第十一章 惑星マルス・上(4)お前さん、素質があるな

 タケシマ老人の道場で訓練をしたあと、ぼくたち三人とタケシマ老人は屋台村で食事を取ることにした。もちろん、二足歩行するキツネのブニも一緒だ。


 それぞれに異なる屋台で食事を買うと、同じテーブルを囲んで食べ始める。


「どうじゃな、訓練をやってみて」


 タケシマ老人がスズランにきいた。スズランはというと、当初の生意気な感じが減っていて、タケシマ老人を師匠と考え始めているようだった。


「あまり、変化はない……かな。そんなものだろうと思うけど、なんというか、なにか落ち着いた感覚があるんだ」


「ほう」


「足がつかないと思っていた海で、急に底に足がついて立てたような気分なんだ。伝えにくいんだけど……」


「ふむ。なかなか面白い体験をしたようじゃの」


「じゃあさ」と言うのはブニだ。「ザンにあいにいかない?」


「ザン?」


 聞いたことがない名前だ。


「ザンはニューマ・コアのつかいてなんだ。タケちゃんとおなじくらいつよいんだよ」


「ザンは――本名はザネリウスというんじゃが、相当に強いニューマ・コアの使い手でのう。あれはわしと知り合う前に、相当の修羅場を抜けてきたんじゃと思う」


 タケシマ老人はブニの説明の足りないところを補った。


「そのザネリウスという人に会えば、あたしのニューマ・コアがもっと強くなるのか?」


「ううむ。さすがにあやつは人に教えるほうの訓練はしておらんからのう」


「じゃあ、別にいいかな……」


 スズランの気持ちが下降していく。ブニは負けじと次のセールスポイントを話す。


「まってまって、ザンはマルス・レコードのかずすくないエンジニアなんだよ。マルス・レコードのことにはだれよりもくわしいよ」


「マルス・レコードか……」


 スズランは腕を組んで考える。ぼくもそこには興味を惹かれた。


 ギデス大煌王国が支配下に置こうとしているのは、この惑星マルスというよりは、マルス・レコードのはずだ。レクトリヴ能力者の能力を発現させる源、マルス・レコード。


「スズラン、行ってみてもいいんじゃないかな。ギデスが何をしようとしているのか、わかるかもしれない」


「……あたしも同じことを思ってた。ブニ、あとで案内してくれないか」


「あうー」とブニは気の抜けた声を漏らす。「でもね、ザンってちょっとかわりものなんだ。みんなだいじょうぶかなあ」


「ブニ、あたしたちをザネリウスに会わせたいのか、そうじゃないのか、どっちなんだ」


「ザンにはあわせたいけどねえ。かわってるんだよねえ。でも、みんなもかわってるから、だいじょうぶかなあ」


 大丈夫だろうか。キツネのブニの意図が激しくふらついている。


「まあ確かに、少しばかり、気難しいやつじゃよ。悪いやつではないがの」


 タケシマ老人はそう表現する。

 

 変な人だという話ばかりが出るが、実際、どんなものだろう。マルス・レコードに関する情報が得られればいいんだけど。


 ◇◇◇


 ぼくたちが食事をとっていると、男たちがカイの後ろを通り過ぎていこうとした。だが、挙動の粗暴な男たちは、カイの椅子を蹴り飛ばす。


 カイはすぐにバランスを取り直し、転ぶことを未然に防ぐ。そして、椅子から立ち上がる。


「おっと」


「あー? 場所取ってんじゃねえや、お前。邪魔くせーんだよ」


 男たちはそう言って、ゲラゲラ笑った。


 そこで、スズランがすっと立って、粗暴な男たちを叱りつける。


「待て、お前たち、誤って人を蹴ったときはどうするんだ? どうやって謝るのかくらいはわかるよな?」


「何言ってやがるんだ、この売女。そんな格好のやつがなんでこんなところにいる? 屋台村で客引きでも始めたのか?」


 灰色のローブを羽織っているものの、たしかに、スズランの私服は派手だ。襟口の広いシャツに革のジャケット。ショートパンツに柄模様のニーソックス。メイクも派手で口紅は紫だ。だからといって、“そういうもの”として扱われるのは不当だ。


