第四章 ドゥーン=ドゥ(3)混迷は素晴らしいと思わないかい

 襲いかかってきた最後のギデス兵を真空の刃でなぎ倒したところで、リッシュ大佐がぼくに殴りかかってきた。


 ぼくは先手とばかりに、カマイタチで彼に斬りかかる。


 ド、バァン!


 しかし、ぼくが作り出したカマイタチは、リッシュ大佐が殴ることで消滅した。


「な――」


「貴様も消えてなくなるがいい!」


 このグローブが危険だということはわかった。何発の真空の刃を打ち込んだところで、リッシュ大佐が殴って消してしまう。


 なんだこれ。


 なんだこれ。


「確率干渉ビーム砲、フラウロス」


 ニウス最高研究主任の声が格納庫じゅうに響き渡った。


「わがギデス兵器研究所の最新兵器。触れたものの存在確率をゼロ近くに引き下げてしまう、あまりにも素敵な玩具だよォ」


 存在確率をゼロ近くに引き下げる――?


 何度も何度もカマイタチを浴びせ、リッシュ大佐を斬ろうとした。だけど、リッシュ大佐のグローブがぼくの攻撃を消し去り続ける。


 ぼくは押しに押され、後ろにステップを続け、回避しながら攻撃をしていたが、足がもつれて後ろ向きに倒れてしまった。


 覆い被さるように、リッシュ大佐がぼくに殴りかかってくる。ぼくは衝撃波を作り出して彼を吹き飛ばそうとしたが、それすらも、彼は拳で消してしまう。


 間一髪、頭に振り下ろされた拳を、ぼくは回避した。リッシュ大佐の拳が打ち込まれた床に、そこになにもなかったかのように穴が開いていた。


 ぼくはリッシュ大佐の下から抜け出し、体勢を整えた。


 リッシュ大佐も起き上がって構える。


「このグローブは確率干渉ビーム砲フラウロスの小型版だ。このグローブに触れたものの存在確率を下げる。……こんな船内では、銃のような武器で確率干渉ビームを撃ち出すわけにもいかんからな」


 要は、安全対策済でごく短距離用の確率制御兵器ということらしい。


 このグローブの効果を、まずはどうにかしなければ。


 と、そのとき、スズランが四人の協力者を連れて格納庫へなだれ込んできて、リッシュ大佐を取り囲んだ。そして、一斉に彼に銃口を向ける。


「き、貴様ら……ッ!」


 そうか。リッシュ大佐は一方方向からの攻撃であれば消し去れるが、同時に前後から撃たれては防ぎようがないということか。


「リッシュ大佐、これで終わりです。武器を捨てて、大人しく投降してください」


 大佐の真正面に立ち、ぼくは投降を勧めた。だが、彼はそれに応じるどころか、怒りを爆発させてぼくに向かってきたのだった。


「図に乗るなよ! 小娘が!」


 こうなってはしかたない。ぼくはリッシュ大佐に向けて、指を開いた右手を突き出すと、彼の周りの空間を天幻知覚で掌握する作業を開始した。


 頭から足の先まで、リッシュ大佐の周辺の空間はぼくの支配圏下に入った。


 ぼくは右手の指を折り、拳を握り締める。すると、リッシュ大佐の四方八方に真空の刃が発生し、前から後ろから、あらゆる方向から彼を切り裂いた。


 リッシュ大佐は床に倒れ、動かなくなった。


 ぼくは自分の能力が高まってきているのを感じた。ぼくの能力は空間を掌握した上で空気を操作することに長けているようだが、応用の幅がそれなりにあることが理解できた。


 スズランの協力者のうちふたりが、ニウス最高研究主任に銃を向ける。ほかのふたりはリッシュ大佐に銃を向けながら、彼から金属製のグローブを取り外していた。


「ギデスの科学者、抵抗せず投降するのであれば撃たない。どうする?」


 スズランが銃口の向こう側から尋ねる。ニウスはまったく動じた素振りは見せなかったが、さりとて反抗の意思もないようだ。


「撃たれるのは嫌だねェ。宇宙が醜さを増すのが見られないじゃないか。素晴らしいと思わないかい? 取り返しのつかない混迷は」


 会話が成立しないとみたスズランは、協力者たちふたりに、ニウスを後ろ手に縛らせる。これで、彼はまったく抵抗ができない。


「あー! なるほど! あー! なるほど! これが自由、自由なのか! 飢えてたまらない! 真鍮の頭蓋!」


「なんだこいつ……。まあいいや、操舵室へ連行してくれ」


 スズランは溜息をつき、ニウス最高研究主任を見送ると、ぼくのほうへとやって来た。


「無事そうだな、ユウキ」


「おかげさまでね。助かったよ」


「それにしても……、激しい運動をしたあとだと、そのワンピースはちょっと色っぽすぎるな」


「や、やめろよ、そう言うこというの」


「ところで、ヌイ中将は?」


「あっちだよ。あの砲台、フラウロスとかいうギデス帝国の新兵器の脚の下に座らせてる」


 ぼくはヌイ中将を置いて来たあたりを指さした。


「オーケー。サンドル、レッダ、ヌイ中将を操舵室へ連行してくれ」


 スズランは協力者のふたりにヌイ中将を連れて行くように指示する。指示通り、ふたりはキビキビとヌイ中将を引っ張り起こして連行してしまった。


 フラウロスを見上げながら、スズランは嘆息する。


「それにしても、強そうな武器だな」


「うん。ニウス最高研究主任によれば、確率干渉ビーム砲とか言ってたかな。ビームを照射した対象を有無を言わさず消し去る新兵器だとか……」


「なるほど、すごい話だな。これさ……」


「うん?」


「あたしのリリウム・ツーに搭載できないかな」


「えっ」


「あの艦、けっこう兵装を載せられるんだぜ。軍務のためにたくさん用意してはいるけれど、これも欲しい、名前なんだっけ、プロミネンス?」


「フラウロス」


「そう、フラウロス。気に入った。あたしはこれが欲しい!」


 無茶苦茶なことを言い出した。でも、スズランのことだから、本当にやってしまうんだろうなぁ。


 ぼくが特務機関シータに編入されたことを知った彼女は、自分もまた入隊すると言い、正式に軍の階級を受け取り、戦功を立てるためにギデスの商船を襲ってヌイ中将を本当に誘拐してしまった。


 いまさら、敵の決戦兵器を奪って、自分の宇宙船に搭載したところで、驚くことじゃないのだろう。


 ◇◇◇


 スズランは船内放送を使って、この商船は統合宇宙軍の特務機関シータが制圧したことを告げた。


 われわれがこれから向かうのは、ギデス支配下の惑星タリバルではなく、統合宇宙政体機能ステーション・ビシュバリクである、と。


 幸いなことに、乗船していた商人たちの間では、ささやかな動揺が起こった程度で済んでくれた。


 ぼくたちがハイジャックしたギデスの商船は無事に、ビシュバリクに到着したのだった。

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