第19話 リンゴの木
北品川の持ちビルの一階には、祖父の昔馴染みの友人で、
元々は、銀座で洋食店を経営していたが、バブルの頃に地上げに合い、それからは北品川に場所を移して、カフェレストランとしてご夫婦で切り盛りしていた。
アキの実家に行った後、北品川の自宅に寄り、その時に、
そこから届いた小包には、お祝いに、とお手製のアップルパイが入っており、それに同包されて、手紙も入っていた。
その手紙には、お祝いの言葉と共に、そろそろ引退して田舎に引っ越そうと思っている旨が丁寧に書き綴られていた。
「アキー!アップルパイが届いたぞ!」
アップルパイは、カフェレストラン
因みに、
サクサクの生地と、甘すぎないカスタード、ゴロゴロの甘酸っぱいリンゴの果肉。
そこにフタをするように、皮付きのリンゴのスライスが放射線状に敷かれており、大輪の花を咲かせたように美しく彩られている。
それぞれの食感の違いが楽しめる、目にも舌にも嬉しい逸品だ。
「もしかして、
開業してからは、アキの休憩時間に合わせて、ティータイムを取るようになった。
俺も、アキも、このアップルパイに目がない。
「あー。いつ見ても美しい。この二重の螺旋階段。芸術的だよ」
「同業者に、そこまで褒めて貰ったら、
「表面のテラテラのジャムのコーティングも良いよね。リンゴが薄桃色に見えるように工夫されてる。苺と桃で作ってるんだっけ? ほんっと、お菓子って繊細だよねぇ 」
「いつまでも眺めて無いで、そろそろ食べよう 」
ナイフを入れようとすると、手のひらを向けられ、制される。
「待って。軽くオーブンしてから食べよ! 折角なら、一番美味しい状態で頂かないと。ね?」
美味しいものを、美味しく食べる事に関しては、一切の妥協は許されない。
アキの、アキらしいところだ。
「このアップルパイも、もう食べられなくなるかもしれない」
「えっ⁈ 」
「
「そうなの? …… コレが食べられなくなるのは悲しいな…… 。 それなら、僕がこのアップルパイ作れるようになりたい。 ちょっと修行させてくれないかな…… 」
「聞いてみたらいいんじゃないか?
「そう思う? ちょっと考えてみるよ 」
アップルパイを美味しく頂いた後、徐にノートパソコンを引っ張り出し、アキは、予想したレシピを打ち込んでいった。
その後、直筆で、
仕事モードに入ったアキの顔は真剣で、彫刻の様に美しい。
いつまでも眺めていたいと思った。
少し伸びた柔らかい髪は、肩にかかりそうで、厨房ではきっちり纏められているが、今は解かれて、緩く揺れている。
ひと段落したアキは、フッと肩の力を抜き、いつものようにハニーブロンドの髪を搔き上げる。
余りにも、艶っぽい仕草に、腹の奥がズクンと熱くなる。
俺は、昼間から一体何を考えているんだ。
俺の視線に気づいたアキは、極上の笑みで微笑みかける。
「ナナさん、色っぽい顔してる 」
疚しい事を考えていた事が見透かされたようで、慌てて視線を外す。
「ナナさん、来て 」
手紙の邪魔をしない様、1人分空けて座っていたソファの空間をポンポンと叩いて、そこまで近寄れと促してくる。
戸惑いつつも素直に従って、隣に座る。
アキの手が耳に伸びてきて、顎まで下がる。
ゆっくり近づいて来たアキは、反対の耳元に口唇を寄せて、囁いた。
「キスしたい 」
首に腕を緩く巻き付ければ、優しく微笑んだアキが、甘いキスを落としてくれる。
今日のキスはアップルパイの味だ。
午前中に、宣誓をした俺たちは、今日が結婚記念日の様なもので、改めてお互いをパートナーとして認識し、気持ちが昂ぶっていたのかもしれない。
外はまだ日が高いにも関わらず、心と身体がお互いを渇望している事を、認めざるを得なかった。
明るいリビングにちゅくちゅくと水音が響く。
どちらともなく開いた口唇の隙間から舌が入り、絡めあい追いかける。
身に付けているものすら、2人の間には邪魔だとばかりに、シャツの釦に手を掛けた。
「ナナさん、準備しよ? 」
「ん。大丈夫。出かける前にシャワー浴びた時に、昨夜の後始末したから。その時に…… 」
言い終わる前に、また、口唇を塞がれた。
性急にお互いの服を剥ぎ取り、素肌で触れ合う。
張りのある肌に指を滑らせ堪能した。
アキの大きな手が、胸の尖りを摘みあげ、尻たぶを揉みしだく。
その間も、甘いキスが止まらない。
2人の愛の儀式は、陽が落ちるまで続いたのだった。
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