第十一章 惑星マルス・上(3)古代世界の武術指南

「ああ、そうじゃ。よその集落からのお客さんでな」


 タケシマ老人はそんな風に、フォシン集落の人々と話をしている。


 フォシン集落は、惑星マルスの文明が華やかだったころの、地下街と地下交通網の遺構に建設されていた。


 通路は街路となっていて、その両脇のブースが住居であったり商店であったりという形で利用されている。


 集落内の明かりはほとんどが裸電球だ。どこへ行っても薄暗い。川の代わりに地下水か――あるいは下水――が流れているような溝もあった。


 まるで、下水道に棲んでいるネズミのようだ。


 すでにギデス大煌王国の手はこの集落にも及んでいて、集落内で数人のギデス兵を見かけた。惑星マルスはすべての勢力から独立しているはずだけど、かといってギデス大煌王国に真っ向から事を構える気はなさそうだ。


 ぼくたち三人はタケシマ老人の勧めで、フード付きの灰色のコートを羽織っていた。フードを目深に被れば、ギデス兵に敵だと認識される危険性は減らせる。


「やれやれ、人気者も大変じゃわい」


 タケシマ老人は井戸端会議から戻ってくる。彼は集落の人々からえらく信頼されているようで、ただ歩いているだけで呼び止められてしまう様子だ。


 タケシマ老人は白い口ひげとあごひげを持ち、白髪のオールバックの髪型をしている。ゆったりとしたローブを羽織っていて、言われてみれば仙人風ではある。


「で、爺さん、さっきの技をあたしに教えてくれよ」


 スズランは前のめりだ。彼女はレクトリヴ能力者ではないが、もしタケシマ老人が使っていたような技を普通の人間でも使えるのだとしたら、彼女は格段に強くなれる。……もし、タケシマ老人が普通の人間の範疇だったらの話だけど。


「まあまあ。お前さんら、まず名前くらいは聞かせてもらえるかの」


 そう言われて、ぼくたち三人は顔を見合わせた。そういえば、タケシマ老人や連れのキツネのブニについては名前を聞いたけれど、ぼくたちはまだ名乗っていなかった。


「あたしはスズラン。で、こっちがユウキとカイ。ここの集落には水と食料といくつかのパーツを調達しに来たんだ」


「ギデスから逃げながら、ということじゃな」


「それは……」


 スズランが口ごもり、タケシマ老人が笑う。


「構わん構わん。わしはどこにも属さん。統合宇宙政体であろうとギデス大煌王国であろうと気にはせん」


 “どこにも属さん”――その表現に、ぼくは少し引っかかった。


「まるで、この惑星マルスにも属していないような言いぶりですね」


「わかるか、少年。その通りじゃ」


「でも爺さん、あたしのつくる国には属してもらうよ。宇宙はいずれ、あたしの国になる」


 スズランの突飛な意見に、タケシマ老人は目を細める。その眼差しは、不意に興味深い玩具を目にした子供のようだった。


「ほほう。そりゃ楽しみじゃのう」


「それより、爺さん。あの技を教えてくれよ。なんなんだ、あれ」


「あれは精神の力を実体に変える力じゃな。チーとか、オーラとか、プラーナとかいう名前で呼んでいたが……」


「チー?」


 そこへ、キツネのブニがひと言を挟む。


「ニューマ・コアだよ、タケちゃん」


「おお、そうじゃった。惑星マルス時代には、ニューマ・コアという名前で統一されたんじゃった」


「ニューマ・コア」


 スズランがその名前を口にすると、タケシマ老人は深くうなずく。


「そうじゃ。惑星テラの時代には、人間は武術や瞑想の中でその概念に触れておった。次第に、それがもっと宇宙の根源的なものであると理解が進んでいったがの」


「根源……? それはどういう――」


「元々、宇宙にはニューマ・コアという精神的なエネルギーに溢れておったんじゃ。じゃが、それをひとところに集めるものが出始めた」


「……天体か」


「さよう。恒星や惑星といった天体は、宇宙の気息によるエネルギーをその身に集めだしたのじゃ。そののち、天体からエネルギーを吸い上げ、生命力に転化するものが現れた」


「もしかして、それが生命体――ひいては、人間ということか」


「その通りじゃ。お前さん、飲み込みが早いの。つまるところ、ニューマ・コアはおのれ自身の気息をエネルギーに転化する技術であり、宇宙から精神的エネルギーを拝借する技術というわけじゃ」


