第二章 惑星ケルティア
第二章 惑星ケルティア(1)この人生、うまくやってやる
朝になると、ぼくはクローゼットの中から適当な服を選んで着替えた。フード付きの薄紫色のパーカーにジーンズという格好になった。これがどのくらい「ユウキ」らしい格好かはわからないが、クローゼットにあった服なのだから、そこまでおかしくはないだろう。
リビングに行くと、程なくしてパジャマ姿のスズランが部屋から出てきた。眠そうに目をこすりながら、リビングに据え付けてある機械を操作し、機械に朝食をつくらせていた。ほんの二、三回ボタンを押すだけで、好みの食べ物が出てくる画期的な機械だ。つくづく、この世界は機械に強力に支援されていると思う。
朝食後、学習用らしい機器をカバンに詰めると、スズランの運転で街にある学校まで送ってもらった。プルノス・アカデミー。まず学校の名前くらいは間違えないように憶えておかないと。
車は校舎の正門前で停まった。あたりには、登校中の学生たちが無数にいた。
「学校が終わったら、また迎えに来るからな」
出掛けるときにきのう着ていたような革ジャン姿に着替えてきたスズランは、運転席から出て、学校へと向かうぼくを見送ろうとしてくれた。
「うん、頼むね。……というか、スズランは学校に行かないの?」
ぼくは気になったことを尋ねた。スズランだってまだ少女と言える年齢のはずだ。だけれど、彼女は優しげにふっと笑って言った。
「あたしは学校は去年卒業したよ。だから心配要らないよ」
すっと、スズランが手を伸ばした。長い指が、ぼくの前髪を撫でる。パンクなファッションと優しい微笑みが不思議な噛み合い方をしている。息が止まるかと思った。
ぼくは――ユウキは、どんな顔をしているだろう。
「行ってらっしゃい」
「あ、うん。行ってきます」
スズランに軽く会釈をして、ぼくは学校の校舎へと向かって歩いた。
◇◇◇
ぼくは学校用のコンピューター端末をカバンから取り出して、学業に関する自分の記録を呼び出した。クラスや座席を端末で探り当てると、それが指示するとおりの教室へ行き、座席に座った。
当たり前の話だけれど、クラスメートは知らない人ばかりだった。向こうからは声をかけてもらえるので、ぼくは知られているらしい。当然か。だけど、ぼくは彼らのことをなにも知らない。
などと思っていると、ぼくのひとつ前の席に、よく知っている顔の男がやって来た。
「か、カイ――」
槐(かい)だ――同じ高校を同じタイミングで卒業したのに、ぼくよりもはるかに上の階級で軍隊に入ってきた、あの槐だ。記憶にある朽木槐少尉よりも幼く、十代後半並みの風貌をしているが……まぎれもなく本人だ。
「ユウキ」カイはぼくを見て目を丸くした。「お前、入院してたって聞いてたぞ。具合はもういいのか?」
「う、うん。まあね」
「何があったか知らないけど、まあ元気そうでよかった。しっかし気をつけろよ。もうすぐアカデミーも卒業なんだから」
「そ、そうだね」
そのあと先生がやって来て、授業が始まった。授業の内容はわかるところもあったが、この世界特有の内容らしい部分については正直お手上げだった。とはいえ、教師がぼくを当てることはなかったから、なんとなく聞いているフリをして椅子に座っているだけで時間が過ぎていった。
◇◇◇
三コマの授業が終わると、昼休み――昼食の時間になった。このタイミングで昼休みになるのは、ぼくが昔卒業した高校と同じだったので、違和感はなかった。
「ユウキ、メシ行こうぜ」
声をかけてきたのはカイだった。正直、自分よりも出世した槐のことを思い出していい気はしなかったが、いまはあまりことを荒立てたくない。誘われるままについて行くことにした。
「いいけど、昼ご飯はもってないよ」
「いつも、販売機で買ってるだろ? いつもの屋上に行くから、その途中で買えよ」
どうもそういうことらしい。幸い、お金はあるから問題ない。この場でいうお金は電子化されて個人情報と紐付けられているので、ぼくが販売機の前に立つだけで、安全に取引がなされる。
