第六章 天幻要塞・上

第六章 天幻要塞・上(1)潜入、山上の要塞

 果たして、統合宇宙軍は惑星ザイアス周辺宙域のギデス大煌王国艦隊の制圧に成功した。


『聞こえるか、リリウム・ツー。こちら第二十四輸送艦隊。これより、地上部隊の降下を開始する』


 船内に流れてきた通信音声に向かって、スズランはうなずく。


「こちらリリウム・ツー艦長、スズラン。了解した」


『とはいえ、ザイアス要塞は別名天幻要塞とも言われる天幻部隊の本拠地。奴らの相手は特務機関シータのほうが得意だろう。それに、あの城郭に要塞の武装、突破には困難があるだろう』


「ん、そうか……」


 スズランは考え込む。艦長席に座ったまま、頭の上で手を組んで、視線は天井をなぞっている。


「第二十四輸送艦隊、降下については考えがある。独立先行部隊として、特務機関シータが先に突入する』


『なんだって?』


「特務機関シータの少数精鋭で敵の要塞に侵入し、内側から城郭の門を開ける。貴官らは要塞の攻撃範囲外に下りて、われわれの手引きを待っていて欲しい」


 前回、惑星タリバル総督ヌイ中将を拉致したときもそうだったが、スズランの常套手段は、敵の懐に入り込んで内側から崩壊させるという手らしい。


『正気か?』


「正気も正気。むしろ、この状況でくそ真面目に正面衝突をやるほうが危険だよ。特務機関シータに任せてくれ。こっちにはレクトリヴ能力者がいるんだ」


『……わかった。貴官らの働きに期待する。』


 通信は終わった。スズランが立ち上がる。


「さあ、行くぞ、ユウキ」


「話を聞いてて思ったけど、やっぱ出るのはぼくだよね」


「当たり前じゃんか。レクトリヴ能力者で一番強いのはお前だぞ。……心配すんなって、あたしも付いてく」


 スズランは腰に下げたホルスターからブラスターガンを抜き、それから、自身の軍服を見て、また言った。


「軍服だと潜入作業には不向きだな。よし、ユウキ、着替えるぞ。普段着で来い」


「ええーっ」


 抗議の声をあげたが、スズランは取り合わなかった。


 困り顔をしたゴールデン司令が、スズランを引き留めようとする。


「スズラン君。さすがに君たちふたりで先行潜入というのは……」


「ゴールデン司令、ランナ、艦のことは頼んだよ。地上で両軍を衝突させたって、こちらの被害が大きすぎる。地上戦ではどんな兵隊よりもレクトリヴ能力者が有利だけど、一番有利なのはゲリラ戦のときなんだ」


「……あながち、間違いでもないところが大したもんじゃ。反論もできんわ」


「だろ。司令たちはここで待っててくれ。支援が必要なときは連絡する」


「わかった。気をつけるんじゃぞ」


 ◇◇◇


 ぼくとスズランは、軍服から普段着に着替え、要塞から離れた場所へと降下用ポッドで下ろしてもらった。


 赤茶けた大地。茶色い粘土造りの町並み。


 高層建築はかつてたくさんあったようだが、五年前の戦闘で破壊されたままになっているのか、どれも朽ちて廃墟になっていた。


「さあ、街を通って、要塞のほうに行こう。軍人だとばれないようにな」


 砂っ気の多い風に目を細めながら、スズランはブラスターガンをジャケットの内側に仕舞い込む。


「う、うん」


「というか、まあ。私服のユウキとあたしの組み合わせで、軍人だと疑うやつはほとんどいないと思うけどね」


 まあ、そうだけど、さ。


 ◇◇◇


 泥の街を歩いて行く。

 

 家々が粘土で作られているのは、その材質がここ惑星ザイアスにもっとも豊富で安いからなのだろうと思った。


 それが証拠に、過去には未来的な高層建築を建て、そこで人々が暮らしていた痕跡が見られるからだ。


 それだけに、このザイアスでは、五年前に破壊し尽くされた傷跡が治りきっていないということが解ってしまう。


 視界の遠くに見える禿げ山の上に城郭があり、その上に要塞が鎮座している。ギデス圧政の象徴と見れなくもない。


 水すらもままならないのだろうか。人々の着ている衣服は砂埃で汚れていて、誰もかもがくすんだ色をしている。


 誰もかもが疲れた顔をして、力なく歩いている。


 ぼくとスズランは屋台の連なった商業地に入った。


 といって、彼らが扱っているものに目を引くものはない。具のない茶色のスープ、何かの機械部品、得体の知れないアクセサリー、色あせた衣服。そんなものばかりだ。繁盛もしていない。


