第十章 セクター・デルタ(6)ぼくは、あなたを救えない
スズランとリッジバックは、バトラ大将を相手に苦戦していた。
ふたりの攻撃はバトラ大将に通らなかったが、一方でバトラ大将からの攻撃はリッジバックがシールドで防いでなんとか、という状況だった。
リッジバックの出力は、さきほどのミューの攻撃を受けたせいで激減しており、いつ止まってもおかしくない。この状況は打開したい。
そこへ、カイ隊、ジロン隊が駆けつける。宇宙要塞バル=ベリトに突入したときよりも若干数が減ってるが、負傷して艦艇に戻った者もいるのだろう。
「スズラン中尉! リッジバック大佐!」
「お前たちか、協力を頼む!」
「「「はいっ!!」」」
カイ隊とジロン隊は、さっと散開してバトラ大将を囲む。見事に統率の取れた動きだ。
とはいっても、スズランは彼らがバトラ大将を撃破できるとは思っていない。彼らを壊滅まで追いやったとしても、勝てるかどうかは正直疑わしい。
スズランはリッジバックの肩を叩いて合図する。ふたりはバトラ大将の周囲を回り込み、カイたちが来た方へと位置取ると、こう宣言した。
「全員、撤退! 撤退!」
カイやジロンも、バトラ大将を相手に勝ちきれるとは思っていなかったのだろう。撤退命令に即応して、全員でさっと元来た道へと駆け出した。
バトラ大将は、撤退していくスズランたちを追わず、ただその場で見送った。彼もまた、少々負傷しているし、武装も万全ではない。
通信機が鳴る。バトラ大将はそれを耳に当てる。
『バトラ大将か。首尾はどうだ』
「これは、大煌王陛下。……思わぬ邪魔が入り、何割かのブロックを喪失しましたが、バル=ベリトは健在です。艦隊はほぼ万全ですし、惑星マルスの占領任務は続行できます」
『ならばよい。ときに、ミューはそこにいるのであろうな?』
「は、はあ。ええ、まあ」
『あれの出番は近い。惑星マルスでの任務のあと、本国へ無事に移送するようにな』
「は、かしこまりました」
そこで通信は終わる。バトラ大将はしばらく通信機を見つめたのち、深い溜息をつく。
「ミュー大将は回収せねばなるまいか……」
◇◇◇
ミューは、立てなくなったネージュの上体を起こすと、愛おしげに抱きしめていた。
まるで、小さな女の子がお気に入りのクマのぬいぐるみに対してするかのように。
ネージュは両脚が動かせない。それに、脚以外にも知覚が混乱しているようで、ミューが支えていなければ、すぐに床に転がってしまいそうになっている。
「ネージュから、離れろ!!」
ぼくはミューに飛びかかり、ネージュから引き剥がした。不思議なことに、ミューは腕力ではそれほど強くなく、そして抵抗することもなくネージュを手放したのだった。
ネージュはまた、力なく床に転がる。
ぼくはミューの胸ぐらを掴み、壁に押しつける。
そこからは、見えない腕――天幻知覚レクトリヴの仮想上の腕での、支配空間の取り合いだった。カマイタチ、衝撃波、スパーク……お互いの攻撃が激しく飛び交い、そしてお互いにそれを防いでいた。
ぼくの挿し込んだ超知覚の腕が、ミューのシールドを引き裂いたのを感じた。頬に首筋に……、急所となる場所を確実に掴めた感触があった。
天幻知覚の腕は、いまや彼女の周辺の空間を確実に押さえていて、彼女の超知覚がそれを引き離そうとするのを、固く拒絶していた。
完全に、ミューを圧倒していた。あとは、能力に火を付けるだけ。それだけで、彼女を切り裂くことができる。
ミューは儚げな瞳でぼくを見つめた。けれども不思議と、そこには怒りも憎しみもなかった。焦りも恐怖の色も見えない。ただ、目の前にいるぼくの顔を、興味深そうに見ているのだった。
彼女は両腕を下ろし、それと同時に天幻知覚の腕も引っ込めた。一切の抵抗はしないということか。
その表情が、惑星ザイアスで会ったときの、ボロボロの衣服を着ていたときの彼女を思い出させる。
かすれた、呟くような声で、ミューは歌う。その歌にも、聞き覚えがある。あの夜、アルムの丘の宮殿の屋根の上で、彼女が歌っていたものだ。
「な、なにを……」
ぼくの声はうわずっていた。戦いには勝った。勝ったんだ。そのはずなのに。
ミューが無心で見つめ返してくる、その瞳が、怖い。
「あなたに殺されるなら、いいわ」
彼女の声は、ほとんど耳打ちのようだった。
「だ、だって……」
「わたしは、あなたを待っていたの。あなたが望むこと、なんでもしてあげたいのよ。あなたは――」
ささやく声が、ぼくの耳の中で響く。
「ぼくは――」