「お前たち……っ!」


 頭にきたぼくも椅子から立ち上がった。それを見て、粗暴な男たちはなお一層ゲラゲラと笑う。


「俺たちゃ、フォシン集落を仕切ってるギャングだぜ? それをガキと小娘とジジイと動物の集まりで喧嘩売ってんの?」


「お? ブルッてんのか?」


「土下座しろや土下座ァー」


 ゲラゲラ。


 まったく話にならない。相手はこちらを完全に見下してきているし、自分たちの力を過大に評価している。これじゃあ話し合いが成立しない。


 溜息をつきながら、カイはスズランに言う。


「スズラン中尉、こいつらダメっす。身の程を全然理解してないっす」


「あー? んだとコラー!」


 ギャングのひとりがぼくたちのテーブルを蹴り、ひっくり返す。盛大に飛び散り、中身をぶちまける食器。


 テーブルはタケシマ老人が座っているあたりに吹っ飛んだけれど、彼はそれをさっと避けて、ものが当たらない位置に退避していた。さすが、武道の達人の身のこなしだ。


「あーたべものがー」


 ブニのノンビリとした声がした。


 テーブルや食器類が床を打つ音で、周辺のお客さんたちが騒ぎ始めた。ギャングがぼくたちに因縁を付け始めたところで、緊迫感のある空気が流れてはいたが、それが発火点を超えた感じだ。


 次いで、ギャングのうちのひとりが、一番近いところにいるカイに殴りかかろうとする。だけど、それを別のひとりが止める。


「待て」


「なんだよ。邪魔すんのかテメエ」


「いま、こいつ、“中尉”とか言ったな。ギデス兵か? いや、ギデス兵なら軍服を着ずにコソコソしてるわけがねえ。統合宇宙軍か?」


 ちゃんと聞き取った者もいたのだ。感心できる。


 スズランが答える。


「統合宇宙軍、だったらどうするんだ?」


「テメエが統合宇宙軍の軍人なんて笑わせる。だが、統合宇宙軍のせいで、このマルスにギデス軍が来て、俺らのシマが荒らされたんだ。許せるわけがねえ」


「で、あたしたちが統合宇宙軍の軍人だとしたら、お前たちは統合宇宙軍相手に弓を引くことになるぞ。ずいぶん剛気だな」


「ぬかせ! 統合宇宙軍がギデスに負けて滅んだことは知ってんだよ!」


 ギャングたちがブラスターガンを抜く。完全にやる気だ。だが、やる気はだとはっきりするのは、わかりやすくていい。


 まず、ぼくがギャング全員の手元の空間を押さえ、そして、衝撃波でブラスターガンを叩き落とす。ひとりでに銃が地面に落ちてしまったので、ギャングたちは一様に動揺する。


 カイが衝撃波をまとった蹴りを浴びせて、ギャングのひとりを打ち倒す。ぼくも続いて、別のギャングを衝撃波で吹き飛ばす。


 タケシマ老人に襲いかかるギャングもいた。懐から刃物を取り出し、彼を刺そうとする。けれど、そのギャングはそうする前に床に倒れた。キツネのブニが放った投げナイフが命中したのだ。


「ブニ……! 戦えるのか!」


「ぼくはね、なげナイフのたつじんなんだよ」


「さあ、スズラン、試験といこう。ニューマ・コアに集中して、敵を撃退するんじゃ。ほれ、ちょうどいいのが来たぞい」


 スズランが見ると、ギャングの最後のひとりがつかみかかってくるところだった。


 彼女はギャングの手をかわし、そして、その腕をつかむ。当然、ギャングはそれを振りほどこうとする。けれど、不思議なことに、ギャングの抵抗は全く通じない。


 彼女が腕を振るままに、ギャングが体勢を崩され、そのままあっけなく空中に振り回される。圧倒的な光景だった。彼女は自分の倍ほども重そうな男を、重さなんてないかのように取り扱っていた。


 地面で強く背中を打ったギャングは、すぐさま立ちあがろうとした。必死の形相だった。


 首もとに伸びてくる手を、スズランはまたも難なく回避し、そして、ギャングを蹴り上げた。彼女はというと、ギャングなどいないかのように、くるり、とバク転をしてみせたのだった。


 ギャングは再び地面に落ちて、今度は伸びてしまった。


「うむ。なかなかの出来じゃな」


 タケシマ老人はスズランの動きを見て、拍手した。


「爺さん、これって……」


 スズランは自分のやったことに驚いているようだった。集中しているときは自然に技を繰り出したようだけど、我に返ってみると、やはり自分が一番ビックリしているらしい。


「お前さん、素質があるな」


 タケシマ老人は楽しそうに笑っている。いい弟子を見つけた師匠というのは、こんな感じだろうか。


 これで、スズランが新たな力を手に入れたということがはっきりした。まだまだ発展途上だし、戦うとなればブラスターガンのほうが便利なことも多いだろうけど。


「では、行こうか。“テラのかけら”へ」


 ◇◇◇

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