第三章 ビシュバリク(2)ゲリラ作戦とリリウム・ツー

「あーあ、結局こうなるのか」


 ぼくとスズランはビシュバリク第十六ブロック――特務機関シータに戻って、食堂で昼食をとっていた。


 エビフライ定食のエビが巨大でジューシーだ。なんて素晴らしい食堂なんだろう。


 対するスズランは、憤懣やるかたなく、料理には特段意識を払わずにただ闇雲にガツガツと食べていた。


「お前が天幻知覚レクトリヴの能力者第一号として特務機関シータに組み入れられると聞いたから、あの親父に無理言って、あたしもシータに入れてもらったんだ。だけど……」


 だけど、スズランは、大統領から何の期待もされていなかった。それどころか、危険なことは何もするなといわんばかりだった。


 それが親心といえばそうかもしれない。でも、あの大統領には娘を納得させるだけの言葉も、真心を示すだけの表現も持ち合わせてはいなかった。


 結果、スズランは自分の置かれた状況に満足していない。


 窓の外の宇宙では、相変わらず、無数の艦船が行き交っている。輸送船、貨物船、商船、軍船……。


「おお、ユウキ君、スズラン君。ご一緒してもよろしいかな」


 声を掛けてきたのは、トレイを持ったゴールデン司令だった。ぼくとスズランはもちろんと言って迎えた。


「ゴールデン司令は、階級的には何になったんっすか?」


 スズランが直球の質問を打ち込む。出世と給与の話はやや注意を要すると思っているぼくからすれば、これはびっくりだった。


「わしか? わしは少佐扱いということになっておる。特務機関シータをひとつの戦闘単位と見ることになるそうじゃからな」


「すごい。じゃあ、統合宇宙軍の今後の作戦もそれなりに情報が下りてきてるってことっすよね」


「全体の動きはわしのレベルではわからん。じゃが、特務機関シータのおおまかな方向性はある。ユウキ君のレクトリヴの因子を適合可能な人間に移植し、人工的にレクトリヴ能力者をつくるんじゃよ」


「まじですか」


 ぼくは顔を顰めてしまった。


「まあ、そういう反応になるのはわかっておったがな。わしとて、気持ちのいいことではないと思っておる。とはいえ、数で勝るギデス大煌王国の天幻部隊に対抗するためじゃ」


「どれくらいで増やしていく計画なんすか? それ」


 スズランがそう問うと、ゴールデン司令はタブレット端末を取り出し、ロックを解除した。


 一瞬、ロック画面には十二、三歳の少女が映ったが、ゴールデン司令はそのことにはまったく触れなかった。司令のお孫さんかなにかなんだろう、とぼくは思った。


「このグラフを見てくれ、この期間にこれくらいの人数にはしたいと思っておる。適合者数の推測にはいくつかの仮定が含まれているから、必ずしもこの通りにいくわけではないのじゃが……」


 ゴールデン司令の説明を聞きながら、スズランは食い入るように画面を覗き込んでいた。


 ――と、そこで、ゴールデン司令の携帯端末にコールが入る。司令は胸ポケットから端末を出すと、画面に映った名前を見て、ああ、と声を出す。


「すまんが、わしはちょっと話してくる。その端末は……」


「司令、悪いけど、もうちょっと見てていい?」


 スズランはゴールデン司令のタブレット端末を放さない。まだまだ見たい情報があるといわんばかりだ。


「うーん、まあいいじゃろ」


 ゴールデン司令は携帯端末を耳に当てながら、ぼくたちの座席から離れたところに歩いて行った。


「さて、情報を探すぞ。司令がフェイクのコールに気を取られている間に……」


 司令の姿が見えなくなったと見るや、スズランはグラフ情報を画面から消してしまった。


 本心はそこか。ぼくは思った。スズランはゴールデン司令の情報端末から、統合宇宙軍に関する情報を少しでも吸い上げたいともくろんでいる。


 ゴールデン司令はロックを解除したタブレット端末を残して、この場を離れてしまった。この状況はスズランが意図的につくりあげたものだ。いつの間に、そんな罠を仕掛けていたのだろう。


「あー、コラボレーション機能にもロックを掛けているのか。幸い、パスワード文字数はそんなに多くないみたいだけど……」


「なんだろうね」


 スズランとは対照的に、ぼくはゴールデン司令の端末をあさるのに、それほどの情熱は湧かなかった。それよりも、こんなことをしている間に司令が戻ってきてしまわないか、そのことを考えて落ち着かなかった。


