第12話 再開
それから2人の生活には、穏やかの中に甘さが溶けた毎日だった。
月曜日の夜は一緒に食事し、一緒にお風呂に入り、アキのベットで一緒に眠る。
そんな日々を過ごしていた、とある月曜日。
いつもの様に出勤すると、エントランスで見慣れた後ろ姿が視界に映る。
一気に過去がフラッシュバックし、その場に縫い止められたかの様に立ち尽くした。
その背中が振り返り、春日を見つける。
「樹…… 」
樹は、綺麗な顔を崩しながら、足早に春日に近づいてきたかと思うと、そのまま強く抱きしめた。
「春日。逢いたかった…… 」
驚きと、戸惑いで、言葉に詰まっていると、
「ここの隣町に、大きな精米工場出来るだろ?そこのプラント設計に、俺のプレゼンが通った」
「えっ⁈」
驚きを隠せなかった。
「暫くこの街にいる」
耳元で囁かれる。
「えぇっ⁈」
更に盛大に驚いた。
頭の中では、
なら、なぜ何も連絡してこなかった?
なぜこのタイミングで現れる?
暫くって一体どれくらい?
まさか、工場が出来るまでいるつもりか?
そして、なぜここが分かった?
次から次へと、疑問が頭の中を駆け巡る。
「なんで?どうして?って顔してる」
「そりゃ…… 。 …… 兎に角、離して」
「これから、営業部に挨拶して、その後現場に行って施工業者と打合せなんだ」
「そう」
「今晩、メシどう?話したい事も有るし」
「いや。今日は残業なんだ。何時に終わるか分からない」
急ぎの案件は無かったが、来月が報告期限の四半期報告書に早々に手をつける事にした。
「久しぶりに逢えたのに、つれないな… 」
「…… 」
エレベーターが到着し、無言で乗り込む。
樹の態度は、以前と変わらない。
何も言わずに逃げて来たのに。
一体どういうつもりだ……
恨んだり、怒ったり、しないのか?
俺はどうしたら良い?
まずは、アキには話しておかなければならないだろう。
なんて話そう……
アキに余計な心配をかけたくない。
そうこう考えている内に、エレベーターはフロアに着いた。
「春日!じゃ、また後で」
颯爽と営業部に向かっていく背中を見送りながら、途方に暮れた。
気がつくと、時計は20時を回っていた。
あの後、樹と顔を合わせる事は無かった。
これで一先ず、今日は乗り切れただろう。
しかし、これからが問題だ。
また樹と顔を合わせれば、食事に誘われる事は確実だ。
あの人の強引さを考えると、いつまでもペンディングしておく事は、出来ないだろう。
しかし、アキに話して、納得して貰ってからでないと、会う事は出来ない…… と考える。
きっと、本音は不安でも、アキは平気な顔をして、行ってこいと言うだろう。
アキを傷つける様な事や、不安にさせる事はしたくない。
明日は定休日で、今夜は少しゆっくりした時間が取れるはずだ。
そもそも、樹とは何も無いのだし、理解が得られるまで、ありのままを話そう。
そんな事を考えながら、重い足取りで帰路についた。
〔ameno〕の前の細路地に着いた。
深く息を吐く。
今夜は家に帰る前に店に寄って、大人ココアでも貰おうか。
そして、今夜は話したい事が有るって伝えておくべきだろう。
マホガニーの扉を開ける。
レザーストラップのカウベルの軽快な音が店内に響く。
「いらっしゃい。 あ! ナナさんおかえり。 お客様だよ」
突かれるように顔を上げると、カウンターの端に、樹が座っていた。
「お。春日。おつかれ。思ったより早かったな!」
「なんで…… ここが分かった?…… 」
「今朝、「また後で」って言ったろ?」
「そうじゃなくて!!」
驚きを通り越して、恐いくらいだ。
先にアキに話そうと思ってたのに…… こちらの気持ちも知らないで、と、若干苛立った。
「そんなに、カリカリするなよ。先ずは座って、何か飲みなよ」
「チンザノ。ドライね。今日はソーダ入れて。氷は、ロックアイスで」
「かしこまりました」
アキは、笑顔で返してくれた。
しかし、聡いアキの事だ。
何か感じとってるかもしれない。
「怒んないで聞けよ。春日の事、調べさせて貰った」
「はっ⁈」
「突然連絡取れなくなるし、家に行ってみたら居ないし、職場に連絡しても転勤になったって事だけで、どこ行ったか教えてくれないし… だから、興信所に依頼した」
「…… 普通、そこまでするか?」
「するさ! ひとの気持ち煽っておいて、突然居なくなる方が悪い」
「煽ってなんか…… 」
「いないって? そうかな? 俺の気持ちは分かってたろ? その上で、毎週逢ってた」
「それは…… 」
樹が強引だからだろ!
