第十三章 エルツェンゲル(3)銀河の中心で生まれ、人類宇宙を愛し、人類を導く者

「わしはかつて、人類宇宙がなぜより良くならないのかと悩むような若者じゃった。とはいえ、当時のわしには力はなく、悩みはただ空虚なままで終わるはずじゃった。若者の悩みの多くがそうなるようにな」


 ギデス大煌王は騙り始めた。そのかたわらに立つバトラ大将は無言だった。


「じゃが、“あの方”に出会って、わしの人生は――そしてこの人類宇宙は一変した。ギデス大煌王国の台頭、そして、人類宇宙の半分の支配……。“秩序による支配”という理想まで、この三十年あまりで近づくことができた」


「“あの方”……?」


 スズランはいぶかしげな顔をする。それを見て、ギデス大煌王は面白そうに笑った。


「そう、あの方の名を、ダ=ティ=ユーラという。遙か遠い銀河の中心で生を受けたと言われておる。われわれ人類をはるかに超越する高次の存在……」


「その、なんとかユーラとかいうやつが、このギデス大煌王国の黒幕だっていうのか? そんな馬鹿な話……」


「いかにも、その通りじゃ」


「は……?」


 あまりにも想定外だった。そんな話、聞いたこともない。ギデス大煌王国の真の支配者が、ギデス大煌王ではなく、他に存在するなんて。


「わしはギデス大煌王として三十年あまりの間君臨してきた。じゃが、わしはあの方からこの帝国を預かった、表向きの支配者に過ぎん。実のところ、あの方が方針を変えると言えば、それに従うほかはない」


「方針を変えるだって? そいつは、ギデス大煌王国に代わる、別の帝国でも打ち立てようっていうのか?」


「はは、まさか。あの方は懲りてしまったんじゃよ、帝国という枠組みに。国家ではあの方の目的を達することはできなかったんじゃ」


「国家じゃない……? そいつは――、お前たちは、何をするつもりなんだ?」


「それは直接会ってきくがよい。この先を進み、通路を抜けると、トランスポーターがある。それで最上階へ行け。そこであの方が待っておられる」


「会わせて……くれるのか? その親玉に?」


「然りじゃ。それがあの方からわしへの命令じゃからの」


 ギデス大煌王の言い分を、完全に納得できたわけではなかった。それでも、この場をミューに支配されている以上、戦うことに意味はない。


 今できることといえば、促されるままに奥のトランスポーターへと進むことだけだ。


 罠かもしれない。


 だけど、ここまで来て、前に進まないという選択肢はなかった。


 スズランとリッジバックは用心しつつ、奥の扉へと歩いて行った。ギデス大煌王とバトラ大将は彼女らのほうをじっと無言で見ている。スズランは彼らが何かを仕掛けてくるのかと警戒したが、意外なことになにもなかった。


 その代わりに、スズランたちが奥の扉にたどり着くより前に、その扉が開いた。この部屋に入ってくる者がいるのだ。


 スズランは瞬時の判断で後方へ跳びすさる。


 入ってきたのは黒ずくめの男――ヴァルクライだった。


「おお? なんだあ? お前、アレじゃん? 弱いくせに色々足掻いてるアレじゃん? いつもの連れはどうしたわけ? ん?」


 ヴァルクライは顔の半分が焼けただれて固まったままになっている。片眼だけ、あらぬ方向を向いている。袖口から覗く手は、片方だけは溶けたようになっている。


 惑星マルスでミューにやられた傷を、まだろくに治していないようだ。


 スズランは身構える。同じようにリッジバックも構えていたが、レクトリヴ能力を行使することは控えていた。ここはミューの支配下にある。


「お前……!」


「大煌王のジジイにバトラもいるんじゃねーか。なんでこいつら見逃すんだよ。お前らの敵だろ?」


「口を慎め! ヴァルクライ!」


 バトラは激高したが、ギデス大煌王は彼をすっと制止する。


「ヴァルクライよ、そのふたりを先に行かせたのはわしじゃ」


「なにい?」


「この帝国の真の支配者が戻ってきたんじゃよ。そのお方が命じたのじゃ」


「はあ? お前がこの国で一番偉かったんじゃねえのか? 初耳だぞ。お前より偉いやつがいたのかよ」


「然りじゃ」


「はあー? 俺はこれでもよ、一番偉いっていうジジイにはそれなりに敬意を表してたんだぞ。当座は俺が宇宙で二番目でも我慢してたってのに、お前より上がいる? ふざけんな」