「そうだな……、特務機関シータはなにもかも、お前の存在を起点にしている」


「……というと?」


「考えてもみろ、もしあたしがお前をひき殺さなくて、偶然、天幻知覚レクトリヴの能力があることが知られなかったら。特務機関シータは始まらなかった」


「う。……そうだね」


「というわけで、パスワードは“YUKI”の四文字だ」


「それはさすがに……」


「おっ、ロック解除されたぞ」


「まじか」


 どういうセキュリティリテラシーになっているんだろう。いや、おおもとのロックはゴールデン司令自ら解除したから、その先の機能別のパスワードはそこまで複雑である必要がなかったんだろう。


 スズランはたまたま当たりを引いただけだ。


「統合宇宙軍のコラボレーションツールに、本部からの情報がいくらか流れてきてる。だいたいはあたしが知っても意味はないようなものだけど……。でも、この、将官が商業ステーションに視察というのは……」


 統合宇宙軍が掴んでいる情報によると、ギデス大煌王国領・惑星タリバル総督ヌイ中将が旗下の兵員を伴い、軍事的中立の商業ステーション・ドゥーン=ドゥを視察するとのことだった。


 その目的は、ギデス大煌王国の新兵器の完成のための重要物品の調達で、ドゥーン=ドゥにて組み上げられた新兵器とともに惑星タリバルへ持ち帰る予定とのこと。


「これは面白いな」


「そう?」


「うまくすれば、一気に戦功を立てられるかも。そうすれば、あのオヤジだってあたしのことを無下に扱うなんてできなくなる」


「そうかなぁ」


 そこへ、通話を終えたらしいゴールデン司令が戻ってくる。


「すまんすまん。思ったよりも大した用事ではなかったわい」


「そっか。ありがと司令」


 スズランは何ごともなかったかのように、司令のタブレット端末を司令に手渡した。画面はきちんと、さきほどのグラフ情報に戻してある。


 しっかりしている。


「じゃあ、ユウキ」スズランは小声でぼくに耳打ちする。「明日の朝七時に、デルタ十二番ベイに来てくれ。必要人員はこちらで集めておく」


「待って。何をする気?」


「ちょっとした旅行さ。そのつもりでよろしく」


 ◇◇◇


 翌朝、指定されたとおりのデルタ十二番ベイに行くと、一機の宇宙船の前に、私服姿のスズランがおり、六人の大人たちに囲まれていた。


「スズラン」


「ユウキ、お前なんで軍服なんか着てるんだ」


「え、いや、軍務なのかなと思って」


「あたしたちはこれから、ドゥーン=ドゥに行って視察中のヌイ中将を尾行し、帰任中の艦船をハイジャックして身柄を拘束するんだ。最初から軍服でどうする。バレるだろ」


 ぼくはぎょっとした。何を言ってるんだこの少女は。敵国の将官とはいえ、交戦状態でもない相手を誘拐するだなんて。軍事国際法とかない世界なのかここは。


「向こうは向こうで、市街地でいきなりユウキを襲うような連中だ。軍人に的を絞って捕まえるくらい、なんてことないさ」


「そ、そりゃそうかもだけど……」


「ここに集まったのは、うちの使用人が二名、体操部の講師が二名、それから統合宇宙軍から二名だ」


 やっぱり、スズランの家は使用人がいるような大きな家だったんだなあと思ったのもつかの間、え、何? 体操部?


「きのうのゴールデン司令への偽電話も、この使用人のアイラがやってくれたんだ」


 スズランに指し示されたショートヘアの背の高い女性は、「お嬢様の的確なご指示あってのことでございます」と言って軽く頭を下げた。


「あたしたちが今回使う船は、あたしの個人所有の新型航宙艦、XXZ-99K “リリウム・ツー” だ。それなりに武装も載せられるけれど、今回は宇宙での撃ち合いは想定していないから、まとめて置いていくことにしたよ」


「立派な艦だね。ところで、なんでツーなわけ?」


「そりゃあ、前に事故ったときの船がリリウムって名前だったからさ」


「お、おう……」


 要は、ぼくをひき殺し、農場で爆発炎上した宇宙船がリリウムで、これはその後継艦ということらしい。


 ともあれ、ぼくたち――ぼくとスズランと六人の協力者たちは、ドゥーン=ドゥを目指して、秘密裏にリリウム・ツーで出発したのだった。

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