第六章 天幻要塞・上(3)彼女はぼくを守るため、ぼくは彼女を守るため
しかし、ぼくたちの後方から物音がする。
倒したはずの天幻兵士たちのうちひとり、隊長格の者が立ち上がり、ぼくたちのほうへと向かってきた。
「貴様……」
「まだやるのかっ!」
「お前の周囲の空間を取れないのなら……っ!」
敵隊長は腕を掲げ、頭上に巨大な氷の刃を作り出す。そしてそれを操り、ぼくたちのほうへと降らせてきた。
ぼくは目の前の空間を操作し、シールドを作ってそれを防ぐ。なんのことはない。ブラスターライフルのビームを防いでいたときと同じ要領だ。
だが、一歩踏み出そうとしたとき、自分の足が凍って床にくっついていることに気がついた。
「な、なんだこれ」
うろたえた瞬間に、相手の超知覚の手がぼくの周囲に触れていることに気づく。ぼくは必死で、それらを引き剥がす。
気がつくと、頭上から氷の刃が降ってくる。それらを衝撃波で撃ち落とす。
こいつ、戦い慣れている……っ!
レクトリヴでの戦いはすべて、相手の周辺の空間の支配権の取り合いだと思っていた。それは基本的には間違っていない。だけど、この敵は、レクトリヴに対する理解の点でぼくの上をいっている。
ぼくは周辺の空間の支配権を相手に明け渡さなかった。だから、敵は支配権が取れなかった空間のすぐ外をレクトリヴで冷却したのだ。
冷たさは物理現象としてぼくの足へと伝わり、足を凍らせて地面に貼り付けることができた。
そんな風に、今回の敵は、直接相手の空間の支配権を奪うか、物理現象を挟んで間接的に攻撃を行うかという二通りの手段を上手く使い分けている。
ぼくの後ろから、スズランが敵隊長をブラスターガンで撃つ。だが、予想通り、敵隊長はビームをシールドで弾いてしまう。
それどころか、敵隊長はレクトリヴを使ってスズランの周辺の空間を奪取しようとする。それだけは避けなければならないと、ぼくのレクトリヴが敵隊長の知覚の手を引き抜く。
気づけば、巨大な氷の刃がスズランの上に連続で三つも降り注ぐ。
あわや串刺しかと思われたが、スズランは片手で側転して、そして側宙をして攻撃を回避する。
思いがけない鮮やかなムーブに、ぼくは度肝を抜かれてしまう。
「えっ、なにその動き」
スズランは回避行動をした先、遠くの方から大声で返事をする。
「体操部をなめるな!」
なんだか、前にも体操部がどうのという話をしていた気がする。どうやらスズランの運動能力は常人のそれをはるかに上回っているようだ。
ぼくは足にまとわりついている氷を真空の刃で丁寧に破壊すると、敵隊長に向かって走り出した。
飛んでくる氷の刃は衝撃波で撃ち落とし、相手の天幻知覚の手はこちらの手でもって撥ねのける。
距離を詰める。一気に取り付いて、もう一度カマイタチで斬ってやろう。
だが、追い詰められたと思った敵隊長は、さきほどぼくがやったように、ホール内の全空間にレクトリヴの手を伸ばしてきた。
大技が来る!
ぼくは敵隊長に飛びかかるのではなく、スズランのほうへと走る方向を変えた。彼女を守るのが先だ。
ホール内に光り輝く雪の結晶が舞い上がる。空気中の水分という水分を凍らせているのだ。
さきほど足を凍らされたことからわかるように、レクトリヴで防御をしたところで、冷たい空気はぼくたちの身体を凍らせるだろう。
ならば、必要なのは防御じゃない。攻撃だ。
「全部、氷漬けになってしまえ!」
敵隊長が叫ぶと、ホール内に吹雪が巻き起こった。一瞬で、ホール内のあらゆる残骸が氷の中に閉ざされていく。
ぼくはスズランのそばに到着すると、彼女を背後に守りながら、一歩、敵隊長のほうへと踏み込んだ。
「ぶっとばせえええええっ!」
吹雪と竜巻がぶつかり合い、ホールの中で激しい衝撃波が発生した。
◇◇◇
目を開けたら、ぼくとスズランは要塞の外へ投げ出され、地面の上に突っ伏していた。
すぐに危機を察知して起き上がる。ぼくたちは二十人ばかりの敵兵士たちとドローンからブラスターライフルで集中砲火を受けるところだった。
もちろん、ぼくはシールドを作り出し、スズランを背にして守る。
きちんと防御さえできれば、レクトリヴ能力者でない敵の相手は簡単だった。ぼくの向かって左から順に、ギデス兵五人単位で、衝撃波で爆縮を起こしてお互いにかち合わせて昏倒させる。ドローンも巻き込んで破壊してやった。
目下のところ、敵の攻撃は止んだようだ。あとは、この一瞬の隙に、城壁の門を破壊するだけだ。
