第24話 葛藤

 衝撃の後、アキに支えられながら、自宅へ戻った。

 体の震えが治らない。

「ナナさん。 大丈夫? こんな偶然って。 神様は、意地悪だ。 悪戯が過ぎるよ…… 」

「アキ。 すまない。 俺を抱き締めてくれ」

 ソファの隣に座ったアキが、俺を引き寄せ、抱き締める。

 アキの肩に頭を乗せ、気持ちを落ち着ける。

 情けない。

 こんな風になってしまうなんて。


 あの雨の日が、何度もフラッシュバックして、頭から離れない。

 妹は、スイミングスクールに通っていた。

 その日の天気予報は外れ、夕方から雨が降り出していた。

 母は、車でスイミングスクールまで迎えに行った。

 その足で、傘を持たない父の事も駅まで迎えに行ったのだ。

 俺はリビングで課題をやっていて、母が「行ってきます」と妹を迎えに出る時も、「ああ。」とか「うん。」とかしか言わなかった。

 いつもより帰りが遅かったが、また買い物にでも行っているんだろうと、たいして気にも留めなかった。


 そんな時、鳴り響いた固定電話。

 家族なら携帯に掛けてくるので、一体誰からだろうと思いながら電話に出た。

 その電話は、警察からの事故の報せだった……


 史花さんが悪い訳じゃない。

 彼女だって、被害者みたいなものだ。

 頭では、解っているのに、気持ちが追い付いていかない……

「ナナさん。 僕がいるよ。 どんな時でも僕が側にいるから。 それだけは、忘れないで」

「ん。 ありがとう」

「疲れたでしょ? 少しベットで横になった方が良いよ」

「そうだな。 もう今日は予定が無いし、シャワーしてくるよ」

「分かった。 その間に、何かお腹に優しいもの作っておくね。」

「あぁ。 頼む」


 頭痛がする。

 シャワーの音が、雨の日を思い出させる。

 少し落ち着いたと思ったのに、やっぱりダメだ。

 なんだか、気持ち悪い。

 目眩がする。

 こんなの、もう10年以上無かったのに……


 風呂の扉を開け、アキを呼ぶ。

「アキ!アキ。アキー!」

 パタパタと、走ってくる音がする。

 アキが慌てて、顔を出す。

 それだけで、ホッとした。

「どうかした? 大丈夫? 」

「ごめん。 急に気持ち悪くなったんだ。 でも、もう大丈夫だ」

「顔が真っ青だ。全然大丈夫じゃない 」

 そう言いながら、バスタブにお湯を張り、アキは、服を脱ぎだした。

「湯船に入って。 僕が髪を洗ってあげる」

 猫足のバスタブに浸かって、アキに甘える。

 アキの指先が、気持ち良い。

 優しくマッサージされているようで、心までほぐされていく。

 アキはもう家族だ。

 改めて思う。

 シャワーで、洗い流してくれる。

 もう大丈夫だ。

 アキが居れば、この音も怖くない。


「大丈夫? 気持ち悪くない? 」

「大丈夫。 アキが居てくれてさえいれば、大丈夫だ」

「良かった。 辛くなったら言って。僕もシャワーしちゃうから」

「本当に大丈夫だから、焦らなくていい」

「分かったよ。 こんな時まで、気を遣わなくて良いのに。 ありがとう」


 それから、風呂から上がり、ソファに座らさせる。

「はい。 卵粥。味付けはお塩だけ。食べられそう? 」

「今日はバタバタしてて、お昼食べてないもんな。食欲は無いけど、少し食べておく。アキはお腹空いたんじゃないか? ゴメンな」

「うん。 お粥作りながら、軽くつまんだからへいきだよ」

「すっかり情けない姿を、見せちゃったな」

「ナナさん…… 。情けなくなんか無い。そんな事気にしないで」

「ん。ありがとう。 …… 分かってるんだ。 …… 史花さんが悪いわけじゃない。 彼女を憎みたい訳でも無いんだ。 ただ…… なんていうか…… ショックだった 」

「そうだよね。ショックだよね」

「これから、俺、どうしたらいいんだろう」

「これから一緒に考えていこう。 でも、一先ず、今日はもう眠った方が良い」

 その日は、アキの腕の中に守られながら、眠りについた。

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