第五章 ザイアス宙域(3)宣戦布告、そして艦隊の激突

 それから数日が経って、ぼくはふと、ニウス博士がいるという拘置所を訪れてみることにした。


 今回は、スズランも一緒だ。彼女も暇を持て余していたようなので、ニウス博士への面会を提案してみたら、車を回してくれることになった。


 統合宇宙政体ビシュバリク拘置所と呼ばれる建物までやって来ると、手続きを済ませて奥へと進んだ。


 独立した構築のなかに、ニウス博士はいた。


「は、は、二十八個めの太陽」


 ニウス博士はぼくたちを見るなり、そう言った。まるで意味が通らない。


「ぼくらを憶えていますか? ……というのも変ですけど、あの商船を奪取した者です」


 ぼくが話しかけても、鉄格子の向こうのニウス博士は反応しない。


 変わりに、スズランが彼に話しかける。


「いま、あたしたちの機関であんたのフラウロスのことを調べてる。見事な作りだとみんなが誉めてる」


「あー、あー、あー、自明、自明、自明である」


「でもさ、知りたいのは、あの超兵器の開発、あんたの本国ではどんな風だったんだ? あれ以外にも何かつくったのか?」


「転がり落ちる蝶の音、実験、実験、実験」


 ニウス博士の返事はどれも返事にはなっていない。いや、返事ですらないのかもしれない。彼は独自のリズムで言葉を発し続けているだけで、ぼくたちのことなど構っていないのだ。


「無理だよ、その男。なにをきいても意味がないんだ」


 呆れた風にそう言ったのは、面会を見守る約束でついて来た、この拘置区の担当者だった。


「ずっとこんな様子なんですか?」


「ああ。統合宇宙軍の取り調べにもずっとこの調子さ。おかげで、何の情報も引き出せずじまい。無害ではあるがね」


「はあ……」


 そんな会話の間も、ニウス博士は意味不明の文言を呟き続けている。そして、壁に掛けてある通話機を取り、ランダムと思われるような無茶苦茶な番号を押して、コールを開始した。


「深い溝、ぎっこん、ぎっこん、周縁、なめらか、欠乏」


「あの、あれ、いいんですか? 外部にコールしてるんじゃ……」


 ぼくが尋ねると、拘置区担当者は首を横に振った。


「あれがないと暴れるから与えてるんだが、どこにも掛かってないんだよ。存在しない番号を呼び出してる。それに、会話内容も録音しているが、意味のあることはひとつも話してない」


 拘置区担当者がそう言っている最中も、ニウス博士の口から出てくる言葉は何ひとつ意味が通らなかった。


「かち、かち、かち、オイル、伝導体、歩く速さで」


「統合宇宙政体や学者たちがなぜあんな男を重要視するのかわからんよ。どうみたって、頭のいかれたやつじゃないか」


 ぼくは考え込んでしまった。これが本当に、ランナ博士が言うような、宇宙最高の天才なのだろうか? 天才過ぎて一周回ってバカに見える? いや、まさかそんな。


「ユウキ、ここにいてもしょうがないぜ。帰ろう」


 スズランはもう、ここにいることに飽きてしまったみたいだった。無理もないとは思う。ぼくだって、ここまでニウス博士がぼくたちに反応を示さないとは思わなかった。


 ぼくたちは、何も収穫がないまま、拘置所をあとにしたのだった。


 ◇◇◇


 そして、いよいよ、統合宇宙軍全軍の出撃のときが来た。


 ぼくたちの船は、目的地に向けて時空跳躍に入った。この技術はよく解らないが、ある種の空間を短時間で飛び越える追い越し車線のようなものらしい。

 

 惑星ザイアスに向かうのは、統合宇宙軍の第六、第七、第八艦隊ぼくたち特務機関シータの三隻の航宙艦――リリウム・ツー、エージー、ビーエフだった。


 統合宇宙軍艦隊にはベイル級機動母艦三隻、およびガリア級フリゲート艦四隻、キバ級コルベット艦十二隻が含まれているという。


 これが多いのか少ないのかはわからなかったが、惑星ザイアスの守備に当てられている機動母艦は二隻というから、おそらく充分量以上が配置されたのだろう。


 ぼくとスズランが乗艦したのはもちろんリリウム・ツーだ。これはスズランの個人所有の船だが、フラウロスを始めとしたありったけの武装を載せて、いまは統合宇宙軍の識別をもっている。


 リリウム・ツーにはゴールデン司令もランナ博士も乗っている。それに、特務機関シータの職員たち、操舵を担当する統合宇宙軍の兵員、そして数名のレクトリヴ能力者たちも。


 ほとんどのレクトリヴ能力者たちは、航宙艦エージーとビーエフに分かれて乗艦している。彼らの出番は、主に地上降下後だ。


 惑星ザイアスが近づいてくる。統合宇宙政体から宣戦布告がなされ、全艦隊は第一種戦闘配備となる。


 リリウム・ツーの艦内に通信音声が流れる。


『先遣隊の報告によると、敵宙域戦力は機動母艦二隻、フリゲート艦五隻、コルベット艦十四隻。いずれも我がほうに向け布陣しているとのこと』


「なるほど、敵さんも準備万端というわけか」


 と、艦長を務めるスズラン。


『本作戦は宙域艦隊戦にて制宙権を確保したのち、輸送艦隊が降下、ザイアス要塞を制圧して完了する。ザイアス要塞は天幻部隊の本拠地であり、天幻要塞とも呼ばれる。地上制圧作戦には特務機関シータの協力に期待する』


 スズランをはじめ、ゴールデン司令など、リリウム・ツー艦内の人々がうなずく。


『なお、この惑星は希少金属アンビメタルの鉱床が豊富にあると知られており、住民の多くが強制労働を強いられている。われわれの手で彼らを解放しよう』


 艦内前方の大きな画面に、赤茶けた大地に包まれた惑星ザイアスの映像が映し出される。そして、その惑星を背後に、複数の艦影が見える。敵艦隊だ。


 ギデス大煌王国がなぜ惑星ザイアスを侵略したのかはぼくにはわからないが、そういった希少性の高い資源があるということは、その理由だったのかもしれない。


 いよいよ、宇宙での戦闘開始だ。いかに天幻知覚レクトリヴという能力を手に入れたとはいえ、宇宙空間ではぼくにできることはほとんどない。


 敵の周辺の空間を掌握して操作する――というレクトリヴの一連の流れにおいて、艦隊戦はあまりにも遠距離で行われるし、またあまりにも巨大だ。


「なんだユウキ、緊張してるのか?」


 軍服を着たスズランがぼくの肩を力強く叩く。


「う、うん。まあね。艦隊戦は初めてだし」


「まあ、あたしの采配とこの艦――リリウム・ツーに期待してろよ。お前のことは絶対に守ってやるからな」


「うん、期待してるよ、スズラン」


 ◇◇◇

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