第二章 惑星ケルティア(2)もっと強くなればいいのだろうか
昼食後、午後の授業が始まったが、午前中と同じく、なんとなく聞いている振りをしているだけで授業はやり過ごせた。
授業なんかよりも、ぼくが天幻知覚レクトリヴを使えるという噂があっという間にクラスじゅう、学校じゅうに広まっていったことのほうが大変だった。休み時間のたびに生徒たちが「レクトリヴを見せてくれ!」と集まってきたからだ。
最後のコマが終わるころには、ぼくはすっかり疲れてしまっていた。早く帰ろう。帰りの時間になったらスズランが迎えに来てくれるはずだ。
◇◇◇
カバンに端末を詰めて、教室を出る。できる限り他の生徒に話しかけられませんようにと思いながら、階段を下り、正面玄関を出たところで、ぼくの目の前をすっと横切るものがあった。
一機の小さなドローンだった。
ピピッ、ピピッと機械音を出しながら、ドローンは近くに戻ってきて、ぼくのまわりをくるくると飛んだ。
「なんだ、こいつ……」
しばらく歩いても、ドローンがついてくる。よくない予感はしたが、遅かった。
防弾チョッキとヘルメットで武装した黒ずくめの男ふたりが現れると、ぼくを左右から羽交い締めにした。
「な、なんだお前たち……っ!」
「暴れるな! お前はこれから惑星オルガルムに移送する」
「オルガルム……?」
わけもわからず、ぼくはふたりの男たちに連れられ、校舎脇に停まっていた黒いバンに乗せられた。
バンの中では他にも武装した男たちが三人いて、運転席の男を除いたふたりがぼくに銃口を向けていた。
「な、なんだ、お前たち。軍人か」
「軍人も軍人さあ。俺たちはギデス大煌王国軍だ」
「どうしてこんなところに……。ぼくに何の用だ」
「小娘……いや小僧か、お前、レクトリヴの能力を発現したようだな。その能力はわが軍が独占している力だからな。学校なんぞで見せびらかした己のアホさを噛みしめろ」
「ぼくを惑星オルガルム……とやらに連れて行って、どうする気だ」
「ギデス大煌王国の首都惑星オルガルムに着いた先は、強化手術を受けてギデスの兵になるか、拒否して死ぬか。いずれにせよ、俺たちは知ったこっちゃねえ」
「……そうか」
じゃあ仕方がない。全力で逃げるんだ。天幻知覚はバンの天井、ドア、床を撫でている。空間の掌握は済んでいる。
「千切れろおぉぉぉっ!」
「こ、こいつ!」
ギデス兵たちが取り乱したがもう遅い。真空の刃がバンを真っ二つに切断した。
前方と後方とに切り分けられてしまったバンから、ぼくは飛び出し、地面の上を転がった。少し遅れて、車が爆発する。これでギデス兵たちが動けなくなっていてくれればよかったのだが、そうもいかなかった。
ギデス兵たちは武器を担ぎ、体勢を立て直すと、こちらに向かって発砲を始めた。ブラスターライフルだ。
身を守ろうとして両腕を交差したとき、ぼくの前の空間が変質し、敵の兵が放ったビームを四方へ跳ね返した。遠くに比べて、自分の身体の近くの空間を操作するのはずっとやりやすいことに気がついた。
「あの小僧……完全に覚醒していたというのか!」
一発や二発ではぼくを無力化できないと気づいたギデス兵たちは、銃を乱射してくる。さっきの要領で、ぼくはビームから身を守っていたが、こんなことがいつまで通用するかわからない。
とにかく逃げなければ。
ぼくは校舎に向かって、元来た道を逆走した。校舎に逃げ込めば――とは思ったのだが、ぼくの後ろから、銃口を備えたドローンが複数追ってきていることに気づいた。
そして、目の前には、下校中の生徒たちの群れ。
まずい、と思って、ぼくはドローンのほうへと向き直り、それらを撃墜しようとした、が――。
ドローンはもう攻撃を開始していた。ビームを機関銃のように連射するドローン、レーザーを鞭のように振り回して触れるものすべてを切断しようとするドローン、そして、障害物があろうとなかろうと、グレネードで吹き飛ばしに掛かるドローン。
ぼくは横に飛んで転がりながら、近くの空間を操作して盾にしながら身を守ったが……。身体を起こしたときにあったのは、巻き添えを食って撃たれ、切断され、爆発で吹き飛ばされる生徒たちだった。
くそっ、なんとかならないか。
けれど、攻撃はそれで止まなかった。ドローンの攻撃、とくにグレネードは建物の中に入っても建物ごと爆破されるので回避が困難だった。それどころか、いたずらに巻き添えを増やす結果になってしまう。
まずは、学校から離れなければ――。ぼくは地面を蹴り、同時に足と地面の接するところを天幻知覚レクトリヴで操作した。結果、大砲から打ち出されたかのように、ぼくの身体は横方向に向かって飛んだ。この要領で地面を蹴り続ければ、この場から離脱できる。