ぼくは地面を蹴って、城門まで跳んだ。門の前に到着すると、さすがにこの門は大きい。戦車だって横に並んで行き交えるほどの幅だ。
ぼくは連戦で疲れていたけれど、またもレクトリヴの知覚を総動員して、城門の表面を撫でた。撫で尽くした。
バッテンを描くように、右上から左下、そして左上から右下に、真空の刃で城門を大きく切り裂いた。そして、衝撃波でもって吹き飛ばす。
これで、惑星ザイアスに潜伏中の統合宇宙軍地上部隊が、大挙して山を登ってやって来るだろう。同時に、ヘリ部隊も、パラシュート部隊も降下してくるはずだ。
ぼくは再び地面を蹴って、疲れて座り込んでいるスズランのもとへと戻った。
「やりきったね」
「ああ、でもここはまだ敵の本拠地だ。統合宇宙軍や特務機関シータの他の連中と合流するまで逃げおおせるぞ」
「そうはさせるか……」
そう言ったのは、さきほど倒したはずの天幻部隊兵士の隊長らしき者だった。
ぼくの放った竜巻のせいでヘルメットが割れたのか、いまや素顔がさらけ出されていた。
「え――?」
肩までの明るい金髪。青い目。鼻筋の通った顔立ち。
「女――の子?」
「なんだ。私が女なのが意外か? お前たちだって女ふたりだろうが」
「ぼくは男だ!」
ヘリの音が聞こえてくる。遠くが騒がしい。味方部隊の進軍が始まったみたいだった。
とはいえ、ぼくたちはここに長居しすぎた。ブラスターライフルを構えた無数のギデス兵たちに囲まれつつある。それに、今度は二十人を超える天幻部隊兵士もその中に含まれている。
「ネージュ様、ご無事ですか」
集まってきた天幻部隊兵士のひとりが、その女天幻部隊長にきく。彼女の名前はネージュというようだ。
「……私は大丈夫だ。だが、隊の仲間はやられた。こいつ、見た目に反して強い」
「一旦お下がりください。負傷されているようですね」
ネージュは天幻部隊兵士のひとりに連れられ、ぼくたちを取り囲む兵士たちの後ろへと下がった。
ぼくは背後に多数の気配を感じ取った。統合宇宙軍の兵士たちや戦車が山を登ってきている。
「ここは危ない!」
ぼくはスズランを抱え、横方向へと跳んだ。
ぼくたちふたりがその場を離脱した直後、ギデス兵たちと統合宇宙軍の撃ち合いが始まった。
統合宇宙軍がザイアス要塞の城門にまで到達したのだ。
ザイアス要塞からも五機の戦闘ヘリが飛び立つ。空中では、統合宇宙軍の戦闘ヘリと撃ち合いをしている。
ザイアス要塞そのものからも、対空ミサイルが打ち上げられ、また、山を登ってくる兵隊に対しては迫撃砲が撃ち込まれる。
ぼくは城壁を背にできる場所に着地すると、スズランの前に立って彼女を守った。着地の際、彼女が一回宙返りをしたのは見なかったことにした。
ぼくたちのそばに、二艦の航宙艦が着陸する。特務機関シータのエージーとビーエフだ。
特務機関シータ旗艦であるリリウム・ツーは、着陸せずに上空を旋回している。上空から指揮を執るつもりのようだ。
エージー、ビーエフ両艦から十数人の軍服姿の若者たちが降りてくる。全員、レクトリヴ能力者だ。
「特務機関シータ、レクトリヴ能力者隊到着だ!!」
そう宣言しながら出てきたのは、カイ軍曹だった。
レクトリヴ能力者隊は、戦闘が行われている地点へと急行していった。彼らも敵のブラスターライフルのビームを防いだり、敵の天幻部隊員と衝撃波の撃ち合いをしたりと、互角以上に戦えている。
「大丈夫か、ユウキ准尉」
仲間たちの進撃を見ながら、カイがぼくたちのほうへと駆けつける。
「なんとかね。ところで、スズランを戦闘から遠いところへ連れて行きたいんだけど、いいかな?」
「おっ、そうだな。一度、エージーに乗るか? ここを離れて、遠くでリリウム・ツーに乗り換えるか」
カイはそういう案を出したが、スズラン本人が断った。
「いや、いい。あたしはこの戦場にいる。ユウキがいるところで、ユウキが死なないようにするのが、あたしの仕事だ」
これには驚いた。たしかに最初会ったときから、スズランはぼくを守るためになんでもすると言っていた。その宣言は今も生きているみたいだ。
「えっ、でも、危ないよ。これから敵味方、どっちの攻撃も激しくなるんだから」
「でも、お前は行くんだろ」
「それはそうだけど……」
「じゃあ大丈夫だ。お前が盾になるからな」
スズランはぼくを守るためにいてくれるけど、スズランを守るのはぼくだという。
なんだか不思議な関係だ。
◇◇◇
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