第十章 セクター・デルタ(2)潜入、宇宙要塞

 リリウム・ツーは宇宙要塞バル=ベリトの側面を飛行する。ここまで懐に入れば、強力な砲撃は逆に受けづらくなる。機関砲やミサイルにだけ注意を払えばいい。どちらも基本的には、リリウム・ツーに搭載のバルカン砲で応じる。


「可能な限り、敵の本丸――司令塔に近い場所から侵入したい。できるか?」


 スズランは艦長席に座って、オペレーターたちに言った。オペレーターのひとりが返事をする。


「司令塔の区画はここですが、侵入するならこのポイントの格納庫ですね。ただし、物理障壁、電磁障壁ともに強固で、破壊できるかどうか不明です」


「構わない。やってくれ」


 リリウム・ツーは侵入ポイントの前で止まると、ポイントに向けてリニアレールガンを撃つべく、電力の充填を開始した。


 ギデスの戦闘機群が危険を察知し、リリウム・ツーに殺到する。


「敵戦闘機飛来! 数、六、いえ、七!」


「バルカン砲と陽電子砲ハーブシュトレゲンで撃ち落とせ!」


「リニアレールガン・トールハンマー、電力充填完了。撃てます!」


「トールハンマー、発射!」


 スズランの声が艦内に響き渡ると同時に、リニアレールガンから撃ち出された金属の塊が侵入ポイントを撃つ。


 けれども、撃ち抜くことはできなかった。


 エージーとビーエフの奮戦もあって、敵戦闘機はその数を減らしていく。それでもその間、味方の艦艇が被弾することもあった。


 宇宙要塞バル=ベリトのそばで怪しい動きをしている艦艇が存在することに、当然敵艦隊のほうも気がついてきた。


「敵コルベット艦一隻、本艦に接近中!」


「くっ……! 当然見逃しちゃくれないよな」


 スズランは歯ぎしりをする。惑星ザイアス宙域戦ではキバ級コルベット艦を二隻沈めた経験がある。とはいえ、一隻は不意打ちを仕掛けたし、もう一隻は不思議な事態が発生して偶然沈められたものだ。正面から打ち合って平気なわけはない。


「敵コルベット艦、依然、本艦に向け航行中! 退避を勧告します!」


「落ち着け! リリウム・ツーがバル=ベリトを背にした状態では、やつらも砲撃するのは難しいはずだ」


「敵の陽電子砲台に動きあり! 砲撃、来ます!」


「ばかな! 電磁障壁発生装置アトラス百二十パーセント稼働! 回避ぃ!」


 電磁障壁を全開にして回避行動を取ったリリウム・ツーの側面を、敵の放った陽電子ビームがかすめていく。


 リリウム・ツーを撃ち漏らした陽電子ビームは宇宙要塞バル=ベリトに当たったが、バル=ベリトの電磁障壁によって散らされ、消滅した。


「無茶苦茶だ。バル=ベリトの防御の強さを信じて撃ってきたのか……」


 スズランは冷や汗を拭う。


「艦長、退避を勧告します! 敵コルベット艦に追撃の動きあり!」


「退避はしない! われわれには前進しかない!」


「艦長っ!!」


 オペレーターたちが口々に退避をするように言う。けれども、スズランは一呼吸おいたあとで、決心し、宣言した。


「確率干渉ビーム砲フラウロスを使う!」


「フラウロスを……、ここでですか!?」


 確率干渉ビーム砲、フラウロス。あらゆるものを貫通し、あらゆるものを存在しなかったことにする超兵器だ。ただし、運用には精製ゼロパウダーという取り扱いの難しい希少物質が必要であり、一発分しか装填できない。


「ここで時間を掛けていられない。フラウロス、侵入ポイントに向け、発射態勢に入れ!」


 スズランの指示を受けて、フラウロスに火が入れられる。


 フラウロスの起動に時間が掛かっている間、リリウム・ツーに搭載されている十六門の陽電子砲はすべて敵コルベット艦のほうへと向けられていた。敵艦が不審な動きをした際に撃つためのものだ。


