第一章 シータ研究所(2)死んだというのは比喩ですか

 ユウキとして目覚めたぼくは、両腕に挿し込まれていたケーブル類を全部外してもらって、この研究施設の責任者と会うことになった。


 ベッドから床に下りて立ち上がると、新鮮な気持ちがした。まるで、長い間自分の足で立っていなかったかのような――いや、この身体にとっては実際そうのだから、間違っていない感覚なのだろう。


 驚いたのは、普通の女子高生くらいの年齢と背格好に見えたスズランと、ぼくの背丈がさほど変わらなかったことだ。かろうじてぼくのほうが背が高い……と言えなくもないが。


 広いホールに通りかかったとき、鏡面仕上げをしてある柱に映った自分の姿を見て、ぼくは思わず声を上げた。


 そこに映ったのは、肩までの長い髪をもつ少女――と見まがうほどの美しい少年だったからだ。


 一瞬、そんな少女が近くにいるのかと思ったが、そんな人は他にいないし、病院着を着ているのはぼくだけだったので、それがぼくなのだと考えるほかはなかった。


「どうした? 大丈夫か?」


 スズランが声を掛け、ぼくの肩に手を置く。鏡の中でも、彼女は美少女のような少年の肩に手を掛けていた。


「う、うん……」


 そういえば、ぼく自身の声も、鉄骨に潰される前よりもずいぶん高い気がする。想像していたよりも、ユウキは幼いんじゃないだろうか、と考える。


 それと同時に、さきほどスズランが泣きながら言っていた「なんでもするから」というのは、どうやらそういう意味ではなさそうだという気もしてきた。ユウキは男だが、男というよりは少女のようにしか見えない。……いや、別に妙な期待をしていたわけではないけれど。


 ◇◇◇


「ユウキ君。十六歳。惑星ケルティア第八十三区在住。プルノス・アカデミーに在籍。両親共に不在。家業は農業。――合っているかね?」


 ゴールデン研究所長の問いかけに、ぼくはなんとなくうなずくしかなかった。合っているかと言われても、合っているかどうかなんてわかりようもない。ここは、彼らがぼくについて語る内容で、ぼく自身のことを知っていくほかはない。


 十六歳、と所長は言ったが、正直のところ、鏡に映ったぼくの姿は、せいぜい十三歳といった見た目だった。年齢に比べても、ずいぶん幼い外見をしていると思う。


 所長室にて、ぼくらは勧められた椅子に座って会話をしていた。ぼくとスズランが並びで椅子に腰を掛け、向かい合うようにして、ゴールデン研究所長が座っている。他に数名の白衣の人々がそばに立っていた。


 ゴールデン所長は白髪が控えめに頭に巻き付いたようなハゲ頭の紳士で、頭に毛が少ない代わりに真っ白い口ひげが立派だった。六十歳はとうに超えているだろうという感じはしたが、一方で、背は高く、肩幅が広く、恵まれたガタイは若さ――というか強靱さを感じさせた。


「あの、ぼくが宇宙船にひかれて死んだというのは……なにかの比喩ですよね」


 ぼくの問いに、ゴールデン所長は「ふむ……」と溜息のような、なにかを思うような声を出す。


「実に酷い有様じゃった。死んだというのは、決して誇張ではない。こうして、わしらは平然ときみと接しているように見えるから誤解するかもしれんが……。こうして復活するなど、到底考えならない状況だったんじゃよ」


 所長の回答は、ぼくの想定とは異なっていた。宇宙船でひき殺し、爆発・炎上させて木っ端微塵にされたというスズランの言は、どうも誇張ではなかったらしい。そう考えると、空恐ろしくなる。ぼくの身になにが起こっていたのか、そしていま、なにが起こっているのか。


「いったい、なにが起こっているんですか」


「それを調べるために、これから検査をするんじゃ。簡単な血液検査と、もうひとつ、ちょっとしたものをな」


 ぼくはそれを承諾した。とにかく、調べてもらう以外の選択肢はない。


 それからぼくは注射器で血を抜かれ、それから謎の金属片を胸と背に当てられるなどした。その間、スズランは心配そうに、ぼくのことを見ていた。


 金属片を胸に当てる作業を行ったのは、セミロングの茶髪のお姉さんだった。年齢は二十代中盤だろうか? 彼女もまた白衣を着ているから、この研究所の研究員か何かなのだろうと察しは付いた。