「それって、何かに似てるよな。ほら、天幻知覚レクトリヴに」


 タケシマ老人はヒゲを撫でる。


「そっちのふたり――ユウキとカイはレクトリヴ能力者か。似ているもなにも、レクトリヴ能力はニューマ・コアを模した技術じゃ。ニューマ・コアは修行により宇宙との合一を図る。レクトリヴはマルス・レコードの演算能力を使って、宇宙自体を書き換えるものじゃ」


「ニューマ・コアは宇宙の力を借りる……。レクトリヴは宇宙を書き換える……」


「惑星マルスはかつて、ニューマ・コアを科学的に研究してのう。宇宙と合一を行える人間を科学的につくり出そうとした。じゃが、これが芳しくなくての」


「だから、マルスはニューマ・コアじゃなくて、レクトリヴの研究に舵を切った……?」


「さよう。マルスは、惑星規模の巨大計算機マルス・レコードを使って、人間の脳と宇宙を強制的に繋ぐことにしたんじゃ。とはいえ、マルス・レコードにアクセスできる人間も一握りじゃったがの」


「つまり、レクトリヴはニューマ・コアを模したものだったのか」


「そうじゃ。ニューマ・コアは親宇宙的で、レクトリヴは反宇宙的じゃがの。宇宙を操作するという結果においては似たものじゃ」


「あのさ、爺さん。ニューマ・コアはレクトリヴ能力が使えなくてもできるようになるのかな?」


「レクトリヴ能力者であるかどうかは、ニューマ・コアの修行には関係がないわい。じゃが、ニューマ・コアの素質があるかどうかは重要なことじゃ。お前さん、それでもやってみるかの」


「やる!」


 スズランはふたつ返事だった。水と食料とパーツを調達するという目的よりも、ニューマ・コアという技術を身につけることをあっさりと優先してしまった。


「あー、爺さん、だけど、あたしたちにはあんまり時間がなくてな。手っ取り早くエッセンスだけ教えてくれると助かる」


「……これだから現代っ子は」


 タケシマ老人は両肩をすくめた。


 ◇◇◇


 ぼくたちはタケシマ老人に案内されて、フォシン地下集落にある彼の道場を訪れた。


 外観こそ古びたコンクリートのような建材がむき出しになっていて殺風景だったが、内部は壁に木材が貼ってあり、床は畳張りで、本格的な道場に仕上がっていた。


 道場には、道着を着た三人の若者がいて、タケシマ老人が道場に入ると全員が一礼した。


「彼らは弟子じゃ」


 タケシマ老人がそう言うと、スズランは彼らに向かって片手を上げた。


「おっそうか。よろしくな」


「「「押忍!」」」


「お前たちも、ニューマ・コアの修行をしてるのか?」


「自分たちは、ジュードー家であります!」「「押忍!」」


「ジュードー?」


「投げ技と関節技主体の格闘技じゃ。うまく身体を動かすには、チーをうまく読み取れる必要があるからの」


「あたしもここでジュードーをやるのか?」


 タケシマ老人は笑う。


「ジュードーがそんなに簡単に習得できるわけはなかろう。わしと一緒にちょっとした体操をするだけじゃて」


 ◇◇◇


 タケシマ老人の道場では、スズランは体操のような身体の動きを繰り返すように指示された。そして、実際、その通りにした。


 そういった動きをカタというらしい。身体を意識し、知覚を発展させるための実践が、そのカタという一連の動きに含まれているのだという。


 ぼくには眉唾のように感じられたけれども、意外にもスズランは真剣に取り組んでいた。


 カイは初めのうち、タケシマ老人とスズランに倣ってカタの訓練を行っていたけれど、すぐに飽きてしまった。


 ぼくはというと、どうしてもニューマ・コアがレクトリヴ能力よりも強いとは思えず、レクトリヴ能力を強化したほうがいいんじゃないかと思ってしまう。


 ◇◇◇

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