「ここの人たちは、先の侵略のときに逃げそびれた人たちだ」


 スズランは小声でそう言った。


「そうなんだろうね。ランナさんが言うには、ゴールデン司令も元々ここに住んでいたそうだけど。司令はこの星から避難したと言っていたね」


「うん。その話はあたしもランナから聞いた。……ここの人たちは、もうこの状況から抜け出す余力もなさそうだ」


「ギデスが手を引かない限り、ね」


 ぼくたちは街を抜け、アンビメタルの採掘ポイントへとやって来た。ここでは地面を掘り返しているから、他のどんな場所よりも砂が舞っていて、空気が煙っている。


 男たちが掘削機で地面を掘っている。別の男たちは未精製のアンビメタルをトラックの荷台に積んでいる。


 ギデスの兵隊たちはライフルを抱え、彼らの監督をしている。さぼっていると見なされた男たちは、ギデスの兵隊たちに棒で殴られている。


「あいつら……!」


 ぼくがギデスの兵隊が人々を殴っているところへ駆けつけようとすると、スズランがそれを止めた。


「まて、ユウキ。今ここで暴れるのはまだ早い。あたしたちの仕事は、あの山の上の要塞を内側から開けることだ」


「そ、そうだね」


 ぼくは反省した。今頃、統合宇宙軍の他の部隊も地上降下して、要塞への突入を待っているはずだ。変な騒ぎを起こして時間を無駄にはできない。


「あっちのほうの乗り物が使えそうだ。行くぞ、ユウキ」


 スズランが遠くの小高い丘の上に停車しているトラックを指さす。


 ◇◇◇


 ぼくたちはアンビメタルを満載したトラックの荷台に乗り込んだ。このトラックはアンビメタル鉱石とともに、山の上の精錬所へと人員を運ぶためのものだった。ぼくたち以外にも、数人の男たちが同乗している。


 トラックは発進し、要塞へと向かう山道を走り始めた。


「なんだ、お前たち、見ない顔だな」


 トラックの荷台に同乗している髭面の男が、ぼくたちに話しかけてきた。


「まあね、山の上で働くお父ちゃんに用があって行くのさ」


 スズランがそう、適当なことを答える。


「ふうん。こんなところに娘っ子ふたりで来るなんて珍しいからな。危ないから、今度からは来ないで住むように父ちゃんに言っとけ」


 髭面の男は、ぼくのことも女だと思っている。さすがにこの手の勘違いには慣れてきた。


 ぼくはその髭面の男にきく。


「危ないって?」


「お前らも見ただろ。ここでは、ギデスの兵たちに色々難癖つけられてはぶたれる。今のこの星じゃあ、ろくに稼げる商売もないが、鉱山掘りは一番稼げても男しかやらねえ」


「そんなに酷いんですか?」


「酷いもクソもねえ。黙々と掘ってたって日に二、三発はもらうのは覚悟の上だよ。それが要塞に近い精錬所ともなれば、さらにひでえ状況さ」


「そんな無茶苦茶な。抗議はできないんですか」


「抗議だあ? そんなの無駄無駄。兵隊よりも天幻部隊の奴らはまだまともだがね。嗜虐はザイアス総督ラーム中将の趣味だから、この星じゃあ暴力が一番の正義なのさ」


 ラーム中将、惑星ザイアス総督。彼の拘束または撃破が今回のぼくたちのミッションだ。


 山道を登って、トラックは次第に高度を増していく。先ほどまでいた街が眼下に見える。遠くには地平線が見渡せる。


 要塞のアンビメタル搬入口――七、八人ほどで守りを固めている門――を抜けて、トラックは城郭内に入った。


「鉱石を降ろせ!」


 ライフルを抱えたギデス兵たちが叫ぶ。運転席と荷台に乗っていた男たちは急いでトラックから降りると、積み荷のアンビメタル鉱石を精錬所へ運び始めた。


「さて、行くぞ、ユウキ。要塞のなかで一暴れして、それから正門を破壊するんだ」


「うん。いよいよだね」


 ◇◇◇

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