第八章 天幻要塞・下(2)すべての不幸を許さない

 激しい空戦と地上戦が始まった。


 統合宇宙軍にとっては幸いなことに、ザイアス要塞が地下部分を残して崩壊してしまったので、要塞に設置されていた砲台類はすべて無力化されてしまった。


 猛然とした勢いで統合宇宙軍地上部隊がザイアス要塞へと迫る。陥落は目前だった。


 確率干渉ビーム砲フラウロスによってえぐり取られた要塞の地下から、惑星ザイアス総督・ラーム中将が姿を表した。彼のそばにはリッジバックが付いている。


 こうなった以上、ラーム中将の頼みの綱はリッジバックだけだ。彼は平均的な兵士では太刀打ちできない天幻部隊兵士の中でも、別格に強い。


「こ、こいつ統合宇宙軍だぞ!」


「う、撃て!」


 そうだ、ぼくがいるのはザイアス要塞の城壁内。味方の統合宇宙軍がまだ到達していない場所に、ひとりだけ敵としているんだ。


 ぼくはレクトリヴの能力をまとわせた足で、地面を蹴り、急加速する。撃ち込まれるブラスターライフルの弾は、シールドで弾きながら。


「撃つな! お前たち! ……ユウキ!」


 ネージュがぼくを呼ぶ声がする。だけど、立ち止まっているわけにはいかない。


 彼女だって、ここではぼくの敵なのだ。これだけの兵士たちに囲まれている以上、あまり馴れ合うわけにもいかないだろう。そうなると、戦わざるをえなくなる。だけど、ぼくは彼女とは戦いたくない。


 ◇◇◇


 ぼくの向かう先は、リッジバックとラーム中将だった。


「てっ、敵が来るぞ、リッジバック!」


 ぼくがロケットのように接近するのを知って、ラーム中将は慌てふためいていた。


 リッジバックがラーム中将の前に出て、中将を守る。数日前にぼくが切り落とした右腕は、もう修復されているようだ。この早さはサイボーグならではだ。


 接近しながら、レクトリヴの知覚を総動員。リッジバックの周辺の空間を根こそぎ掌握しようとして――やはり、強い抵抗に遭う。そこはさすが、リッジバックというべきか。


 ぼくのつくり出した巨大な真空の刃による一撃を、リッジバックは受け止める。地面に人間の身長よりも大きな亀裂が走ったが、やつは無傷だった。


「そ、そ、そ、総攻撃!! 総攻撃だ!!」


 ラーム中将の叫ぶような命令が聞こえる。周囲で慌ただしく歩兵たちや天幻兵士たちが動いているのが、天幻知覚を介して伝わってくる。


「やるな、貴様!」


 リッジバックは自信ありげににやっと笑う。


 やはり、リッジバックは他の天幻兵士たちとは比較にならないほどに強い。あのネージュでさえ、やつと比べると差が明らかだ。


「これならどうかな!」


 リッジバックは拳を天に突き上げる。と、巨大な炎の嵐が巻き起こる。


 強風にあおられながらも、ぼくは体表面のコントロールをしっかりとレクトリヴの知覚を研ぎ澄ませて握り、その手綱を手放さないことに専念した。


 とどめとばかりに、巨大な火の玉を投げつけてくるリッジバック。


 ぼくは炎の嵐も、火の玉も、まとめて衝撃波で吹き飛ばした。さすがにリッジバックの攻撃を撥ねのけるには、これまでとは桁外れの集中力を要する。息が上がる。


 そのまま走り出し、研ぎ澄まされた神経を以て、もう一度、真空の刃でリッジバックに斬りかかった。


 シールドごと、やつの右腕をふたたび切り落とす。


「ぐっ……」リッジバックは後ずさった。「どうやら、まぐれではないようだな……」


 コンディションが整ってきているのか、ぼくは、自分の超知覚の手が、リッジバックのそれを掻き分けて進めるようになっているのに気がついた。


「ならば!」


 リッジバックの着用しているゴーグルが光る。


 次の瞬間、ゴーグルからは熱線が飛び出し、熱線が触れるすべてのものを焼いた。


 だが――、ぼくのシールド展開はそれよりも早くに成功し、熱線はぼくよりもはるか後方に撥ねのけられた。


 ぼくはシールド展開と同時に前方に向かって踏み込んでいて、もう一撃、巨大な真空の刃でやつに斬りつけていた。


 すべてがほとんど同時だったが、その時間が、ぼくには長く引き延ばされたように感じられた。


 リッジバックの身体を肩から下へ、縦に切り裂くはずだったその攻撃は、やつの抵抗によって、右脚を切り落とすだけにとどまった。そのとっさの判断は、さすがだと思う。


「ぐっ……!」


 右腕、右脚を失ったリッジバックはその場に崩れ落ちる。


 ラーム中将は頼みの綱のリッジバックが敗れ去ったのを見て、「ひいっ」と短い悲鳴をあげた。


 ぼくは、背後から複数の人が走ってくるのを感じ、振り返った。


「ユウキ!」


 そこにいたのは、スズランだった。彼女はカイを伴って、飛び交う銃火をカイに露払いさせていた。


「スズラン」


 そして、彼女のそばには、黒猫のペシェがいた。猫は何もいわなかったが、もしかして、この研ぎ澄まされた感覚は、この猫のせいなのか?