「確率干渉ビーム砲フラウロス、撃てます!」


「フラウロス、発射!」


 リリウム・ツーの主砲たるフラウロスから、赤黒いビームが打ち出され、次の瞬間、ビームの束が膨張し、そのあたりのものをすべて呑み込んだ。


 巨大な構造物である宇宙要塞バル=ベリト全体からすれば、細い穴を通したようなものだ。とはいえ、衝撃はかなりのものだったようで、バル=ベリト全体が大きく振動した。


 バル=ベリトは、フラウロスを受けて貫通・破損したブロックを切り離した。不要になったブロックをパージしたのちに新たに出現した壁や隔壁は比較的もろく、リリウム・ツーの通常兵装でも打ち破ることができる。


「今だ! 行くぞ!」


 スズランが吠える。


 リリウム・ツーは、エージーとビーエフを伴って、宇宙要塞バル=ベリトの中へ強硬に侵入する。隔壁をトールハンマーで打ち破りながら。


 隔壁の中――格納庫の中央にたどり着き、着陸すると、さらに無数の隔壁が下りてきて、機密性が回復した。


「隔壁閉鎖。艦長、下艦できる状態になりました」


「了解した。これから、潜入部隊は艦を下りる。エージーとビーエフにもそう伝えてくれ。以降の本艦の取り扱いはランナ博士に一任する」


 スズランは椅子の下の収納からブラスターガンを取り出すと、それを手に、椅子から立ち上がった。


 いよいよ、またぼくの出番というわけだ。艦隊戦ではできることは全然ないけれど、艦を出れば話は別だ。


 ぼくとスズラン、リッジバック、そしてネージュが艦から出ようというとき、心配そうに、ゴールデン司令がネージュを呼び止める。


「ユキ……」


 やはり、ゴールデン司令はその名前を使ってしまうのだ。ネージュは深呼吸をすると、哀れむような、けれど優しそうな瞳で司令を見返すのだった。


「司令、あなたと祖父と孫のように暮らせるときがいつか来るのかもしれません。それも、すべて片付いてからのことです」


「ああ……。わかっておる。ネージュ中尉、無事で」


「はい、司令」


 ふたりのやりとりを見届けた後で、ぼくたちはリリウム・ツーを降りる。


 ◇◇◇


 放っておくと一番前に出ようとしてしまうスズランを背後に守りながら、ぼくは周りに注意を払いつつ、バル=ベリトの床の上に足をついた。


 ぼくたちと同じように、エージーやビーエフからも、レクトリヴ能力者隊が降りてきているところだった。


 幸い、ここにはまだ敵兵がやって来ていない。


 全レクトリヴ能力者を集め、スズランはここからの方針を説明する。


「いいか、あそこから見えるのが格納庫の出口だ。あの扉を抜けて、カイ隊とジロン隊はそのまま直進してくれ。敵の天幻部隊兵士が多数現れることは予想される。心してかかってくれ」


 カイとジロンが了承する。


 ぼくやリッジバック、ネージュはその中に含まれていない。ぼくはスズランに質問する。


「ぼくたち残りのレクトリヴ能力者は?」


「あたしたちは遊撃部隊だ。あたしとユウキは要塞内をできるだけぐるりと回りながら上層を目指す。リッジバックとネージュは同様に回りながら下層を目指すんだ。どこかにターゲットがあるはずだから……」


「なるほどな」リッジバックがうなずく。「レクトリヴ能力者隊に戦わせている間に、俺たち四人でバトラ大将軍と『漆黒の法』発生機関を手分けして探すわけだな」


「そういうこと」


 スズランは自分の立てた方針に自信満々なのか、にやりと笑ってみせる。お父さんを亡くしたことをここまで引きずっていない。なんて強いんだろう、と思う。


 それから、彼女はぼくの肩を叩くと、ぼくにだけ聞こえる声で言う。


「ユウキ、相棒(バディー)として頼りにしてるぞ。ここから先、あたしの背中と正面はお前に預けた!」


 全部じゃん。


 ◇◇◇

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