ嬉しいくらいだよ。それに、ほぼ毎日店でご飯食べてくれてるでしょ?そして、朝食は僕の分まで作ってくれてる。それで充分」

「でも…… 」

「ところで、あのマンションって気に入ってるの?」

「ん。普通。急いで探した部屋で、特に思い入れはない、かな」

「じゃあ、実は前から言いたかったんだけど、このままここに住まない?ナナさんとの生活、結構気に入ってるんだ」

「それは有り難いけど…本当にいいのかな?」

「なら決まり!正式に同棲…じゃなくて、ルームシェアしよ!」

「ここなら会社も近いし、正直有り難い。正式にするなら、やっぱり家賃は払う。キチンと契約書を交わそう」

「そういう意味じゃなかったんだけど… ナナさんがそうしたいなら」

「じゃ、改めて宜しくお願いします」

「はい。こちらこそ」


 お互い頭を下げたあと、顔を見合わせて笑いあった。




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