第十三章 エルツェンゲル(7)浮上する機動要塞

 最終要塞エルツェンゲルが崩落を始める。


 強烈な振動に、スズランは翻弄される。これではなかなか立ち上がれない。


 ヴァルクライの艦の放った『漆黒の法』の余波が、要塞の屋台骨に深刻な損傷を与えていたらしい。


 これでは、ダ=ティ=ユーラとの最終決戦をやっているような余裕はない。


 窓の外では、惑星オルガルムがマグマを噴き出していた。やみくもに撃ち出された『漆黒の法』が、惑星の表面を相当にえぐったらしい。惑星オルガルムの首都を含む主要都市は壊滅状態だ。


 窓の外に影が見えたと思うと、リリウム・ツーが急接近してきて、最終要塞エルツェンゲルの最上層に突っ込んできた。そして、ハッチを開く。


「早く乗って!」


 リリウム・ツーの中からはランナ博士の声が聞こえる。


 このまま崩落する要塞に取り残されていたら、地上のマグマの海に向かって落下することは避けられない。


 スズランとリッジバックは揺れの中、リリウム・ツーのハッチへと飛び乗った。ハッチはすぐに閉じられる。


「ダ=ティ=ユーラ! ミュー!」


 スズランはふたりの名前を叫んだ。けれど、ダ=ティ=ユーラは不敵な笑みを浮かべているだけで、彼女たちを追撃しようとはしなかった。


 リリウム・ツーは急発進し、最終要塞エルツェンゲルをあとにする。要塞は崩れ落ち、燃えたぎる赤い海へと沈んでいった。


 ◇◇◇


 惑星オルガルムの大気圏の外では、統合宇宙政体側も、ギデス大煌王国側も、すべての艦船が大破していた。もはや、戦いを続けているものなどいない。


 スズランが息を切らしてリリウム・ツーのブリッジに入ると、主要な面々はそこに揃っていた。


 ゴールデン司令、ランナ博士、ネージュ、そしてカイもそこにいた。


「よく無事で。それで、ユウキは……?」


 カイにそうきかれて、スズランはしばらく答えをためらった。けれど、ここにユウキを連れて帰れなかったことは明白だ。


「実は……、ユウキは――」


 スズランは最終要塞エルツェンゲルで見知ったことをすべて話した。


 ユウキの姿をした人物は存在したが、それは本当はダ=ティ=ユーラという人類よりも高次の存在であったということ。


 ダ=ティ=ユーラはギデス大煌王国を作り上げた真の支配者であること。


 そして、ユウキ自身は、人工知能が作り上げた疑似人格であったということを――。


「ユウキは……、あいつはもう、帰ってこないのか?」


 震えた声で、カイがスズランに問うた。彼女にはなにも答えられない。カイの問いが、圧倒的に正しいからだ。


「そんな……」車椅子のネージュが涙を流す。「あいつが、こんなにあっさりといなくなってしまうなんて……、信じられない……」


 目から溢れる涙を袖で拭うネージュを見て、カイは苛立たしげに言い放つ。


「泣くなよネージュ! ……いや、ネージュ中尉。俺だって悲しいんだ。俺だって、あいつがいなくなっちまって悲しいんだよ。ちくしょう」


 静寂が訪れた。


 敵の本拠地を強襲して、ユウキを救い出すという作戦は完全に失敗に終わったのだ。それは揺るぎない事実だ。


 こうして無事に集まったはずなのに、決定的な何かが欠けているような、やるせない思いがした。


 リリウム・ツーが惑星オルガルムの軌道上を回っていると、オペレーターから報告が上がってくる。


「軌道上に未確認の巨大構造物を発見! ……あれは、要塞です! 宇宙要塞規模の構造物です!」


「なんだって!?」


 スズランたちはブリッジ前方の大きなディスプレイに映し出される映像を見た。確かに、巨大な要塞だ。


 通信が入る。ディスプレイに、ダ=ティ=ユーラの姿が映し出される。


『特務機関シータの諸君、そこにお揃いのようだね』


「ユウキ!?」


 スズランとリッジバック以外の面々は、ダ=ティ=ユーラの姿を見てそう言った。しかし、彼がユウキではないことはもう明らかだ。


「ダ=ティ=ユーラ」