はず、だ――。
正門を突破して、学校から逃げだそうというところで、ぼくは自分の後方で大爆発が起こるのを感じた。
ヤケになったのか、それともぼくに揺さぶりをかけるためか、ギデス兵はプルノス・アカデミー校舎に直接的に総攻撃を仕掛けたのだった。
「嘘だろ、そこにいるのは、民間人だぞ……」
生徒たちの悲鳴が聞こえる。火の手と爆煙が校舎を包んでいく。
ギデス兵たちは、プルノス・アカデミーを完全に制圧した。
ぼくは一瞬、学校に戻ろうか、逃げようか、躊躇して、ただ唖然とした。だが、やつらのドローンがぼくのほうへ向けて飛んできたのを見て、もう逃げるしかないと思った。
道路を蹴りつける。ぼくはロケットのように走り出した。
◇◇◇
もう撒いたはずだ。息が上がっている。心臓が口から出そうだ。
ドローンの追跡が見えなくなってから、ぼくはカフェに飛び込んだ。ここで客の振りをして大人しくしていれば、ギデス兵の時間を無駄にさせることができる。その間に、正規軍の出動を待てるはずだ。
ギデス兵たちはあれだけお構いなしに学校を爆破したのだ。惑星ケルティアの治安組織が黙っているはずはない。すくなくとも、ぼくの常識ではそうなっている。
ここの常識がその通りであることを祈りたい。
「お客様……?」
怪訝な顔をした店員さんに声をかけられる。こんなに息を切らして入店してきたのだ。この反応は無理もない。というか、ここのカフェの店員さんはロボットじゃないのか。
店内にはそこそこ人が入っている。街中のカフェだ。そりゃあ寂れているわけはないだろう。身を隠すのにはちょうどいい。
「あ、はい。一名で、コーヒーひとつお願いします」
ぼくは店員さんにテーブルまで案内され、椅子に座る。ここで窓の外からできるだけ見えないように気をつけながら、縮こまっていれば大丈夫……。
ピピッ、ピピッ、ピピッ――。
嘘だろ!?
ギデス大煌王国軍のドローンがぼくの周りをしつこく飛んでいた。いつの間にカフェ店内にまでついて来ていたというのか。
少しだけ時をおいて、店の入口のドアが破砕される。そして、ぼくをめがけて、周囲の客や店員さんもろとも、マシンガン・ブラスターでなぎ倒していく。
正気とは思えなかった。でも、これがやつらのやり方なんだろう。ぼくを始末するためだけに、プルノス・アカデミーを破壊し尽くした連中なのだから。
結局、ぼくは逃げようとして、この店を巻き込んでしまっただけだ。
地面を蹴り、ぼくは跳んだ。窓から外へ飛び出すしかない。自分の周囲の空間を操作すれば、怪我をせずに窓ガラスを突き破ることができる。
銃声と悲鳴を後ろに残して、ぼくは一旦その場を離脱した。だが、どこへ逃げても、もうどうしようもない。
ギデス兵を全部倒すしかない。治安組織の到着なんて待っていられない。
店から通りまで高速で移動すると、まずは敵の人数を確認した。黒塗りの車両が二台。その周囲に武装したギデス兵が五人いる。車両の中にもあと数人いると見ていいだろうから、ざっくり七~八人いるという見積もりになる。
「う、うわああああああああああ!」
突貫だ。やるしかない。全員倒すまで、この状況が打開できることはない。
ギデス兵たちはぼくに向かってマシンガンを撃ってきたが、ぼくは身の回りの空間を掌握することで、ビームを四方に跳ね飛ばした。このまま加速して、接近する。
敵の空間の奪取は、敵に近いほどやりやすい。ぼくは右手を伸ばし、一番前にいたギデス兵への攻撃を試みた。
ギデス兵のまわりに真空の刃が発生し、防護ジャケットごとその身体を切り裂く。そいつはマシンガンを取り落とし、後ろ向きに倒れた。
よし、ひとり目だ。
この調子で状況を制圧していけばいい――。
そう思ったのもつかの間、ギデス兵たちからグレネード弾の嵐を浴びせられる。これを受けてはマズいと思い、ぼくはレクトリヴを最大限動員して、ぼくに向かってくる弾を周辺に吹き飛ばした。
ぼくは無傷だったが、周辺の建物が爆発し、火の手が上がる。
炎と、煙と、悲鳴が、このあたりに充満していた。
「くそっ」
レクトリヴは強い。正規の軍隊相手に、単独で戦う力をくれる。でも、そのことは、周辺の人を守る力にはまったくならない。
ぼくは周囲の被害に構わずに戦い続けた。いや、構うことができなかった。
もっと強くなればいいのだろうか。あの黒猫のペシェはぼくの力を司ると言っていた。あの猫に頼みさえすればいいのだろうか。
◇◇◇
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