第22話 転機
見舞いに行った帰り、ナナさんが黙り込んでいる。
父さんは思ったよりも元気で安心したところだった。
何がそんなに気になるんだろう。
病院で気に障る事でも有っただろうか?
東京での滞在先は、ナナさんの自宅だ。
ナナさんの部屋に着いてから、思い切って聞いてみた。
「ねぇ、ナナさん。 何か心配な事でもある?」
「あのさ。拠点を東京に移すのはどう思う?」
「いきなりナニ? どうしたの?」
「ん。 お父さんは元気そうで安心したけど、いつまでも生きていてくれる訳じゃない。東京に拠点を移して、もう少し、家族と一緒の時間を作った方が良いんじゃないかと思って」
「成る程ね。 そういう事か…… 」
そんな事を考えてくれていたなんて……
突然の提案に、驚きをかくせなかったが、ここで店をやる事をイメージしてみる。
「俺の仕事はパソコンさえあれば、何処でも出来る。幸いな事に、東京にも客先が有るし。 あとは、
「そうだね…… こっちでやってみるのも悪くないかもしれない。ちょっとどんな感じか物件探してみようか?」
「いや、物件ならもう有る。ここの
「えっ? 嬉しいけど、流石に
「そうかな。 アキは腕もあるし、充分やれると思うけど…… あ、それなら、4分の1くらい俺の事務所にしようかな? 今までみたいに、自宅の空き部屋を事務所にしても良いかと思ってたけど、本当は、仕事とプライベートは分けたいんだ 」
「そっか。分かった。それなら、なんとかなるかも。東京に移す方向で考えてみる。それに、僕の力量で出来るかどうかも。蓮見さんご夫婦と、日向さんにも相談してみるよ。ウチの店の野菜は、日向さんが作ったモノを直送して貰ってるからね 」
「アキ。 無理してないか? 」
「全然! むしろ楽しいかも。 新しい事に挑戦するってワクワクする 」
その数日後、なんとかアップルパイの合格点を貰い、蓮見さんから店に出すお許しを頂いた。
ナナさんに試食して貰いながら、今後の事を相談する。
「ナナさん。考えたんだけど…… メインバンクをこっちに替えて、融資を申し込もうと思ってるんだ。その手続きお願いしても良い?」
「勿論。だけど、必要か? 前も言ったけど、リノベの費用や、什器関係は持つよ 」
「もー。 まだ言ってる。其処はキチンとしたいんだ。
「シンガポールのおばぁちゃんだろ?お金持ちなんだな 」
「いや? 普通だよ。ただ、おじいちゃんの絵を何枚か売ったみたい。ソコソコ名前が売れてるから、買い手はすぐ見つかったらしいよ。孫にはホント甘いよね。 それに、あそこは元々レンガ倉庫だし、通りに面して無いだろ? 広さはあるけど、案外安いんだよ 」
「確かにな。ところで、
「うん。前から譲って欲しいって言ってる人がいてね。居抜きで貸すことにするよ。おばぁちゃんの手前売るのも気が引けるし、それに、あそこは気に入ってるから、手放したくないんだ 」
「それなら、担保に出来るかな 」
「宜しくお願いします 」
「分かったよ 」
それからの半年は、忙しくも楽しかった。
銀行との折衝、業者との打合せ、家具の調達、何度も何度も東京に足を運んだ。
着々と出来上がって行く店の様子に心が踊る。
そんな中で、ひとつだけ心に引っかかる事が有る。
ナナさんが、樹の妻を事務員として雇い入れようとしている事だ。
樹は、ナナさんがまだ会社勤めしている時に開業する事を伝えると、早速、税金関係の手続きを任せたいと言ってきた。
そして、今もナナさんは顧問契約を続けている。
結局、取引先として、2人の人間関係が続いているので、正直、少し面白くない。
そして、東京に戻る事を知ったとたん、奥さんを送り込んで来るなんて…… コレもなんだか面白くない。
ナナさんが、樹や、樹の奥さんと、どうこう成るとは思ってないけど…… 何事にも絶対は無いから、やっぱり少し不安なんだ。
樹の妻は、子供が出来る前、商工会議所に勤めていて、年末調整や、社会保険関係の手続きを一手に担当していたらしい。
子供が成長して来て、社会復帰を考えている事や、精神的に不安定になる事も有るから、信頼出来るナナさんの所で雇って貰えないかと、樹から話が有った時は、僕も一緒に同席していた。
ナナさんも、ブランクは有るが基本のキの字は知ってるだろうと、好感触を示していた。
ナナさんの中では、樹の事はすっかり終わっているらしい。
樹は、どうか判らないけど……
僕が雇う訳じゃ無いから、そうそう反対も出来ないし、そもそも妻の雇い主に手を出すなんてバカな真似はしないだろうと、すんなり納得は出来ないながらも、半ば諦めた。
今日は、樹の妻の史花さんの面接だ。
どういう訳か、僕も一緒に面接官の役割を仰せつかった。
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