いつも勝手に、決めてたクセに!嫌じゃなかったけど…… 。
「と、に、か、く、 論点はそこじゃない!」
鋭い視線を向けられ、こちらもキリリとした顔をつくり見つめる。
「春日。 どうして逃げた?」
(なんて言うのが正解なんだろう。 いや、違う。 これが俺のダメな癖だ。 正解を導き出すんじゃない。 ありのままを伝えなくては……)
「そうか。そうだな。ごめん。話すよ。 あの日… 内々示が出た日、貰った名刺を頼りに、樹の家まで行ったんだ」
「家に来た? 会ってないよな?」
「当たり前だよ」
「おい。当たり前って… あっ、、、ピースが繋がった。すまない。 俺、結婚してる事言ってなかったか?」
カウンターの中で、アキもギョッとしている。
「意味不明…… 」
「そうか…… 俺のせいだったか。話長くなるから、奥のテーブルに移動するぞ」
「いや。ここでいい」
「そっか。 マスターとルームシェアしてるんだって? 春日がそこまで心開くなんて、珍しいな」
「知った風な事言うなよ。それこそ論点がズレてる!」
直接話して分かった事は、やはり、結婚しており家族がいる事実だった。
時期を見て、自分から打ち明けたいと思っていたんだと、今に至る経緯を訥々と話してくれた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
妻の
突然起こった災難に、精神的にも経済的にも困窮していた史花さんを支え、なんとか無事に出産出来た事。
子育てを手助けする為に一緒に暮らすようになった事。
周囲は、2人が恋人関係で交際しているものと勝手に思い込んだ事。
家族には、性的マイノリティーをカミングアウト出来ず、結婚を急かされていた時期だったので、その当時は、婚姻関係を結ぶ事は都合が良かった事。
史花さんは、樹の性的マイノリティーを以前から理解しており、納得の上で婚姻という形を受け入れた事。
法的には夫婦だが、お互いに恋愛感情は無く、勿論、カラダの関係も無い事。
しかし家族として大切に思っていて、これからも、婚姻関係は続けていきたいと思っている事。
しかし同時に、春日に惹かれるのを止められなかった事。
「そんな事…… 分かる訳無い…… 先に言っておいてくれれば…… 」
「すまない。俺が悪かった」
全部俺の一人芝居だったって事か。
勝手に決めつけて、樹の話を聞こうともしなかった。
「いや。俺も悪かったよ」
「それなら、俺の事考え直してくれるか?」
後ろで、客が帰ったテーブル席の後片付けをしているアキに視線を送った。
「ごめん。 それは出来ない。今は、アキが……ここのマスターが好きなんだ。 付き合ってる。それで、今この上で一緒に住んでる」
「なるほどなぁ。それで住所がここだったのか。調べた住所に来てみたらカフェだったからおかしいと思ったんだ。それで、春日の事、マスターに聞いてみた」
「そうか」
「営業所の側のロッソに滞在してる。ひと先ずは2週間居るから。その後も、毎月来る。言っとくけど、春日の事、諦めて無いよ。だけど、今夜はこれで。マスターと話があるだろ?」
「なっ…… !」
「マスター!美味かった。また来るよ!」
俺様なあの人は、颯爽と帰って行った。
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