第十三章 エルツェンゲル(2)大煌王

 スズランとリッジバックを最終要塞エルツェンゲルのドッキングベイに降ろしたあと、リリウム・ツーはすぐさま軌道上まで退避した。エージーとビーエフも、カイ隊、ジロン隊といった戦闘員を下船させると、同様に退避を行った。


 リリウム・ツーのブリッジでは、車椅子に座ったネージュが目を瞑って祈っていた。


 いまは船のすべてを預かっているゴールデン司令が、そんなネージュに話しかける。


「ユキ……、いや、ネージュ、不満なのか? これまでは前線に出られたのに、いまやそこから遠ざかって久しいからの……」


 うっすらを目を開き、しかし祈りのために組み合わされた手は崩さずに、ネージュはゴールデン司令に答える。


「不満はありません。私でなくても、彼らはやり遂げるでしょう。それに、前線に出なければ私の願いが叶わないというわけでもない」


「それじゃあ……、不安なのか? わしらの命はすべてスズランたちに預けておる。わしらは全員、その結果に従うしかない」


「不安は……、ないわけではないですが。どんな結末であれ、納得はするつもりです。命運を預けるに足る仲間ですから……。預けるとはそういうことですよ、お爺さん」


「う、うん。うん? お爺……? お爺さんと呼んでくれたか!? 今? も、もう一度頼む!!」


 こんなに危険な状況だというのに、一歩間違えばここで人類宇宙の未来はすべてギデスに渡ってしまうというのに、ゴールデン司令はネージュにお爺さんと呼んでもらえたことだけで沸き立っていた。


「ちょ、ちょっと司令、落ち着いてくださいよ」


 ランナが困ったような顔をして、呆れたようにそう言った。


 ネージュは五年前までの記憶を取り戻したわけではない。両親と祖父母に囲まれて、まだ豊かだった惑星ザイアスで暮らしていたころの記憶は凍結されたままだ。


 でも、ここでこれまでの宇宙秩序が滅ぶなら、そして、特務機関シータが全滅するのなら、今後、ネージュがゴールデン司令をお爺さんと呼ぶことはなくなってしまうだろう。彼女はそのことに気づいて、人助けのつもりで、ゴールデン司令のことをお爺さんと呼んでみることにしたのだった。


 結果、ゴールデン司令はちょっと気持ち悪いくらいに大喜びしたけれども、ネージュは不思議と悪い気はしなかった。


 ◇◇◇


 飛び立つ艦船を背にして、スズランたちは最終要塞エルツェンゲルの内部へと侵入した。


 ここまでは誰にも邪魔されずに来れている。だが、この先もそうなる保障はない。充分以上に注意しなければ。


 先導するのはリッジバックだ。彼はこの要塞の内情に詳しい。


 そのあとに続くのはスズラン。彼女は軍服のホルスターからブラスターガンを抜くと、安全装置を外した。


 ふたりの後には、カイとジロンという分隊長たちが続き、さらにその後を十人のレクトリヴ能力者たちが続く。これが今の特務機関シータのもつ最大の地上戦力だ。


 通路の向こうから、無数のドローンが飛び出してくる。リッジバックをはじめ、カイ隊やジロン隊のレクトリヴ能力者たちが一斉に超知覚の手を伸ばす。片端から、ドローンを撃墜していく。


 おかしい……。警戒しながらも、スズランは違和感を覚える。ドローンの動きが緩慢だ。侵入者を排除する気があるのか……?


