第六章 天幻要塞・上(5)アモン発動、そして墜落

「なんだ、あいつは――」


 ぼくは身構え、周囲を見回した。巨大ホログラム以外に、ラーム中将らしき人物の姿はない。ラーム中将はおそらく、要塞内の安全な場所からこのホログラムを送信している。


『愚かにも我が要塞に侵入した諸君。我が自慢の天幻部隊と兵士たちの力はどうだったかな。んん? 楽しんでいただけたようでなによりだ』


 ラーム中将のホログラムは嫌味たらしいしゃべり方をして、ほくそ笑む。


『それではいよいよ、私のもうひとつの自慢、アモンの力を見せて差し上げよう。アモンを先にお見せするわけにはいかなかったのだ。アモンを使えば、諸君らはそこで終わってしまうからな』


「アモン――?」


 どうやら兵器の名前かなにからしい。だが、それがどういうものなのか、見当も付かない。


 リッジバックは溜息をつき、銃口を向け続けているスズランに話しかけた。


「スズラン、お前、早く艦に乗ってここを出ろ。逃げられなくなっても知らんぞ」


「一体、何を言って――」


「アモンが発動すれば、この要塞の外から一定の範囲までのすべてが蒸発する。見ろ、ギデス兵たちは統合宇宙軍を追わずに帰ってきているだろう」


「蒸発? 蒸発ってどういうことだ」


「兵器研究所の最高研究主任、ニウス博士の開発した超兵器だ。地上降下した統合宇宙軍が消滅するまであと少ししかない。今のうちに逃げろ」


「そ、そんな」


「この勝負は預けてやると言ってるんだ。手遅れになる前に行け!」


「リッジバックあにい!」


 ぼくはスズランのほうへと近寄り、彼女の肩を掴んだ。


「スズラン、もう行こう。リッジバックが嘘を言っているようには見えない。帰れなくなる前に」


「う、うん。わかった……」


 ぼくとスズランはリリウム・ツーのほうへと走った。


 退却のタイミングを悟ったゴールデン司令は、特務機関シータの航宙艦三つをすべてホバリングさせ、飛び立つ準備をさせる。


 スズランが乗り込んだところで、ぼくは自分の脚が上がらなくなってしまったのに気づいた。


 足が氷付けにされていた。


 振り返れば、ネージュが追ってきている。


「お前だけは見逃すものか! リッジバック様が許しても、私は――!」


『ユウキ、早く乗れ!』


 リリウム・ツーのスピーカーからスズランの声が聞こえる。この状況でまた艦外に出てくるなんて馬鹿なことをしていないのがわかって、ぼくはほっとした。


「先に行ってくれ! ぼくもすぐに追うから!」


『追うったって……』


「ほら、そこに着陸しているギデスの戦闘ヘリがある。ぼくはそれですぐに飛ぶから」


 ぼくは近くの戦闘ヘリを指さしながら、カマイタチを使って足にまとわりついた氷を砕いた。


「早く行って!」


『……わかった。早く来いよ!』


 リリウム・ツーを筆頭に、エージー、ビーエフが飛び立つ。


 ネージュがレクトリヴの能力で地面を蹴りながら、ものすごい速さで迫ってくる。


 ぼくは驚いたけれども、よく考えればぼくも同じことができるのだ。


 地面を蹴り、跳ぶように停留中の戦闘ヘリのほうへと向かう。案の定、ネージュもぼくの後を追ってくる。


 追いながら、ネージュが衝撃波や氷の刃を投げつけてくる。ぼくはシールドをつくってそれを防ぐ。


 できるだけネージュのことは無視してヘリコプターに乗り込んでしまいたかったけれど、考えてみれば、このまま放っておくとヘリも壊されてしまいかねない。


 戦闘ヘリの近くまで行くと、ぼくはネージュを迎え撃つことにした。


 女の子を武力で制圧するのは気が引けるけれども……。いや、相手は手練れの天幻部隊兵士だ。仕方がない。


「こ、の……、観念しろっ!」


 必死の形相で、ネージュは飛びかかってくる。


 見た目通り、華奢な女の子が飛びかかってくると思っちゃいけない。このタックルにはレクトリヴの衝撃波が乗っている。直撃を受けたら身が持たない。


 タックルからの連続の拳打を、ぼくは自分の腕に超知覚を載せて捌く。


 ネージュは強い。リッジバックは別として、そこらの天幻部隊兵士よりもはるかに力が強いし、技術もある。


 だけど――


 だけれど、今のぼくには、ネージュの周辺の空間のすべてが手に取るように知覚できていた。


 レクトリヴ能力に発火すれば、ネージュを倒すことはできると思う。でも……。


 ためらってしまう。そんな時間はないというのに。


「お前は、ここで倒すっ!」


 大振りの一撃、捌くのに難はなかった。ネージュは明らかに疲労している。


 今なら、大技でなくても、彼女を止めることができるだろう。


「ごめん……っ!」


 ぼくはネージュの攻撃を捌いたそのままの流れで、彼女に拳を打ち込んだ。ただ、拳一本にひとつの衝撃波を載せたんじゃない。三方向から一カ所に収束するような衝撃波を打ち込んだ。


 さすがに、それくらいはしないと彼女のシールドは抜けなかっただろう。


 一撃で、ネージュを昏倒させた。敵部隊の隊長格を倒したというのに、気分は良くはない。


 でも、時間がない。


 ぼくは急いで戦闘ヘリに乗り込むと、電源のスイッチを入れ、続いてエンジンスイッチを回す。レバーを回して回転数を上げていく。各種の計器が正常な値を返していることを確認しながら、シートベルトを締める。


 ヘリコプターが離陸した。アモンという超兵器で辺り一帯が“蒸発”してしまう前に、特務機関シータの艦船と合流しなければ。


 幸いなことに、撃ってくる砲台はなかった。また、追ってくるギデスの戦闘ヘリもなかった。


 当然と言えば当然か。ギデスの歩兵たちもアモンの発動を見越して撤退している。要塞の城壁から外は危険地帯なのだ。


 地上を見れば、統合宇宙軍の戦車や兵士たちが、まだ要塞の外に布陣していた。まだ突入を諦めていない者がいる。彼らはアモンが危険だということを考慮に入れていない。


 ぼくはポケットから通信機を取り出し、リリウム・ツーと連絡をとろうとした。


「リリウム・ツー、聞こえるか。こちら、ユウキ……」


 けれど、ノイズだらけで一向に繋がらない。どうやら、このザイアス要塞の周辺エリアにはジャミングが掛かっているようだ。


「ダメか……。早く合流しないと」


「く、くそっ……、お前……っ!」


 ヘリコプターの外からなにか気配がすると思ったら、ネージュが這い上がってきていた。離陸したときに、掴まったのか。


「ネージュ、こんなところまで……!」


「ギデス天幻部隊軍人の誇りにかけて、お前は絶対に倒す!」


「や、やめろ!」


 地上からはるか上空を飛ぶヘリコプターの中だというのに、ネージュは衝撃波を纏わせた拳で殴りかかってきた。


 それをかわすわけにもいかない。かわして、ヘリコプターの機材に衝撃波が当たりでもすれば、墜落して一巻の終わりだ。


 ネージュから執拗に殴りつけられる。でも、こちらから反撃するのにも注意が必要だ。もし勢い余って、彼女をヘリコプターから放り出しでもしたら……。


 そうこうしている間に、ザイアス要塞の前に浮かぶ、ラーム中将の巨大なホログラムが宣言する。


『アモン発動!』


 空気が、赤く光ったかと思った。


「熱っ――!」


 ぼくもネージュも、身体の周囲にシールドを展開した。ネージュに至っては、周囲に吹雪を発生させて高熱に対抗しようともしている。


 ちらと地上に視線をやると、建物も、塹壕も、戦車も、兵士も、ある一定の範囲のものがすべて熱線で蒸発しているところだった。ある範囲のものは、例外なくことごとく気化していく。


 バスン、バスン、という音が聞こえた。ぼくたちの乗っているヘリのエンジンをはじめ、いくつかの装置がやられたらしい。


 アモンの有効射程から、完全には逃げ切れていなかったのだ。


 ヘリは途端に平衡を失い、地面に向かって落下を始める。


 あああああああああああああああああ!


 でも落ち着け。市街地に落ちるわけにはいかない。できるだけ開けた場所に――!


「ネージュ! 掴まれ! 墜落する!」


「くっ……!」


 ネージュも観念したのか、ドア付近の取っ手に掴まる。さすがにこの状況で戦いを続けることはなさそうだ。


 ヘリコプターは右に左に大きく揺れながら、急降下を続ける。

 

 ぼくは操縦桿を必死に握りながら、可能な限り被害が少なく住む場所を探す。


 この際だ。リリウム・ツーからは遠く離れたところに墜落したとしても、人を巻き込まないほうが優先だ。


「あああああああああああああああああ!」


 ぼくたちの乗った戦闘ヘリは、ザイアス要塞からかなり離れたスラムの空き地に墜落したのだった。

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