第31話 おまけ 覚悟と飛翔の間の出来事
オレは、待てる男だ。
やっと見つけた春日を、手放すなんてそう簡単に出来ない。
あんな、年下の、イケメンヤローに絆されやがって。
口惜しい思いが、身体の中を掻き乱す。
春日は家まで来たと言った。
家族の事を先に話して置かなかったのは、手痛いミスだ。
しかし、史花は兎も角、優を放っては置けない。
優も、父親の存在を疑ったりはしていないだろう。
12歳になる優は、産まれた時は極度の低体重児で、今も体は極端に小さく低学年に間違われる程だ。
親友とその子供を守る、と決めた事には後悔はしていない。
現場から戻った昼下がり、遅い昼食をどうしようかと迷った。
どこかに入って食べるのも良いが、ランチタイムは終わっている時間だ。
パソコン作業もあるし、軽食を買ってホテルに戻ろうと、駅の近くのデパ地下へ向かった。
普段、来慣れてないそこは物珍しく、其処此処を物色していると、後ろから声がかかった。
「高杉さん」
あの、イケメンマスターの声だ。
彼もまた、ここで買い物をしていたらしい。
「先日はどうも。ランチのタイミングを逃してね。何か軽いものを買ってホテルに帰ろうと思ってたんだ」
「そうなんですね。今は、休憩時間で、僕もこれからランチです。簡単なモノしか出来ませんが、良かったら、店に来ませんか?」
「えっ? イヤ、そんな、悪いよ」
「ついでですから、お気に為さらずに。それに僕も話たい事があるし」
成る程。
オレを牽制しておきたいと言うことか?
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ここのデパ地下は、チーズの種類が豊富だとか、街の老舗の肉屋が入っているだとか、珍しい果物が新鮮な状態で出ているだとか、当たり障りの無い話を聞かされながら、店まで歩いた。
扉の鍵を開けて、あかりを点ける。
カウンターに促され、前と同じ席に座った。
アンチョビと大根のパスタは、賄いとは思えない美味さだった。
綺麗に平らげ、食後のコーヒーを飲む。
「ご馳走さま。アンチョビの塩気が絶妙で、文句無しに美味かった。パスタに大根が入ってるのなんて初めて見たよ」
「ありがとうございます。コレ、ナナさんも好きなんですよ」
「あ、そうなんだ。春日とは、食の好みが合うんだ 」
「僕は、あなたの事、ナナさんから聴いて知ってました。悔しいけど…… 悪い人だとは思えない。 ナナさんを好きな気持ちは負けないし、譲れないけど、僕だけ知ってるのはフェアじゃないと思って。もし、僕が話せる事であれば、質問しても良いですよ」
「ふぅん。中身もイケメンってか。イヤな奴だ…… だが、嫌いじゃない」
「恐縮です」
「一緒に住んでどれ位になる?」
「3ヶ月ちょっとでしょうか」
「じゃ、それより長く付き合ってるって言うことか。こっちに来て、案外すぐだな」
「いや。実は、付き合ってからは、2ヶ月位です」
「は? 付き合う前に、同棲したの?」
「それには、ちょっとワケが有って…… 」
マンション水浸し事件や、彼女が居ると勘違い事件、それから、マスターの過去の恋愛について聞かせて貰った。
コイツ、イヤな奴じゃないどころか、良い奴だ。
短い間に、濃密な時間を過ごしやがって。
まったく…… これじゃ勝ち目が無いじゃないか。
「ナナさんは、ああいう人だから、真剣に考えて、答えを出すと思います。もし、あなたを選んだ時は、、、口惜しいけど、潔く身を引きます。勿論、同棲も解消します」
「なんだ? 逆に勝利宣言みたいだな」
「そんな事ない! 今はこうしているけど、貴方の方が過ごした時間は長い。それに、貴方を忘れたくて、こんな遠くにまで来たんだ。物理的に、こんなに距離を置かないと忘れられない位には、想いが大きかったって事でしょ。僕だって不安ですよ」
「そうか。 茶化して悪かったな。 オレも腹を括って、正々堂々といくとする」
「宜しくお願いします」
「なぁ。 春日がここの料理が好きなら、オレの好みにも合うって事だ。裏を返せは、マスターの食の好みとも合うって事だよな。それに、男の好みも合う見たいだし? 案外、良い友達に成れるかもしれないなオレとアンタ」
「ふふ。 どうでしょう? そうかもしれない」
「今晩、また来ても良いか?」
「それは勿論。お待ちしてます」
「休憩時間に邪魔して悪かったな。じゃ、また後で」
「いいえ。 では、また後で」
これは、負け戦さだな。
せいぜい、綺麗に振られてやるか。
爽やかな初夏の風に吹かれながら、街を歩いた。
了
真昼の月 とまと @natutomato
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