「ヴァルクライ!!」


 バトラ大将がまた叱るように言う。けれど、彼の言葉はヴァルクライに一向に届いていないようだった。


「あーつまんね。ジジイについていけば、山ほど戦えて面白いと思ってたのによ。クソむかつくから、こいつら殺すわ」


 ヴァルクライの言う「こいつら」とは、スズランたちのことだ。彼は今度こそ、彼女をいたぶって殺そうとしていた。


「やめろ、ヴァルクライ!! その少女は無傷で通せとの仰せだ!」


 バトラ大将が怒鳴った。しかし、ヴァルクライは聞き分けない。


 ヴァルクライは片手を上に挙げ、レクトリヴ知覚の手をスズランのほうへを伸ばしてきた。


 にやり、と笑う。


 だが、そこまでだった。


 強烈な衝撃がヴァルクライを襲い、彼はいとも簡単に吹き飛んだ。腕と脚が一本ずつへし折られ、胴体は内側から破裂し、頭から床にぐしゃりと落ちたのだった。


 それから彼は動かない。


 スズランにも、リッジバックにも、なにが起こったのかわからなかった。ただただ、なにか恐ろしい力が、ヴァルクライを叩き潰したという結果だけがそこにあった。


 そして、一瞬のちに、スズランは理解した。これをやったのは、最上層にいる誰か――ミューか、あるいはダ=ティ=ユーラだ。


 頭を左右に振りながら、ギデス大煌王が言う。


「……行くがよい」


 この先なにが起こるのかはまったくわからない。だけど、行くしかないのだと、スズランは理解した。


 ◇◇◇


 トランスポーターで最上階まで行くと、大きな扉があった。この奥に、ギデス大煌王国の真の親玉がいるのだろう。


 意を決して、スズランは一歩、前へを進んだ。


 扉が開く。


 部屋に入ると、そこはまたしても大広間だった。部屋の外殻は透明で、その外の宇宙が透けて見える。


 いまだに砲火が見えるということは、味方の艦隊はまだ生き残っているということなのだろう。


 にゃーん。


 猫の鳴き声がして、見てみれば、足下には黒猫がいた。


 そして、部屋の奥を見ると、よく見知った顔があった。


 ユウキとミューだった。


「ユウキ……。無事だったか」


 スズランはユウキのほうへと近づこうとして――、歩みを止めた。様子がおかしい。


 ユウキは玉座に座っていて、ミューはそのそばでひざまづいていた。黒猫は駆けて彼らのほうへ行くと、ユウキの肩の上に乗った。


「よく来てくれたね、スズラン。――いや、もうひとりのマルスの巫女」


「お前、本当に、ユウキか?」


 スズランのその質問を受けて、ユウキは一瞬きょとんとすると、それから少し遅れて肩を震わせて笑い始めたのだった。


「ははは、おれをその名で呼ぶのかい。無理もないか、姿形は同じなんだからな」


「お前……!」


「ギデスが言っただろう? おれはダ=ティ=ユーラ。銀河の中心で生まれ、人類宇宙を愛し、人類を導く者だ」


「お前が、ユーラ?」


「そういう風に略すのは、きみが初めてだよ」


 ダ=ティ=ユーラはケラケラと笑う。


 今度は、リッジバックが問う。


「人類を導く? お前が言っている導くというのは、ギデス大煌王国に人類宇宙を統一支配させることか?」


「強大な帝国による人類宇宙の思想統一……。それはギデスの案だったし、おれも昔はやってみる価値があると思っていたよ。でも、違った」


「なに?」


「いま、おれがやっていることはね、統合宇宙政体の打倒と、ギデス大煌王国の解体さ。つまり、この人類宇宙から、古い思考形態を一掃するのさ」


「お前……、なにを言っているんだ? 目的は、ギデスの勝利でもなく、統合宇宙政体の勝利でもなく……?」


 スズランはさすがに狼狽した。ギデス大煌王国は統合宇宙政体に勝利するため、統合宇宙政体はギデス大煌王国に勝利するため、戦っていたはずだ。


 なのに、ギデスの黒幕たるダ=ティ=ユーラは、人類社会からすべての政治体制を排除するために動いていた――?


 ダ=ティ=ユーラは笑う。


「きみなら解るだろう、スズラン。おれたちは、いまある枠を越えて、人類が幸福に生きられる世界を目指しているんだ」


 ◇◇◇

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