第十五章 フィナーレ(2)ぼくがほしかったもの
惑星オルガルム宙域での最後の戦いから、一ヶ月が経過した。
旧・統合宇宙政体の側も、旧・ギデス大煌王国の側も、どちらも政治的・軍事的機能が麻痺していて、混乱を極めていた。
『ビシュバリクの墓場』と呼ばれる宙域に、リリウム・ツーをはじめ、特務機関シータの艦船がやって来ていた。
ここはもともと連邦政府機能ステーション・ビシュバリクがあった場所で、いまでもステーションの残骸が浮遊している。
これまでどれほどの命が失われただろうか。けれど、長かった戦いも、機動要塞ベルクレスの消滅という形で、ようやく終わりを迎えたのだ。
ビシュバリクの墓場には、旧・統合宇宙政体サイドの残存艦隊が集結していた。といっても、軍事行動が取れるほどの規模も武装も残っていないようなものだ。
ここでぼくらは、戦勝記念パーティーを行うのだ。以前のような、戦いもまだ半ばだったのに浮かれて行ったパーティーではなく、ギデス大煌王国を完全に倒したという、正真正銘の戦勝記念パーティーを……。
いや、肝心の統合宇宙政体も失われてしまったのだから、勝ったも負けたも本当はなにもないのだ。もはや、何を祝っているのかもわからない。
……もしかすると、祝ってるんじゃなく、弔っているのかも。
そんななか、ぼくには機械の身体が与えられた。リッジバックのようにサイボーグになったと言いたいところだけれど、ぼくの場合、頭脳も機械製だったのだから、ロボットとか、アンドロイドとかのたぐいと言うしかないのだろう。
ブリッジまで来ると、誰よりも早くぼくの姿を見つけたネージュが、すぐさま駆けつけ、ぼくに飛びついた。
「ユウキ、よかった!」
ネージュの脚は、一ヶ月弱の治療ですっかり治っていた。いまでは歩くのも跳ねるのも、以前と同じようにできる。けれど、レクトリヴ能力だけは戻らなかった。
彼女は軍服ではなく、カジュアルな、それでいて落ち着いた衣服を身にまとっていた。どこの軍もまともに機能していないのだから、格好だけ軍人をしているのも変な話なのはわかる。
「……本当に、無事でよかった」
そう言いながら。まるで大事なものにでも触れるように、ネージュはぼくの髪を触った。
正直なところ、ぼくのことは「無事」の範疇に入れてしまっていいものかどうか、悩んでしまう。
身体はない、脳もない、過去の記憶だって嘘だらけだ。どこの誰だかも結局わからないようなやつ。それを無事と評してくれるなんて……。
ネージュに連れられ、ケータリングの食事が並べられているところへとやってくる。
カイも、ジロンも、そして彼らの部下たちも、他愛のない世間話をしながら食事を皿に乗せ、そして食べている。
「ユウキ、大変だったよな。俺も努力はしたけど、やっぱりお前はすごいやつだよ」
鼻の頭を掻きながら、カイはぼくにそう言った。やっぱり、カイがぼくのことを褒めてくれるのにはなれない。
ぼくは昔ずっと、カイはぼくのことを見下しているのだと思っていた。その心の傷は残っている。……いまさら、その記憶が全て作られたものだとわかっても、なかなか気持ちが付いてこない。
でも――
「ありがとう、カイ。きみのおかげで、助けられた。恩にきるよ」
いまのぼくは、素直に彼に礼を言うことができる。
カイは照れたような笑顔だった。きっと、ぼくもそうだったに違いない。和解まで、ずいぶん長かったな、と思う。
ゴールデン司令とランナ博士が、食事の台の近くで手招きする。
「おお、ユウキ君、お目覚めかね!」
「こっち来て食べましょうよ!」
僕はふたりに手を振り返した。ここでは誰もが、ぼくを迎え入れてくれる。
司令たちの周りには、ザネリウスやタケシマ老人も来ていた。彼らは特務機関シータのメンバーではなかったけれど、すっかりと馴染んで食事を楽しんでいる。……もちろん、二足歩行のキツネのブニも一緒だ。
「ユウキ君、ついにゴールデン司令は、ネージュさんと一緒に暮らせるようになったのよ」
ランナが嬉しそうにそう言うと、ゴールデン司令は照れ臭そうにハゲ頭を掻いた。
「まだ家族だったころの記憶は戻らんそうじゃが……、この老いぼれを可哀想と思ったのか、孫として暮らしてくれることになってのう」
すべてが落ち着くというのは、かなり先のことになるだろう。いや、いつも何かが起こっていることを考えれば、すべてが落ち着くなんてありえないのかもしれない。
それでも、ネージュは自ら、物事を前進させることを選んだのだ。解決は待つだけでは訪れないことがある。彼女は解決させようと努力しているんだ。
「それで、ユウキ君。きみもうちの子にならんかね? ユキもいることだし、きみもいれば賑やかになるじゃろう」
唐突なお誘いだった。ぼくがゴールデン司令の家の子になる? 考えたこともなかった。
でも考えてみれば、ユウキとしてのぼくは、どこにも身寄りがいない。家族をもつのもいいことかもしれない。
けれど、そう思ったとき、ランナ博士が止めに入る。
「ダメですよ、司令。ユウキ君を家族に迎えるのは、あとあと良くないです。ネージュさんに怒られますよ」
「いや、ユキもユウキ君のことをえらく気に入っているようじゃから、喜ぶと思うんじゃが……」
「仲がいいからダメなんです!」
「もしかして、ユキからなにか聞いておるのかね?」
「うっ……、少なくとも、ユウキ君がネージュさんの家族になるのは、今じゃないんですって! 少なくとも今は!」
車椅子生活になって、ランナ博士との接触が多くなっていた間に、ネージュはぼくについて何を話していたのだろう。
知りたいような、怖いような。
司令たちのそばには、そこには腕を組んで仏頂面をしたリッジバックが立っていた。視線を向けられたので、何かを言われるのかと少し構えたが、意外にも、彼からは手が差し出された。
「これで俺と同じ立場だな。サイボーグは便利だが、反面なにかとメンテナンスが必要なものだ。定期検査の受けかたなど俺が教えてやろう」
拍子抜けしたけれど、ぼくは彼の手を取る。
「ありがとう。サイボーグというのとはちょっと違うんだけど……」
「機械のパーツが多いほど、手入れは多くなるものだ。怠るなよ」
「う、うん。ありがとう……」
「それから、無事帰還、おめでとう」
また拍子抜けだ。ぼくはまだ、リッジバックという人物がどういう人なのか、理解していないのかもしれない。
それも、これからだ。
「よっす、ユウキ!」
ふと、背後から声がかかり、後ろから突進してきたスズランに肩を組まれる格好になった。
「スズラン」
「これでようやく元どおりだな。これでまた、存分に遊べるな!」
元どおりじゃないんだけど……、とまた言おうとして、やめた。そんなことを気にしているのは、どうやらぼくだけみたいだ。
ぼくが欲しかったものは、力でも肩書きでもなかったんだと解った。ぼくは長らく、それらさえあればすべて解決するのだと思っていたけれど……。
けれど、いまは違うとわかる。
いまや、ぼくは、人間であるということさえも失った。肩書きだって、もう無意味だから使っていない。
ぼくがほしかったもの、それは、ただの自分――人工の人格に機械の身体を備えただけの自分を――それでもいいと認めてくれる、自分自分の心だったんだ。
「遊ぶって、どうやって遊ぶのさ?」
ぼくが問い返すと、スズランはにんまりと笑った。
「あたしの国、あたしたちの国をつくるのさ!」
◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます