第二章 惑星ケルティア(3)力がほしい

 数分後、ぼくはすべてのギデス兵を地に伏せさせた。


 二台の車両はそれぞれ真っ二つに切断したし、総勢八人のギデス兵は全員切り裂いて、武器も破壊した。


 立っているのはぼくだけだった。


 空気が煤けていた。周辺の建物という建物からは火が上がっており、そこかしこに弾痕があった。


「――ック、ハアッ、ハアッ」


 休憩の間もなく連戦をして、もう体力も限界だった。だけど、やりきった。ギデス兵のすべてを倒したんだ。


 けれど、そこに、近づいてくるひとりの男がいた。


「貴様がユウキか。どうにも想定以上に天幻知覚レクトリヴを発達させているようだな」


「お、お前は……?」


 相手は、背が高くて、細いゴーグルを掛けた、朱いコンバットスーツを着た男だった。


「俺はギデス軍天幻部隊幹部、グレード二位のフォ・ダ・リッジバックだ。このケルティアには任務の途中に寄っただけだが、通常兵では手を焼くレクトリヴ使いが現れたと聞いてな」


 天幻部隊……? そういえば、ゴールデン所長が、ギデス帝国の天幻部隊という部隊がレクトリヴ能力者を採用しているという話をしていた。


 この男――フォ・ダ・リッジバックはそのレクトリヴ能力者による部隊の幹部だという。


「貴様には選択肢がふたつある。ひとつ、無抵抗でギデス大煌王国に下り、惑星オルガルムまで来ること。もうひとつは、それを拒否してここで死ぬことだ」


「お前の言う通りになんか、ギデス帝国の言うなりになるなんてできるもんか!」


「ならば、よかろう。ここで死ね!」


 リッジバックはそう言うや、右腕を振るった。すると、火焔が巻き起こり、火の玉がぼくに向かって飛びかかってきた。


 これまでビームをはじいていた要領で、ぼくは身を守ろうとした。――しかし、火の玉は逸れない。


「う、あづッッ!!!」


 慌ててサイドステップを踏んだおかけで、直撃だけは避けることができたが、右腕が一瞬で焼けただれてしまった。指一本動かせない。


 天幻知覚レクトリヴでは、レクトリヴによる攻撃を防ぐことができないのか――? いや、あいつが別格なんだ。あいつが、レクトリヴ能力者として格が違うんだ。


 距離はまだ開いていたが、ぼくはリッジバックのいる場所の空間を掌握し、カマイタチを発生させた。だが、リッジバックは無傷だった。あいつは、ぼくの攻撃を防ぎきっている。


 ――と、そこへ、一台の車が駆けつける。ドアが開き、中にいたのはスズランだった。彼女は、ぼくが学校にいないのを知って探してくれていたのだ。


「ユウキ! 逃げるぞ!」


「そんなわけにいかないよ。こいつを倒さなきゃ、ぼくは際限なく狙われるんだ」


「いまはいい! まずは退くんだ!」


「ここでやりきるから。スズラン、ぼくを置いて逃げてくれ!」


 ぼくはレクトリヴを使って地面を蹴り、リッジバックに向かって猛攻を仕掛けた。レクトリヴは遠隔攻撃が可能だが、近ければ近いほど威力は上昇する。いまのぼくには、とにかく相手に近づく以外の方法はなかった。


 ぼくの中で、リッジバックの周辺の空間に触れている感覚が強くなっていく。もっと近づけば、もっと多くを掌握できる。


 もっと、もっと、もっと、今――ッ!


 ぼくの能力は真空の刃となってリッジバックに襲いかかった。リッジバックはそれを防ごうと左手を前に突き出したが、やつの防御を破壊して、その左手を切り裂いた。


 しかし、血のひとつも吹き出さない。バラバラになったリッジバックの左手からは、無数の機械部品が飛び出したのだった。


 こ、こいつ、ロボットか――?


 ぼくが動揺した一瞬のあいだに、周囲の空間が燃え上がった。


「しまっ――」


 もう避けようがない。全身に痛みを感じながら、ぼくはその場に倒れた。防御のためにレクトリヴを総動員している。でも、リッジバックの能力はぼくが防御しようとする試みをことごとく潰してしまう。


「ユウキ!」


 車から降りたスズランがぼくのもとへと駆け寄る。


「ほう、お前は……どこかで見た顔だと思えば、スズランか」


 リッジバックは近づいてきたスズランを見て、そう言った。こいつは、スズランのことを知っているのか……?


「フォ・ダ・リッジバック! 事故で死んだはずでは――」


「五年前の事故を言っているのか? ああ。俺はそのとき、統合宇宙政体においては死んだものとして取り扱われた。だが、ギデス大煌王国に回収され、俺は蘇った。サイボーグとしてな」


 リッジバックは、ぼくが破壊した左手を掲げ、スズランに見せる。キュイ、と機械音がして、左腕からはみ出ている部品が動く。


「さ、サイボーグだって?」


「俺の脳に、天幻知覚レクトリヴの才能があることを、奴らは偶然知ったらしい。奴らは俺に機械の身体を与え、レクトリヴ能力のある機械化兵士を作り上げた。おかげで、俺はギデス内で幹部の座にまで上ることができた」


「そんな……。お前、ギデス大煌王国が統合宇宙政体を侵略していることは知っているんだろう? なぜそんなものに加担する?」


「加担? 笑わせる。俺は幹部だ。天幻部隊を率いて貴様らの宇宙を侵略しているのが他ならぬこの俺だ」


「な、なぜそんな……」


「理由など簡単だ。統合宇宙政体は俺をあのまま死なせるしかなかった。だが、ギデスの科学力は俺を救った。俺はギデスのリッジバックだ。俺を生まれ変わらせ、生かし続けているギデスの側に付くことに、何かおかしなところがあるか?」


「でも、しかし――」


「この小僧は俺が預かる」


 リッジバックは地面に倒れているぼくの髪を掴み、持ち上げた。痛みはない――というか、全身が焼けただれていて、信じられないほどに痛いので、髪を引っ張られたくらいでは何も変わらなかった。


「この小僧、俺のシールドを貫通して左手を破壊した。なかなかの才能を持っているようだ。ギデス帝国本星で洗脳し、天幻部隊に加えたいところだ」


「だめだ! ユウキは渡さない!」


 スズランが両膝を地面につき、ぼくの身体を抱きしめる。ぼくをリッジバックに渡すまいとしている。だけど危険だ。リッジバックの手に掛かれば、一瞬で消し炭にされてしまう。


「俺の邪魔をするというのなら、貴様でも容赦はせんぞ」


「構うものか!」


 スズランは力の限り叫んだ。


「あたしはユウキのためになんでもするって約束したんだ! ユウキを連れて行くと言うんなら、あたしを殺してからにしろ!」


「ほう、面白い」


 リッジバックは右手を上に掲げる。スズランはぎゅっと目をつむる。ぼくはスズランに庇うように抱きしめられたままだ。


 だが、リッジバックは右手を下ろし、きびすを返して立ち去った。


「いくら俺でも、大統領の娘を殺すとなると、独断ではまずい。この場は預けておいてやる」


 リッジバックが歩き、去って行くのを見て、ぼくのまぶたは閉じ、意識が闇の中へと落ちていった。


 ◇◇◇


 ぼくは誰よりも優れた天幻知覚を、レクトリヴをもっているはずだった。


 黒猫のペシェは言ったじゃないか。


『では、きみ、幸福になりたまえよ。優れた者のみ幸福になれるのだとしたら、きみはこの宇宙で最も幸福たりえる存在だよ』


 じゃあ、あのリッジバックはなんだ? ぼくよりも優れたレクトリヴ能力を持ち、ぼくをあっさりと倒してしまった。


 そんなこと、あってはならないはずなのに。


 黒猫がぼくの前に現れる。


「やあユウキ、お悩みのようだね」


「ペシェ! 話が違うじゃないか! きみは言ったな、ぼくがこの宇宙で最も優れていて、もっとも幸福になるって」


「なりうると言ったんだよ。きみの能力は、事実、その一パーセントだって解放されちゃいない。鍵はこちらで預かっているから、慌てないことさ」


「なんだって……」


「さあ、きみはどうしたい? 人より劣った者は、幸福になんてなれない。そのことは、きみが一番よく知っているだろう?」


 そんなことは知っている。ユウキとして生まれ変わる前のぼくは、運に見放され、実力も発揮できず、軍隊でも下っ端に過ぎなかった。まわりを圧倒できるほどの力があれば、立派な肩書きがあれば、全然違う人生を歩めたはずだ。


「ぼくは……、ぼくは、あのリッジバックを超えるくらいの力がほしい! そうだ。あいつよりも圧倒的に強くなればいいんだ……! やつを見返してやるんだ!」


「よく言ったよ、ユウキ」


 黒猫のペシェは目を細めた。


「きみの力をもう少し解放してあげるよ。だけど、身体が治るまでは、もうしばらくお休み」


 ペシェがにゃーんと啼くと、真っ暗闇の中に光る球体が現れた。ぼくはそれを受け取る。


 そうして、また意識が暗転した。

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