第23話 運命

 工事が竣工し、引き渡しを受けたばかりの真っさらな事務所に、机や椅子が運び込まれる。

 午後からの面接に向けて、応接セットの準備をする。

 面接には、樹も着いて来るらしい。

 美味いコーヒーで唸らせてやる。

 店が準備中だからって、中途半端なものは出したく無い。


 僕の9歳年上で、落ち着いてて、逞しくて、存在感が有って、仕事も成功してる。

 服装や身に付ける物もセンスが良い。

 そんなアイツに勝てるのは、身長と、腕しかない。

 ?? 何気に褒めてないか?

 いやいや、ダメだ。

 ナナさんにとって、過去の恋だとしても、どうしてもアイツの事は気になってしまうし、絶対に負けたくない。

 いつでも奪ってやる、みたいな気概を樹から感じるからだろうか。


 店の方に行き、僕の厳選したコーヒー豆を使って、ネルドリップで丁寧にコーヒーを点てて気持ちを落ち着ける。

 ナナさんは、事務所にコーヒーメーカーを置こうかと言ったが、僕は反対した。

 ナナさんが飲むコーヒーは、僕が入れたい。

 事務所に来たお客様にも、僕のコーヒーを出す。

 僕の熱意が思いの外熱かったのか、少し驚いたあと、「助かるよ」って了承してくれた。

 ひとまず、今は、このコーヒーで寛いで貰おう。


「ナナさん。 コーヒーが入ったよ。 一休みしよう」

 応接セットに、コーヒーを置いて、ソファに座る。

 このソファは座りこごちが良い。

「ん。 ありがとう」

「今日は、ブラジル。深煎りだけど、ほんのり甘味も有って、美味しいと思うんだ。この後の面接の時にもこれで行こうと思うけど、どうかな? 」

「良いと思う。 今日も美味いよ」

「ありがと。 で、今日来る、高杉 史花たかすぎ ふみかさん?だっけ? どんな人? 」

「ん。 中学生の子持ちで37歳。事故で前の夫を亡くしている。職歴は、商工会議所で4年勤めて、その後は基本は専業主婦。だけど、毎年年末調整の時期に臨時で近くのスーパーで経理のパートで働いていたみたい」

「ふぅーん。じゃ、案外即戦力になるのかな?」

「そうかもな。 でも、ココでは、事務処理だけでなく、電話の対応や、俺が外回りしている時の来客の対応もして貰う事になるから、接客的な部分でどうかな?って。 その辺、受け答えで感じた事なんかを書き留めておいて欲しいんだ」

「了解。 そういう事ね」

「言っとくけど、樹の紹介だからって、無条件で雇おうとは思ってない。 同じような境遇には同情するけど。 このリスタートは、絶対に成功させたいし、初めての仕事のパートナーだから、ちゃんと信頼関係を築いて行けそうな人を雇いたいと思ってるんだ」

「正直なところ、僕は樹さんと関わって欲しくないと思ってるから、ちょっとだけモヤモヤしちゃうけど…… 逆に厳しい目で見過ぎない様に注意するよ」

「うん。 よろしく。それに、樹の事はもう気にするな。 …… アキ。 こっち向いて。 …… 愛してる 」

 顔を向けると、頬に触れるだけのキスをくれた。

 たまに、こういう事をするから、ナナさんは最高だ。

「僕も。大好きだよ!」

 お返しに、口唇にキスをした。


 高杉夫婦は、約束の時間どおりにやってきた。

 ナナさんが、履歴書を一通り確認した後、僕に手渡して来る。

 文字はキレイで、読みやすい。

 お子さんは、今年15歳になる中学生。

 職歴は、聞いていたとおり。

 見た目は、綺麗というよりも可愛らしい感じ。

 服装も清楚で、ミモレ丈のフレアスカートが女性らしい柔らかさを醸し出している。

 受け答えも、卒なくこなしていて問題ない。

 全体的に、柔らかい雰囲気だが、何処か凛としていて、それも好印象だ。


 樹は、僕の前で黙ってコーヒーを飲んでいる。

 どうだ? 美味いだろ? 心の中で、ほくそ笑む。

 勤務時間や、お給料、社会保障の話。

 面接も終わりに差し掛かる。

「あ、申し遅れました。 わたくし、ここの所長の、七尾 春日ななお はるひと申します」

 ナナさんが、名刺を取り出し、挨拶をした。

 その時、名刺を手にした史花さんが、突然凍りついた。

「…… あっ。…… あの…… 。春日さんは、…… 七尾さんっておしっゃるのですか?」

 突然の異変に、誰も何も分からない。

「そうですが、何か?」

「………… もしかして…… あの雨の日。春日さんがご家族を亡くしたのは……15年前の交通事故…… 」

 ナナさんが突然弾かれたように立ち上がる。

 樹が、史花さんの手を握った。

 史花さんは、力なく樹の手をほどき、ソファから崩れ落ちるように床に座って頭を下げた。

「私の、前の夫は…… 池谷いけたにです…… 」

「…… っ。 ……そんな…… 」


 ナナさんが頭を抱えて、ソファに沈んだ。

 沈痛な面持ちの樹に目を向ける。

「…… 春日の家族を、奪ったのは…… ……史花の夫だ。」

「春日さん。 申し訳有りません。……申し訳有りません。」

 史花さんは泣き崩れている。

 ナナさんは動かない。

 ここは、僕がなんとかしないと。

 どちらにせよ、後日連絡をする事を告げて、高杉夫婦には、引き取って貰った。


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