「無事か? それに、リッジバックあにい――」


 近寄ってきたスズランは、片腕片足を失って地面にくずおれたリッジバックを見て、絶句した。


「ぼくも、リッジバックも無事だ。スズラン、リッジバックのことを知っているのか――?」


 スズランはうなずく。


「昔から、親同士の付き合いがあったんだ。でも、リッジバックあにいと、そのお兄さんの夫妻は五年前に事故で……」


 その話はたびたびされていたように思う。リッジバックもその兄も、大きな事故で死んだと思われていた。実際には、兄は助からなかったけれども、弟はギデス大煌王国の天幻部隊軍人として生まれ変わった。サイボーグとして――。


 だから、自分を死なせるしか選択肢のなかった統合宇宙政体ではなく、生かしてくれたギデス大煌王国に忠誠を誓い、ギデスのために宇宙侵略に加担するのは、無理もないことなのかもしれない。


「リッジバックあにい。あたしはやっぱり、あにいにギデスを抜けてほしい。統合宇宙政体に――いや、あたしのところに帰ってきてほしい」


 リッジバックは笑う。腕と足を失っているというのに、ずいぶん余裕がある。これも、全身がサイボーグ化されているからなのだろうか。


「スズラン、俺は義によってギデスの側に立っている。何をもって、お前の側に立てと言うんだ?」


「ギデスはどうしようもない国だ。宇宙侵略で多くの人を不幸にしている。得体の知れない国だ。その侵略の目的も明らかじゃない」


「だが、統合宇宙政体も――」


「統合宇宙政体はもっとダメだ。あたしの父が大統領だが、お世辞にも褒められたもんじゃない。あの政体にも問題は山積みで、あの政体のもとで不幸に暮らしている人も多い」


「だったら、お前はなぜ統合宇宙政体の味方をしているんだ」


「あたしは、ここだけの話、あたしの国をつくろうとしてるんだ。どんな理不尽も、どんな不幸も許さない、あたしの国を……。リッジバックあにいにも、あたしの国の建国を手伝ってほしい」


 スズランのこの発言には、さすがのリッジバックも面食らった。ハトが豆鉄砲を食らったようだ。だが、数呼吸おいて、彼は高笑いを始めた。


 本当に、心の底から可笑しいと感じているようだ。


「ははは、面白い。お前はなんだ? 統合宇宙政体の反逆者か? お前が国をつくる? お前自身の父を裏切るのか?」


「あたしはあたしの国のあるじだ。すべてに責任をもつ、すべての責任者だ。父を裏切るんじゃない。父は、あたしに譲るために宇宙の半分――統合宇宙政体の面倒を見ているんだ。あくまでも暫定的に」


「くくく、いよいよわけがわからんな。そのお前がつくる世界が、ギデスよりも幸福で、統合宇宙政体よりも正義であると、お前はどうして言える?」


「あたしは、すべての不幸と、すべての不義理を許さない」


「――傑作だ」


 リッジバックが大笑いしている。


 場の雰囲気がすっかり和んでしまった。


 ぼくたちの背後では、統合宇宙軍とギデス軍との戦いが次第に収まろうとしている。統合宇宙軍が勝利しつつある。


 この状況に困惑しているのは、ラーム中将だ。彼はリッジバックの背後に身を隠していたが、こうなってしまっては逃げ場を失っただけだ。


 ラーム中将はブラスターガンを抜き、リッジバックのほうへ向ける。


「ええい、貴様! 何をしておるか! 戦え! 戦わんか!」


 ひとしきり笑い終えたリッジバックが、身を振り返らせて、中将に言う。


「ラーム中将、悪いが俺は、こいつらの言うことに興味が出てきた。こいつらがどこまでやれるか見てみたい」


「リッジバック!」


「だいいち……、俺はここまで損傷してしまった。この状況でこいつらに勝てるものかどうか」


 正直、ぼくはそうは思わなかった。レクトリヴの力を振るうには、手も足も必要ない。天幻知覚レクトリヴ同士で戦うには、リッジバックはまだまだ無傷と言ってさしつかえないくらいだ。


 だが、ラーム中将の回答は想像したものとは全く違った。


「自爆しろ! 貴様はサイボーグだろう? こういうときのための自爆機能ではないのか! やれ! いますぐ! 敵を吹き飛ばせ!」


 仲間を容易に切り捨てようとするその姿勢に、ぼくは怒りがこみ上げてきた。


「ラーム!!」


 ぼくは拳を握る。すると、ラーム中将は両手を揚げ、降参の姿勢を取った。


「や、やめろ、撃つな……」


 “撃つな”? ぼくが視線を振り返らせると、そこには、ブラスターガンを持ったネージュがいた。彼女は、銃口をラーム中将に向け、歩いてきていた。


「ラーム中将閣下、話は聞かせてもらいました。部下を見殺しにするその発言、穏やかではないですね」

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