第十二章 惑星マルス・下(3)解き放たれた力

 結論から言うと、ヴァルクライの相手をするのは、カイでは厳しかった。


 相変わらず、ヴァルクライの攻撃――マイクロブラックホールをつくりだして一定範囲のものをすべて圧し潰す攻撃――は規格外だった。攻撃が始まった時点で、相手の立場はもう絶対絶命なのだ。


 カイときたら、ヴァルクライの攻撃を避けずに防御しようとしたりするものだから、ぼくがカイに衝撃波を当てて跳ね飛ばし、無理矢理攻撃を回避させるということが必要になっていた。


「ユウキ!」


 何度か衝撃波で吹っ飛ばしたカイが、ぼくに向かって言う。


「なに?」


「すまん! 助かる!」


 てっきり文句でも言われるのかと身構えたけれど、カイが口にしたのはお礼だった。


 意外だった。――というより、ぼくがカイについて悪く考えすぎなのだ。カイはよく考えなしで、人の気持ちを考えない言動をする。だけど、いつも悪意はもっていないのだ。そんなカイに対して嫉妬の炎を燃やし、いつも敵視していたのは、かつてのぼくのほうだ。


 いつ戦いに飛び込もうかとハラハラしているスズランに、ザネリウスが声をかける。彼はこんな状況で、落ち着き払っている。


「スズラン、お前、敵の動きを止められるか?」


 突拍子もない内容に、スズランはいぶかしむ。


「止める? 止めるってどうやって?」


「お前の脳は、そして身体は、もう宇宙と繋がっている。ひとまずは惑星マルスの力を借りて、やつをその場に釘付けにしてみろ」


「そんなこと、どうやって……。いや、やってみよう。ザンがそう言うってことは、あたしにはできると思ってるんだろう?」


 スズランがそう言うと、ザネリウスは無言でうなずく。


 すっと深呼吸して、彼女は手をヴァルクライのほうへと伸ばす。レクトリヴ能力者のように、知覚の腕が伸びていくわけではない。何が起きているのかを知覚するのは難しかった。


 それは言うなれば、調和だった。スズランが宇宙となり、宇宙が自ら意思を持って彼女を助けようとするかのようだ。


 ヴァルクライの両脚が大地に固定される。続いて、両腕が動かせなくなる。惑星マルスから発せられる不思議な電磁波によって、やつのからだがその場に“吸着されている”かのようだ。


「く――くっ! なんだこれは!」


 黒尽くめのヴァルクライも、自分の身体に不思議なことが起こっていることには気づいた。


 その隙を突いて、カイがヴァルクライを急襲する。衝撃波の強烈な一撃。しかし、やつの強固なシールドは健在で、それを破ることはできない。


 ヴァルクライが予備動作なしで、カイにマイクロブラックホールを投げつける。それに合わせて、ぼくがカイの位置を衝撃波を利用して調整する。カイは上手く攻撃を回避できた。


 けれども、これでカイの攻撃はヴァルクライに通用しないということが判ってしまった。


「この攻撃……、小娘、貴様か!!」


 電磁波攻撃の源がスズランであることは、ヴァルクライにもわかったらしい。やつはレクトリヴ知覚の手をスズランのほうへと伸ばし、彼女の周辺を掌握しようとした。


 当然、それはぼくが押さえに掛かる。ぼくの天幻知覚は以前よりもさらに鋭くなっている。ヴァルクライが伸ばした知覚の手を掴み、片っ端からへし折っていく。


「!!」


 ヴァルクライは驚愕の表情を浮かべた。だが、自業自得だ。やつは、スズランを攻撃するときに全力をださなかった。やつの目的は、スズランをいたぶって殺すことであって、殺すことそのものじゃない。だから、やつの知覚の腕を捕まえるのは難しくなかった。


 その間に、ザネリウスがヴァルクライの懐へと一足飛びに跳び込む。一瞬で間合いの中に敵が入ってきたのにやつは驚いたけれども、やつはいま、身じろぎひとつできない。


 ザネリウスの拳が炸裂する。左、左、右! 一撃ごとに、黒い炎が巻き起こる。効いている。ヴァルクライの周辺に構成されたシールドがへし曲げられ、攻撃が通っていることがわかる。