 そうはいっても、ここは敵の本拠地なのだ。気を抜いていい理由なんてひとつもない。


 スズランはブラスターガンをドローン群のほうへ向け、引き金を絞った。そして、ニューマ・コアの力を呼び起こし、惑星オルガルムの力を借りる。すると、ビームの先が割れて拡散し、複数のドローンを同時に撃ち落とした。


 いまや、スズランは惑星の力を借りて、ブラスターガンのビームを意のままに操る技術を会得していた。


 ドローンの群れを撃破しながら、特務機関シータ地上部隊は最終要塞エルツェンゲル内部を破竹の勢いで進撃していった。


 状況はよくなっているように思われる。それに、どういうわけかギデス軍側は本気で迫ってこない。理由はわからないが、この機を逃すこともないだろう。


 だが、あるところで、突然隔壁が降りてきて、リッジバックとスズランと、それ以外の仲間たちが分断されてしまった。


「リッジバック!」


「ああ」


 隔壁のほうを振り返りながら、スズランがその名を呼ぶと、リッジバックは何をすべきかをすでに理解していた。――隔壁を焼き尽くして、分断されてしまった後ろの隊がこちらに来られるようにするのだ。


 だが、レクトリヴ能力の炎は起こらない。


「どうしたんだ?」


「……何者かが、俺の天幻知覚を押さえていやがる。見えないか? そこかしこ、誰かの腕だらけだ。この要塞の内部すべてが、いつの間にか誰かの知覚で埋め尽くされている」


「そんなことができるのって……」


「間違いなく、ミューだ」


 スズランが予想はしていたが、この要塞のどこかに、ミューがいる。ということは、ユウキがいる可能性もまた高いと考えていいはずだ。


「しょ、少佐ー。スズラン少佐ー」


 隔壁の下の隙間から、声が聞こえてくる。カイの声だ。向こう側の面々は、一応無事なようだ。


「しばらく各自の判断で動いてくれ。そちらの状況がここからではわからない。必要なら、ドッキングベイに戻ってリリウム・ツーを呼んでくれ」


「し、しかし……」


「正しい判断をしろ。そして、自分の判断を信じろ。責任はあたしが負う」


「でも……、いえ、了解です。こちらもなんとかやります。ユウキのことは、そちらでお願いします」


 カイは軽いところがあるが、集団のリーダーとしての自覚を徐々に成長させつつある。スズランはそのことを嬉しく思った。


 ◇◇◇


 それからスズランは、背後――つまり行き先のほうにある扉が開き、何者かが入ってきたのを感じ取った。


「スズラン、来たぞ……。大物だ」


 リッジバックがつばを飲み込んだ。スズランが振りかえる。


 この場所は、通路とは打って変わって、大広間になっていた。対面の扉からふたり、男が入ってくる。


 そのうち片方はよく知っていた。ギデス軍の最高責任者、バトラ大将だ。だが、もう一方は初めて見る。大きく豪奢な冠をかぶり、派手な刺繍と装飾のなされたマントを羽織った老人だ。


「よくぞ来たな」老人は口を開いた。「元・天幻部隊のグレード二位、リッジバック。そして、もうひとりのマルスの巫女よ」


「知っているのか? あたしがマルスの巫女だってことを」


「知っておるとも」


「じいさん、あんた、何者だ?」


「わしか? わしはギデス。ギデス大煌王じゃ」


「大煌王? あんたが……?」


 スズランは身構える。けれど、ギデス大煌王もバトラ大将も、構える素振りを一切見せない。彼らは、ここでは戦えないことを知っているのだ。ここはミューの支配下だ。


「大煌王、なんと甘美な響きじゃろうなあ。わしは新たな人類宇宙秩序のために人生を費やしてきたが、惜しいことに、それもここまでというわけじゃ」


「なにを言ってるんだ……? あたしたちに降参するっていうわけ?」


 スズランの問いに、ギデス大煌王は吹き出す。


「そうではない。そうではないよ。じゃが、わしが創ったこの大帝国も、うたた寝の最中に見る夢のようなものじゃったということじゃ」


「……どういうことだ? 大煌王、あんたはこの帝国をどうするつもりなんだ?」


 ギデス大煌王は笑う。けれど、それは心地の良いようなものではなかった。何かを諦めたかのような、苦笑いだった。


「娘さんよ、すこし、昔話をしてもよろしいかな?」


 ◇◇◇

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