第18話 パートナーシップ

 それから、約一年をかけて、独立の為の準備をする事にした。

 一年有れば、仕事の方もしっかり引き継いで行けるだろうとの配慮も有ったからだ。

 最初の契約は、〔ameno〕。

 経理全般を引受ける事にした。



 いつものように、アフターシェイブローションは、「4711 ポーチュガル」でキメる。

 使い始めは、スウィートオレンジの爽やかな香りで、ラストノートにはムスクが残る。

 父も、祖父も、愛用していたものだ。

 使い始めた20代初めの頃は少し背伸びに感じたが、今では、しっくり馴染んでると思う。

 そして今日は休日の火曜日だが、スーツに腕を通す。

 俺の胸に刺さっている万年筆は、アキと揃いの物だ。

 あの、始めて身体を繋げた夜、アキが贈ってくれたのだ。

 かなり高価なものだが、結婚指輪の代わりに成り得るもので、更に日常的に使えてかつ実用性のあるもの、と考えてくれたようだ。

 それから、俺は、毎日の仕事に使っているし、アキも、注文を書き留める時に使用している。

 今日は、大切な書類にサインをする日だ。

 スーツの上から、その感触を確かめた。


 この街には、『パートナーシップ宣誓制度』というものがある。

 性的マイノリティーの2人が、お互いを人生のパートナーとして、日常生活を相互に協力し合う約束をした関係だ、という事を宣誓するものだ。

 正式な婚姻を結べない同性カップルにとって、公に夫夫ふうふ関係が認められる喜ばしい制度だ。

 法的効力が発生するものではないが、民間企業が認めた場合には、生命保険などで家族割引などのサービスが受けられる。

 特に、市内の施設に限られるが、パートナーが怪我や病気で重篤になった場合、付き添う事が出来るのは、精神的な安心感が大きいだろう。


 俺たちも、1つのけじめとして、お互いを人生の伴侶とする事を、神様と市長に誓うことにした。


「あれ? ナナさん、今年28? もうすぐ三十路って言ってなかった? 」

「そうだよ。 あと2年もしたら三十路だろ? アラサーってヤツ 」

「えぇー!? 騙されてた…… 」

「ガッカリした? 宣誓、止める? 」

「止めない!! 」

 ベットルームで、アキの携帯が震えながら、音を鳴らしている。

 2人で使ったマグカップをシンクへ片付けた。

「父さんからだった。今日退院したんだって。もう1日早ければ、飛行機乗っていけたのにって。残念がってた。そして、ナナさんに、ありがとうと、不束者の息子を宜しくって 」

「そっか。有り難いよ。お義父さんも退院出来て一安心だな。お見舞いにも行けずじまいだったし、改めて、顔出すか 」

「ふふ。ありがと。すごく嬉ぶよ。 ナナさんに会いたがってたし 」

 俺たちの関係は、以外にも、ひどく呆気なく受け入れられた。


 アキの父は、若い頃アキと同じようなたちだったようで、アキの母と出逢うまでは、随分浮名を流したらしい。

 そのせいも有って、モテすぎるアキの事は随分と心配していたようで、生涯愛し抜けるパートナーを見つけて欲しいと思っていたそうだ。

 これからは、実の息子と同様に接するので心するように、と言われた時には胸が詰まった。


 そのあとの食事会は、アキの家族の他に、近場に居るアキの従兄弟たちや、シンガポールの祖父母まで集まってくれていて驚いた。

 こんなにも、俺を受け入れようとしてくれて居るのかと思うと身が引き締まる思いだった。

 酒宴は盛大になり、日本酒攻めに合った俺は、へべれけに酔っ払い、早い段階から記憶が曖昧だ。


 翌日、出立する時には、お義母さんが、折り紙で作ったお雛様を贈ってくれた。

 和柄の折り紙で手作りしたもので、お内裏様が2人の三段飾りだ。

 異国の地の混じるお義母さんは、相当な日本好きらしく、俺の名前の春日から、春の季節の生まれだと思い、日本の春を象徴する物を作ってくれたらしい。

 ハガキサイズに纏められた三段飾りは、繊細で美しく、帰ってから写真立てに入れて今も飾っている。

 こんな、温かい家族に囲まれてアキは育ったんだと思うと、自然と心が暖まった。


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