第七章 丘の上の屋敷(5)神様が恵んでくれたんだ
「おーいたいた」
下卑た笑い声をふくんだ男たちの声が聞こえた。
ゴロツキ風の男たちが五人。そのうちブラスターガンを持った男が三人。路地の出口を塞ぐようにして立っていた。
「話に聞いたとおり、マジに金髪のマブい軍人じゃん。若いねー。それに、こっちの黒髪の子もいけてんじゃね」
「なんだお前たちは?」
ネージュはゴロツキたちのほうへ向き直る。ぼくも警戒度を上げた。
一番前に立っているゴロツキは、片手に持ったブラスターガンをチャラチャラと振り回しながら喋る。
「俺らと遊んでくれる軍人さんがいるって聞いたのよ。天幻部隊のエリート様だけど、負傷してるらしいじゃん」
ぐへへへ……と、ゴロツキたちの間で笑い声が起こる。
ここはこんなのばっかりか……。ぼくは溜息をついた。
「ネージュ、この地区はずいぶん、ギデス軍人のことを嫌っているようだよ」
「……まったく。この惑星ザイアスでさえ、こんな地区があるだなんて思っていなかったよ」
「嫌ってるなんてとんでもねえ」ゴロツキは嗤いながら言った。「普段俺らを虐げてるギデス軍人と遊べるなんて最高じゃねえか」
「どいつもこいつも……」
「まあその話はいい。お前たち、私がここにいると、どうしてわかった?」
ゴロツキは、ネージュの毅然とした質問を聞いて、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。
「人間社会におさらばする将校様に教えておいてやるか。そこの店主が垂れ込んでくれたのよ。エリート様が負傷してるから、いまがチャンスだってな」
「なるほど、ここの店主か」
「識別票の修理なんて、どうでもいいことをやりに来たんだって? そんなことで、こんな臭え場所で人生終わっちまうなんて、将校様かわいそう。ククク」
ゴロツキたちは爆笑を始めた。
あまり品性が良いとはいえなさそうだ。
ぼくはすでに、レクトリヴの知覚の手を広げていて、ゴロツキ全員の周辺空間を押さえていた。ぼくがそうしていることは、ネージュも気がついている。
「それで、五人もの人数で、そんな銃まで持って、女ふたりを相手にどうしようって?」
ネージュはゴロツキの持っているブラスターガンを指さす。
ちょっと待って、女ふたりじゃないだろ。
「天幻兵士だって聞いたからよ。こいつで大人しくさせてやろうというわけよ。あー、想像しただけで我慢できねえわ。レクトリヴ能力者の女とか初めてだからよお」
「それは結構」
ネージュがそう言うと、ゴロツキの手がブラスターガンごと凍ってしまった。彼女の能力だ。ゴロツキは慌てて引き金を引こうとしたが、指が少しも動かせない。
「こ、これは……!」
「お前たち、遊んで欲しかったんだろ?」
「て、てめえ!」
ゴロツキたちは一斉にぼくたちに向かって銃を構える。それより速く、ぼくは拳を握りしめ、ゴロツキたちを衝撃波で吹き飛ばした。
ゴロツキたちは全員が気を失ったようで、ぴくりとも動かなかった。
「さて……」
ぼくはネージュのほうへ向き直る。彼女はうなずいた。
「元凶のところへ行こうか」
◇◇◇
店の奥に入って行くと、店主はぼくたちを見て、ガタガタと大きく震え始めた。
「聞いたよ、店主。あんたがぼくたちを売ったんだって?」
「お、お、お、お前ら……どうして……」
「私たちはブラスターガンごときではどうにもできない。憶えておくことだな」
店主は椅子から転げ落ちると、床の上を尻で這い、背中を壁にぶつけて震えていた。
ネージュは情報リーダーの上に識別票がないことに気がつくと、店主に問い質した。
「おい、私の識別票はどこだ?」
「し、知らねえ!」
「知らないわけがあるか!」
ネージュは店主の両足をレクトリヴ能力をつかって凍らせる。一瞬にして足が氷に閉ざされてしまって、店主は恐怖のあまり悲鳴を上げた。
「しょ、焼却炉だ! もう燃やしちまって残ってねえ!」
「貴様!」