「わたしは、あなたにしか救えない」
「ぼくは、あなたを救えない――!」
ミューの胸ぐらを放す。彼女はその場に、無言で座り込む。そして、じっとこっちを見ている。
ぼくはそれが怖くて、一歩、二歩と後ずさりをした。
力で圧倒できたはずなんだ。ギデス天幻部隊のトップを、ついにぼくの力が超越した――はずなんだ。
なのに。
なのに、どれほど強くても、ミューを救えない。
なんで。
どうして、こんな……。
◇◇◇
足下で、ネージュがうめく。
「ユ、ユウキ……」
「ネージュ、無事か?」
ぼくはネージュのところに駆け寄り、彼女の上体を起こした。先ほどよりは知覚が回復しているようで、疲弊はしているけれども、様子は落ち着いてきている。
相変わらず、彼女の両脚は動かない。
「なんとかな……。レクトリヴ知覚がなくなってしまったように感じるが……。身体のほうは大丈夫だ」
「よかった……」
不意に、ぼくの通信機が鳴る。スズランからだ。ミューの行動に注意を払いつつ、ぼくは通信機を耳に当てる。
『ユウキ、生きてるか?』
「もちろん」
『特務機関シータは、お前たち以外全員、艦に戻った。あたしたちは、これからリリウム・ツーでお前を収容する。マーカーを送ってくれ』
「わかった。頼むよ」
通信が終わる。全員無事という知らせに、ほっと胸をなで下ろす。
しばらくのちに、また通信機が鳴る。
『お前たちがいると思われる漂流中のブロックを発見した。問題はどうやってこちらに乗り移るかだが……』
「スズラン、ハッチを開けていてくれたらいい。多少の空気なら、身体の周りに固定して宇宙空間に飛び出せると思う」
『……そうか。それが出来ると言うなら、お前を信じる』
「大丈夫だよ」
ぼくは通信機をジャケットの内側に仕舞い込む。
ただ、ひとつだけ問題がある。ぼくたちがここからリリウム・ツーへ向けて飛び出すには、ぼくたちがいるブロックの隔壁を上げる必要がある。でも、そうすると、このブロック内の空気は抜けていってしまうだろう。
「ミューさん、リリウム・ツーに来る気はないか? ぼくたちはここを出るから、ここの空気は薄くなると思う」
けれど、座ったまま、ミューは首を横に振った。
「わたしはここにいる」
「でも……、ここは危険で……」
「わたしの力があれば、空気をここにとどめておくことは問題ないわ。ちょうど、あなたたちが自分の周りに空気の層を維持しようとしているのと同じやり方よ」
それもそうか、と考え直す。ミューのレクトリヴ能力は並外れている。それくらいのことはできるだろう。
ぼくは、立てなくなっているネージュを抱き上げる。
「ユ、ユウキ!」
「ごめん、しばらく我慢してね。ネージュ」
身体の周りに空気の層を固定すると、ぼくは壁にあった隔壁のコントロールパネルを操作する。
一度隔壁を上げ、そして隔壁を下ろす操作をしたところで、下がりつつある隔壁をくぐって、ぼくは宇宙へ駆け出した。
ぼくの背後で漂流しているブロックの隔壁が下りていくのを感じる。
ネージュを両腕に抱えたまま、つかの間の宇宙遊泳だ。
目の前にリリウム・ツーの開かれたハッチが近づいてくる。
◇◇◇
ぼくとネージュはリリウム・ツーに帰ってきた。
ネージュはすぐに、艦内の医務室へと運ばれていく。
今回の作戦では、リッジバックも相当損傷を受けたし、ネージュは両脚の機能を失ってしまった。他にも、負傷したレクトリヴ能力者隊で医務室は一杯だった。損害は大きい。
けれども、戦功はそれなりにある。宇宙要塞バル=ベリトはもう『漆黒の法』を撃つことができない。バトラ大将は討てなかったけれど、まずまずの成果だ。
それに、誰も失わなかったということは大きい。それだけは、救いになる。
統合宇宙軍艦隊はほとんど壊滅状態だった。少なくとも、セクター・デルタに残っている艦船はほぼない。この宙域では、統合宇宙軍は完全に敗退したのだ。
少なからぬ損傷を負ったリリウム・ツーが、その翼を休める場所は、惑星マルス以外になかった。
銀色の金属で覆われた、不毛の惑星、マルス――。
ここにも、かつては人が住んでいたのだという。
宇宙要塞バル=ベリトとギデス軍艦隊は、この惑星マルスを占領しようとしているから、危ない賭けだったけれど……。ぼくたち特務機関シータは、惑星マルスに不時着して、体勢を立て直すことに決めた。
ギデス軍に見つからずに、うまくやれればいいんだけれど。
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