『スズラン、こちらは機動要塞ベルクレス。おれもミューも、この要塞にいるよ。この場所が、これから人類の新たなスタート地点になるのさ』


 そんなことはさせられない。ダ=ティ=ユーラとミューの試みは、許されることじゃない。


 通信が終わる。


 スズランはブリッジにいる仲間たちを見回すと、決然と言う。


「みんな、これが最後の戦いだ。なんとしても、あの機動要塞を落とさなきゃならない」


「そうか、あれがダ=ティ=ユーラ。ギデス大煌王国の真の黒幕か」


 ネージュは理解した。あの人物はユウキではない。そして、いま特務機関シータが倒さなければならない相手なのだと。


「ここで勝たなければ、人類史がまるごと否定されてしまう……、ということか」


 静かに、リッジバックがそう語った。スズランはしっかりとうなずく。そうなのだ。これは、人類の未来のために、人類のこれまでを認めるか認めないかという戦いだ。


 エージー、ビーエフを率いて、リリウム・ツーは機動要塞ベルクレスのほうへと飛んだ。相手はこちらをしっかり捉えている。こうなれば、正面から撃ち合う以外の選択肢はない。


「電磁障壁アトラス展開!」


 スズランが叫ぶとともに、三艦ともに電磁気的な障壁が展開された。


「甲三三誘導弾発射!」


「陽電子砲ハーブシュトレゲン!」


「リニアレールガン・トールハンマー!」


 スズランの指示のもと、二十の誘導弾が宙を舞い、十六門の陽電子砲が掃射され、ふたつの質量兵器が打ち出された。


 機動要塞ベルクレスからも、反陽子砲の容赦のない攻撃がなされ、リリウム・ツーらは戦闘機動で回避行動を続けた。


 リリウム・ツーらの攻撃のほとんどが機動要塞ベルクレスに直撃したにもかかわらず、機動要塞は全くの無傷のように見えた。やはり、戦闘艦クラスの攻撃でなければ歯が立たないのか。


 スズランは歯噛みしながら、決断を下す。汗が額からしたたり落ち、軍服の袖で拭う。


「仕方がない。確率干渉ビーム砲フラウロスを使用する!」


「スズラン!」


 ランナ博士がとがめるように言った。けれども、スズランは艦長席のアームを握りしめながら、答える。


「ランナ、フラウロスに回数があるのはわかってる。ランナのおかげで、いまでは二回までなら撃てる。通常兵器が通じないんだ。ここで使うほかはないんだ」


 ランナ博士には、そこまで言われて反論する言葉を持たなかった。たしかに、このままではリリウム・ツーでは有効打が与えられないまま時間が過ぎることになる。一方で、敵の反陽子砲など、まともに直撃を受けては一巻の終わりだ。時間の余裕はない。


 オペレーターが声を張り上げる。


「フラウロス、準備できています!」


「確率干渉ビーム砲フラウロス、撃て!!」


 リリウム・ツーの主砲、フラウロスから放たれた赤黒い光線が、機動要塞ベルクレスを貫通するべく、まっすぐに突き進む。


 しかし――。


 赤黒い光線はベルクレスに当たることはなく、その直前で拡散し、あらゆる方向へ、宇宙の彼方へと飛び散っていった。


 ダ=ティ=ユーラからの通信が入る。


『ここでフラウロスを使う判断はなかなかよかったよ。だが、そんなもの、おれの力でねじ曲げるのは、さして骨の折れることじゃない』


 フラウロスでもダメなのか。スズランは自分の頭が大きく揺れるのを感じた。汗ばんだ手で、艦長席のアームを握る。


 ダ=ティ=ユーラを倒すには、もっと決定的な何かが必要だ。あいつでさえ見たことのない、根本的に違う何かが……。


 意識にモヤがかかるのを感じたのを最後に、スズランは気を失い、床に倒れ込んだ。


 慌てたランナ博士が駆け寄り、スズランの額に手を当てた。とんでもなく熱い。


「すごい熱! 誰か、担架を」


 リリウム・ツーは、機動要塞ベルクレスとの最終決戦の最中に、艦長の指揮を失ったのだった。

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