第26話 始動

 翌朝、幾分スッキリした顔でナナさんは起きて来た。

「アキ。昨日はありがとう。すっかり世話になったな」

「困った時はお互い様。気にしないで」

「それでさ、考えたんだけど…… 史花さん、採用するよ。同じ傷を持つからこそ、分かり合える事も有ると思うんだ。 それに、仕事上障害年金の申請なんかも扱うし、そういう人達にも寄り添えるんじゃないかな。人柄には特に問題なさそうだし」

「はぁ。。そう言うと思った。ナナさんは、難しい方を選ぶよね」

「そんな事は無いけど。俺にはアキが居るし。向こうは、戸籍上夫婦だけど、2人の間に有在るのは、親友としての情だよな。俺たちは、戸籍上、夫夫ふうふに成れないけど、2人の間には、確かな愛情が有る。それって俺の方が幸せなんじゃないかなって」

「なるほどね」

「幸せに優劣を付けるつもりじゃないんだ。

 史花さんだって、樹から、家族としての愛情を貰ってるだろうし。精神的にも、金銭的にも、頼れる人が居たからこそ、あんな風に、穏やかに笑えるようになったんだと思う。それって、幸せな事だ」

「うん。そうだね」


「その事について、嫌悪感は全く無かったんだ。それって、全部アキのお陰だ」

「えっ? どうして?」

「もし、アキに出会ってなかったら、きっと、樹の事で嫉妬して、子供も居て幸せそうな事に、更に嫉妬して、とても正気じゃ居られなかったと思う。アキが俺に充分な愛情をくるから、そして、充分満たされてるから、こんな風に考えられるんだと思う。だから、俺はもう、大丈夫なんだ」


 ナナさんは、今回も真剣に考えて、自ら納得の行く答えを出した。

 喜ばしい事だ。

 強いて言えば、僕をもう少し頼って欲しいけど…… この際、ワガママは言わないでおくとする。


 早速、ナナさんは、パソコンでメールを打っている。

 何度も消しては書き消しては書きを繰り返しているみたいだ。

 きっと、簡単な、採用通知だけじゃなく、今回採用しようと思った経過を、したためているのだろう。

 僕も手紙を貰いたいな。

 いつも一緒に居るから必要無いけど。

 ナナさんの事だから、優しい言葉が並んでいるんだろう。


 つらつらと考えながら眺めていたら、随分時間が経ってしまっていたようだ。

 僕も店の準備をしなきゃ。

 ここでも、店の名前は、〔ameno〕アメーノにした。

 オープンは、〔七尾事務所〕と合わせて、4月1日だ。

 ただし、その前の、3月27日にプレオープンする。


 その日は、「さくらの日」でナナさんの誕生日だ!

 お世話になった人達を招いて、盛大にお祝いをするつもり。

 バイト君も決まった。

 大学3年生の爽やかイケメンだ。

 28日からは、近隣の方々を中心に、普通の一般客も入れる。

 実は、最初の2ヶ月は、接客の研修で、史花さんも、〔ameno〕で預かる事になっている。

 これからは大忙しだ。

「アキー!史花さんから連絡が来た。3月の最終週から来てくれるって。それに、〔ameno〕での研修の話も了承してくれた」

「そっか。良かったね」

「色々世話になった。ありがとうな」

「なんにも。 当たり前の事しかしてないよ」

「そっちも、バイトの子、決まったんだろ?」

「うん。尾上 旬おのえ しゅん君。大学3年の爽やかイケメンだよ。今年の春から4年だって。バスケやってるらしいよ」

「へぇ。 …… アキ。 浮気は許さないからな」

「うわっ。もしかして嫉妬? 超嬉しいんですけど」

「なんだよ。それ。 俺は、若くも無いし、スポーツマンでも無いからな」

「やっぱ、嫉妬じゃん!かわい。 僕の事、好きなんだね!」

「バカ。 …… 当たり前だろ」

 僕は、秒で近付いて、愛しいナナさんにキスを落とした。


* * *


 3月27日。

 今日は、〔ameno〕アメーノのプレオープンだ。

 朝から準備に忙しい。

 俺も一緒に怒られながら、手伝っている。

「ナナさん!グラスの磨き方が甘いよ。やり直し!」

「えー。厳しいな」

「当たり前だよー」


 今日は、お世話になった人達を呼ぶ招待日。

 アキの家族や親戚たち。

MELOメーロ〕の、蓮見さんご夫妻。

amenoアメーノ〕の前のオーナー日向さん。

 日向さんは、新鮮野菜を持って来てくれる。

 それから、樹と、史花さんと、優くん。


 そして、大学の頃の同じゼミの後輩で、このビルにも美容系のサロンをいくつも出してる、やり手社長の、森國もりくに

 森國は、〔MELOメーロ〕の常連で、大学時代から何故か俺に懐いてくる。


 最初に来た日向ひむかいさんが手伝ってくれる。

 アキによると、俺の腕前は、グラス磨きは20点、テーブル拭きは30点らしい。

 あまりの酷評にガッカリしていたので、正直助かった。


「今日は、遠くから有難う御座います。すっかりお手伝い頂いて…… お客様なのに申し訳ありません」

「いや。アイツは最初からそのつもりだろうし。俺も落ち着かないから、いいの。いいの」

「〔amenoアメーノ〕の前身のお店やってたんですよね?」

「まぁね。あそこまでオシャレじゃなかったよ俺の店。〔農家の息子の店〕って名前」

「へぇ。そのまんまの店名だったんですね」


「それよか、あんたが噂のナナさんね。漆黒の天使だの、難攻不落だの、高嶺の花だの聞かされてたからさ。一度会ってみたかったんだよ」

 どんだけ筒抜けなんだ!とアキをひと睨みしておく。

「でも、噂どおりの美人だね。あの、秋成がアタフタするのも分かるわ。ははっ」

 居た堪れない気分になりながらも、時は過ぎ、次々と招待客が訪れる。



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