屋上でカイをはじめとした四人でランチを食べていると、仲間のひとりが「進路どうする?」と言い出した。
それぞれに、機械部品の製造や運送など、それぞれの卒業後の職業を語っていた。それらのどれも、結局は機械にやらせる仕事なので、本人は働かないのだった。
そんななか、カイだけが、そういったものとは違うタイプの仕事を言った。
「俺はやっぱり、統合宇宙軍かな」
またか。またカイは、軍隊を志望するのか。カイは到底軍人に向いているような体格でも性格でもない。そこはぼくもだけど。
「えーっ、カイ、それって機械がやる仕事じゃないじゃん。せっかく学校が終わるのにさあ」
仲間のひとりがそう言う。カイは首を横に振る。
「でも、大事な仕事じゃん。ギデス帝国の侵攻も予兆があるって話だし、宇宙の平和のために活躍するチャンスじゃん」
仲間たちは「マジかー」というような顔をしていた。そりゃそうだろう。この世界では、働かなくても機械が仕事をしてくれるし、機械が稼いだお金で生活ができる。生活だって機械が面倒をみてくれる。自分で働く必要なんて、どこにもないのだから。
「それで、ユウキは卒業したらなにやるわけ?」
カイは急に、ぼくに話題を振ってきた。とはいえ、ぼくだけがその話をしていなかったから、ある程度自然な流れではあったけれど。
「え、ぼくは……」
「そういえば、もう農家やってたんだったか。じゃあいまと違うのは、学校に行く必要がなくなるだけじゃん。楽でいいよな」
「楽って……」
ぼく自身、正直、けっこう楽なんじゃないかとは思っている。でも、他人に言われるのはちょっと違う。
他ならぬカイに馬鹿にされるのは耐えられない。元の世界でも、たいして実力もないくせに、一芸入試で士官学校に入って、そのおかげで少尉として、上官として入隊してきたあのカイに。
……そうだ。いまのぼくには天幻知覚レクトリヴがある。昨夜、あの黒猫のペシェはぼくの能力を一段階解放していった。この力を見せてやれば……。
「カイ、ぼくも統合宇宙軍に入るよ」
「は? お前が? お前が軍人になれるなら、クラスの女子は全員軍人になれらあ」
いちいちかんに障る。
「その飲み物のボトル、もう使わないよね。ちょっと貸してくれる?」
「別にいいけど。お前が捨てとけよな」
カイから手渡された空のボトルを、ぼくは床の上に置く。そしてそれから、そっと目をつむって、目に見えないはずのボトルの形状を探り当てた。
――よし、ボトルがしっかりと視える。
ぼくは手をかざし、ボトルの周辺の空間を、しっかりと超知覚で撫でていった。その空間のコントロールを、順に掌握していくのがわかる。
想像以上に上手く行っている。
そしてぼくは、かざした手を握りしめた。ボトルの周囲に真空の断層が発生し、ボトルを散り散りに切り裂いた。残ったのは、破片だけだ。
「す、」カイや仲間たちが、素っ頓狂な声をあげる。「すげえ……」
「これってあれじゃん! 天幻知覚レクトリヴ!」
「うん。使えるようになったんだ」
「マジかよ、ユウキ。これって、ギデス大煌王国の天幻部隊の強さの秘密じゃん。お前がこれ使えるって、マジすげえよ」
カイをはじめ、三人の仲間たちは驚き、大騒ぎしていた。
黒猫のペシェは、ぼくがレクトリヴの能力で宇宙の支配さえできると言っていた。いまはそこまでの力は解放されていないけれど、いずれもっと大きなことにこの力が使える。そんな感触はあった。
さっきまでぼくを馬鹿にしていたカイたちが、手のひらを返したようにぼくのことを褒めそやしている。はっきり言って、気分がいい。
天幻知覚レクトリヴが使えるここでなら、ぼくはもっとマシな人生を歩める気がする。現にこうして、あのカイからぼくへの評価はひっくり返すことができた。
この調子で、ユウキとしての人生、うまくやってやる。
◇◇◇
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