 彼女が甘い笑顔をぼくに向けるので、ぼくは驚いてしまった。人からこんな風に無条件で優しく接せられるなんて、記憶にほとんどなかったからだ。


 ぼくの病院着をたくしあげながら、彼女は金属片を使ってなにかの検査をしながら、こう言った。


「ユウキ君、本当に可愛いわ。身体も、こんなに綺麗に修復できて、よかったわ」


「あ、あの……」


「ああ、わたしはランナ。このシータ研究所の職員よ」


「そ、そうですか」


 こんなお姉さんに、身体を綺麗だなんて誉められた経験はなかったから、恥ずかしくなって、なにを言っていいかわからなくなってしまった。


 すごい。ユウキはすごい。スズランからも、ランナさんからも、会ったばかりなのに完全に信用されて、まったく警戒されていない。それもこれも、美少女のような風貌の美少年だからだ。


 ぼくからのデータ採取は終わったようで、ぼくは椅子に座らされたまま、しばらくの間、待つように言われた。スズランからは、再度、どこも痛くないか? 変じゃないか? ときかれるけれども、身体の調子はいつもよりも良いくらいだった。


 その間、白衣の人たちは、ぼくの血液がどうとか、ヘブンリー・コードがどうとかという話をしていた。内容については、よくわからなかった。


 結果レポートを片手に、ふーむ、と言いながら、ゴールデン所長が目の前の椅子に戻ってきた。


「もしや、きみには超越知覚があるのではないかな?」


「……はい?」


「では、こうして」ゴールデン所長は右手を背に隠す。「隠したほうの手が、何本指を立てているか、きみはわかるかね?」


「四本です」


 ぼくには、なんの問題もなく答えられてしまった。だって、所長が隠した手が見える――ように感じられるからだ。


「ではこれは?」


「三本になりました」


「これでは?」


「五本です」


「……やはり。きみは、こうして蘇って以来、天幻知覚――レクトリヴに目覚めたようじゃ」


「てんげんちかく……レクトリヴ?」


 これもまた初めて聞く用語だ。これもこの場所ではありふれた単語なのかと思い、隣に座っているスズランの顔色をうかがったが、彼女は驚愕の表情を浮かべていた。


「そんな……レクトリヴが? どうして」


「スズラン、それってなに?」


「知らないのか? ユウキ。この世界に干渉し、知覚し、書き換える能力、レクトリヴを……」


 聞くだにものすごい能力のようだが、この世界にはそんなものがあるのかと感心してしまう。


「記憶の混濁があるようじゃな。天幻知覚レクトリヴは、この宇宙を制御しているマルス・レコードにアクセスすることで、宇宙を直接知覚し、物理法則を上書きする能力。……おまえさんには、その能力の片鱗が見られるというわけじゃ」


 ゴールデン所長が話してくれたレクトリヴの内容は、よくわからないところもあったが、やはり要はぼくが超能力を身につけてしまったということらしかった。


「つまり……なにかとても便利になるということでしょうか? ものに触れずに運べるようになったり……」


「いずれそれもできるようになるやもしれん。だが、それは勧められん。なにもなかったかのように大人しく暮らしなさい」


「……なぜです?」


 ぼくのこの発言に、スズランは「信じられない」というような表情をした。ぼくはまた、なにかを知らないせいで変なことを言っているみたいだ。


 ゴールデン所長が教えてくれる。


「この全宇宙を支配しようと侵攻してきているギデス大煌王国のことはわかるな? あの帝国の強力な特殊兵団、天幻部隊が採用している特殊能力がレクトリヴであることも。やつらは、レクトリヴの能力を独占したがっておる。もし、きみにレクトリヴの才能があると知れたら……」


「掴まってしまう、ということでしょうか?」


「洗脳されてギデスの兵になるか、あるいは、そのまま殺されるか」


 せっかく面白そうな能力を手に入れたというのに、使うとろくなことにならなそうだ。洗脳されるのも殺されるのも御免被りたい。


「しかも、きみの場合、ヘブンリー・コードが異常値を叩き出しておる。もし、このことをギデス大煌王国が知ったら……断言しよう、彼らはきみを無視できない」


「異常値……ですか」


「うむ。だから、きみは普段の生活に戻り、何食わぬ顔で学校生活を暮らし、なにも知らない振りをし通すのじゃ。むろん、このシータ研究所には定期的に顔を出してもらう。きみは、ギデスが独占するレクトリヴを理解するための鍵になるじゃろうからな。それに、治ったばかりの身体もときどき検査をしておくのもお勧めじゃ」


「わ……わかりました」


 わからないことだらけだったが、こうして危ない点を教えてもらえるのはありがたい。所長に言われたとおり、天幻知覚レクトリヴにはできるだけ触れずに、ほそぼそとやっていこう。


 ◇◇◇

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