第十一章 惑星マルス・上(6)愛さえあれば五千年なんて
ぼくたちはザネリウスの小屋でくつろいでいた。ザネリウスは非協力的で、マルス・レコードについて何も教えてくれなかったけれども、休憩するだけの場所とお茶とお茶菓子は与えてくれた。
不意に、小屋の外が騒がしくなったと思うと、入口のドアが叩き破られ、武装した兵士たちが駆け込んできた。ぼくたち全員に向かって銃口を向ける。
ギデス兵だ。
悠然と、隊長格らしい男が、その後から入ってくる。
「ザネリウスというのは、どいつだ?」
ギデス兵隊長にそう問われて、ザネリウスは手を挙げる。
「俺だが?」
「貴様がこの惑星マルスで唯一、マルス・レコードを操作できる者だと、フォシン地下集落で耳にしてな。それは本当か?」
「本当だ」
「ならば来い。貴様のようなやつが存在して、邪魔をされないとも限らんし、ニウス最高研究主任に引き渡せば、役に立つやもしれんからな」
「断る」
ザネリウスはあっさりと言い切った。一切の躊躇がない。エンジニアながらギデス軍の兵士を恐れていない。ニューマ・コアの使い手という話だったけど、相当強いということなのだろうか。
「なんだと、貴様!」
「俺はお前たちの邪魔もせんし、協力もせん。俺のことは放っておけ。お前たちのことなぞ知らん」
「貴様、この状況がわかっとらんようだな」
ギデス兵隊長は、表情に怒りを露わにする。
「お前こそ、わかっとらんのか。ここは俺の家だ」
いや、ザネリウスの家であることは、ギデス兵たちもわかっているだろう。
ギデス兵隊長はいらだち紛れにドアを叩くと、そこに少女の写真が貼り付けてあることに気がついた。兵隊長はその写真を剥ぎ取る。
「なんだ、これは。お前の娘か? 歳の離れたきょうだいか?」
指でつまんでピラピラと写真を振るギデス兵隊長。ザネリウスはここへ来て初めて、感情を明確に表した。
怒りだ。
「お前えええ! フリアから手を放せ!!!」
「フリア? この娘の名前か――!?」
全部言い切る前に、ギデス兵隊長の頬に拳が炸裂する。あまりにも早くて、ぼくさえも見逃していた。ザネリウスは気づかないうちに、ギデス兵隊長との間合いを詰めていた。
狼狽したギデス兵たちがブラスターライフルの引き金を引く。
ぼくはスズランの前に立ち、シールドを展開して彼女を守った。
驚いたのは、ザネリウスやタケシマ老人は、まるでブラスターライフルのビームが見えているかのように、なめらかに回避を行っていたことだ。いや、ビームが彼らを避けているとしか思えない。
「行くぜ、闇黒冥王烈破!!」
ザネリウスの両の拳に、黒い炎のようなエネルギーのほとばしりが見える。彼がなんだか強そうな技を使っていること、そして、技の名前を言いながら繰り出していることに、ぼくは驚いた。
いや、驚いてばかりもいられない。ぼくたちも加勢しなければ。
例によって、ぼくとカイはギデス兵たちに衝撃波を食らわせて、小屋から蹴り出していく。
「退却、退却――ッ!」
ギデス兵たちが騒ぎながら、ノックアウトした兵隊を担いで逃げていった。あの兵隊長も同様に引きずられていった。
◇◇◇
兵隊たちが去り、小屋に静けさが戻る。
「あっ、フリアはどこだ? フリアは無事か?」
ザネリウスはあたりを見回す。「フリアは」と言っているが、例の少女の写真がどこにいったのかを探しているのだろう。
「これだろ。さっきギデス兵から取り上げといたよ」
スズランの手には、少女の写真があった。ザネリウスはそれを大事そうに受け取ると、作業机の上に置いた。
「ああよかった。フリア……」
「フリアというのか、その子」
スズランはザネリウスにそうきいた。彼女は特段、彼のその写真への偏執的なこだわりを変だとは思っていないようだ。
「ああ。素敵な子だろう?」
「素敵な子だ。どこにいるんだ? 惑星マルスにいる子なのか?」
「いいや、フリアがいるのは惑星テラだ」
ザネリウスは何を言っているのだろう。惑星テラは五千年以上前に滅んだはずだ。
「惑星テラ?」
「そうさ。彼女はフリア・メンドーサ・ベラスケス。フリアは五千年前の惑星テラに、そして俺はこの時代の惑星マルスにいるけれど、ふたりの心はずっと通じ合っているんだ」
いや、ちょっと何を言っているのか解らないな。
「その子は――フリアは歌手だったのか?」
「そうそう。フリアの歌は素晴らしいんだ。ライブラリには彼女の歌があるから、あとで聴かせてやるよ。彼女は九歳のときにデビューした世界的な歌手なんだ。この写真はその最初のライブのものなんだ」
「そんな貴重な写真がよく残ってたな」
「この写真の価値がわかるか! お前なかなか話が解るやつだな。えっと……、名前なんだっけ?」
「スズランだ」
「そう、スズランね。俺は初めてこの写真を見たとき、フリアこそが運命の人だと気づいたんだ。そのとき俺は奇しくも九つだった。俺はその場で理解したんだ。彼女がずっと俺を探していてくれたことに」
これは「ちょっと変わり者」で済む話じゃない。ザネリウスは明らかに、「かなりヤバい人」だ。
「美しい話だな」
「そうだろう。フリアは俺の自慢の恋人なんだ」
そこへ、耐えきれずにカイが割り込む。
「ちょっといいか。あんたはその少女に会ったこともないんだろ? というか、五千年も前の人間なんだから、会えるわけもない。なのになんで――」
ザネリウスは煙を浴びせられたかのような、渋い表情をする。
「おっと、お前、愛に歳の差を持ち込んじまうタイプか? あいにくと、俺は愛があれば歳の差を気にしないたちなんでね」
「ええと、歳の差というか……、だな」
「五歳差ならどうだ? 問題ないだろう。十歳差なら? 二十歳差なら? 俺は気にしない。だから、五千歳差があろうと俺には障害にならない」
「そういう話かなあ、これ……」
さすがに、カイはザネリウスの論理に水を差すのを諦めた。根本的なところで考え方が違いすぎる。
「つまるところ、お互いに愛があれば成立するんだよ。彼女は俺を愛しているし、俺は彼女を愛している。お互いにわかりあっているんだ」
何故そう言いきれるのだろう? でも、ザネリウスには、そのことについて果てしない確信があるようだ。余計なことは言わないほうが良さそうだ。
「素晴らしいな!」
と、スズランはザネリウスを褒め称える。彼女には伝わっているのだ。彼の言う、愛の形が。
――だが、彼女はぼそっと「ヤバい」と言う。あっ、違うこれ。伝わっているわけじゃない。
「そういえば、お前たち、マルス・レコードのことについて教えてほしいとか言ってたか? お前たちになら見せてやってもいいぞ」
「本当か? ザネリウス」
「ああ。俺のことはザンでいい。こっちの端末から見せてやるから、まあ来いよ」
結果的によかった、ということでいいのだろうか。
◇◇◇
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