「だ、だって、お前ら、あの女を取り返しに来たんだろう!? そんなの許せねえ。あれは俺のもんだ! 俺のもんなんだ!」
話の方向性が突然変わってしまって、ぼくもネージュも怪訝に思った。
「あの女……って、ミューのことか?」
「そ、そうだ」
「なぜ私たちが取り返しに来たと思ったんだ? あの女性は元々、お前のなんなんだ?」
「そ、それは……」
ネージュが店主を問い詰めているところで、ぼくは思い当たることがひとつあった。
「あの識別票……。さっきこの部屋のゴミ箱で見つけた、もうひとつのギデス軍の識別票。あれ、ミューさんのじゃないのか?」
「……!」
店主の顔が青ざめた。
「おい、店主、それは本当か? ミューはギデスの軍人なのか? 答えろ!」
「そ、そうだ! ギデスの軍人だ!」
「所属と階級は? 識別票を見たんならわかるだろう?」
「わ、わからない。ギデス軍に所属しているという情報以外は、何も書かれてなかった。……俺より先に、データをワイプした跡があったんだ」
「お前、ふざけるのもいい加減に……」
「ほ、本当なんだ!」
「じゃあ、彼女が本当にギデス軍人だとして、あの状態はなんだ。お前、彼女になにをした」
「俺は何もしてない! あの女は、最初からああだったんだ! 俺は、道ばたで寝ていたあの女を拾ったんだ!」
「嘘をつくな!」
ネージュは次に、店主の両腕を凍らせる。店主はまたも悲鳴を上げる。
ぼくといえば冷静に、ネージュの冷気の能力はこういう局面で役に立つものだと感心していた。ぼくのカマイタチの能力では、相手を倒すのには役立つけれども、こういった用途にはあまり向かない。
「嘘じゃない! あれは神様が俺に恵んでくれたんだ! ギデスのせいで人生めちゃくちゃになって、金も名誉もないこの俺に、ギデス軍の女を分けてもらったんだ!」
「貴様……っ!」
ネージュが左手を振り上げる。店主はびくっと肩を震わせ、顔だけでも逃げようとしたが、彼女が何も攻撃してこないとみると、にやりと笑った。
「神様はすげえよ。俺みたいなスラムのクズでも肩身が狭くないように、頭の悪い奴隷みたいな女を与えてくれたんだ。……ギデスにはエリートの女なんていくらでもいるじゃねえか。ひとりもらったって別にいいよなあ!」
苦虫を噛み潰したような表情をしたが、ネージュはこの男に更なる攻撃を加えるのはやめた。
馬鹿らしくなったのだ。
「あいつよォ、俺がいないとダメなんだよなー……。相思相愛っての? あいつは俺の妻、俺の奴隷よ。ギデスにいたときよりも、ここにいるほうが幸せなんじゃねえの」
妻と奴隷を並列に並べる根性は、ぼくには全く理解できなかった。この店主は人付き合いに関して、徹底的に何かを間違っている。
ネージュは頭を左右に二、三度振ると、ぼくに言った。彼女は積極的に、この店主を無視しようとしている。
「ユウキ、ここを出よう。識別票はなくてもなんとかなる。ここにいる理由はもうない」
「そうだね」
気分的に参ってしまっているネージュは気がついていないかもしれないけれど、彼女は初めてぼくを名前で呼んだ。
「はー、それにしても、あの奴隷女、軍人だけあって身体のほうは最高だったなぁ! こんなに惨めに生きてても、神様はちゃんと見てくれてるんだなぁ!」
さすがに、この発言は我慢ならなかったらしい。ネージュはレクトリヴ知覚の手で店主の顔面を掴むと、そこに衝撃波を発生させて店主の頭を壁に打ち付けた。
店主は気を失い、動かなくなった。かなり激しい音がしたが、死んではいない……と思う。
ぼくたちは店を出る際に、棚の隙間でうずくまって小さく震えているミューを見つけた。
ここに置いていけるわけがない。
ネージュはミューに手を差し伸べ、彼女を引き起こすと、ひと言
「一緒に行くよ」
と言った。
怯えたような表情をしていたミューは、途端に笑顔になり、店から出て行くネージュのあとをついて行った。
◇◇◇
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