 ◇◇◇


 その間に、ぼくの背後に隠れているミューの背に乗っている黒猫のペシェが、またぼくに耳打ちする。


「この隙に、バル=ベリトを破壊してしまおう」


「なんだって? こんな状況で、バル=ベリトに侵入して、動力炉を破壊しろっていうのか?」


 黒猫のペシェは笑う。


「ははは。何を言っているんだい。いまやきみはすべての力を取り戻した。あれを潰すことなんて、ここからでも簡単だよ」


「あれを……、ここから……?」


「そうさ、まえに戦艦を斬ったときのようにね」


 ぼくは思い出す。惑星ザイアス宙域戦においてリリウム・ツーが窮地に陥ったとき、ぼくらを狙っていたコルベット艦が突如真っ二つになったことがあった。


 あれは、やっぱり、ぼくがやったというのか――?


「いまのきみは、あのとき以上だからね。宇宙要塞を斬ることくらい、なんということもないさ」


 そんなばかな、でも……。


「ミューのことはおいらに任せておくがいいさ。全神経をバル=ベリトに向けて、思い切り斬って捨てればいい。そうすれば――」


 もし、そんなことが可能だとすれば、宇宙要塞バル=ベリトに侵入して内部から破壊するというミッションが不要になる。やってみる価値はある。


 ぼくは宇宙要塞バル=ベリトに向けて、天幻知覚レクトリヴの手を伸ばす。自分でも想定しなかったほどの無数の手が、ぼくの脳から宇宙要塞に向けて飛んでいく。


 まさか。まさか、こんなにたくさん、腕が出るとは。あの巨大構造物が、細かなところから、すべて余すことなく、把握できてしまうなんて。――思いもしなかった。


 大風が吹く。ぼくがつくりだした巨大な真空の刃が、あたりの空気を吸い込んでいるのだ。


 戦艦よりも巨大な構造物である宇宙要塞バル=ベリトを、上から下まで、まるごと引き裂いた。


 真空の刃が、振り下ろされた斧のように、宇宙要塞を叩き潰していく。そして、その外壁に張り巡らされた天幻知覚の手が、要塞の胴体を暴力的に左右に引きちぎる。


 轟音を立てて、宇宙要塞バル=ベリトが崩れゆく。無残に各ブロックが崩落し、大地に落ちては地響きと砂煙を巻き起こす。


「な……っ!」


「なんだって……!?」


 カイとスズランが、驚きの声をあげる。そりゃあ、驚きもするだろう。ぼくだって信じられないんだから。


 研究サイトのギデス兵たちも、崩壊するバル=ベリトに目が釘付けになっていた。みな、泡を食っている。


 なんということだろう。


 統合宇宙政体連邦政府機能ステーション・ビシュバリクを無残に破壊し尽くした宇宙要塞バル=ベリトは、ぼくの一撃のもとで崩れ去ったのだ。


「まさか、要塞を外からそのまま斬ってしまうなんて……。これがあれば、ギデスの最終要塞エルツェンゲルさえも、外から無力化してしまえるんじゃないのか――」


 スズランの言うとおりだ。こんな力があれば、いままでのような、敵の懐に潜り込んで内側から破壊するような方法が必要なくなる。


 ところが、振り返ると、ミューが神妙な顔つきをしていた。さきほどまでのふらふらした感じはない。


 ――天幻知覚を取り戻している?


 ぼくはバル=ベリトを切断するために、ミューの脳のロックを手放してしまっていた。その間に、ギデスの兵器研究所にスイッチを入れられたということか……?


「ミュー……?」


 ぼくはその名を呼んだけれども、彼女はこちらに一瞬視線をくれたあと、肩に乗った黒猫のペシェのほうを見る。


「ペシェ」


 彼女は、この黒猫のことを知っている……?


「やあ、ミュー。しばらくぶりだね。こちらの準備は整ったよ。そちらの用意もできたようだね」


 ペシェが人の言葉を話したので、スズランは「猫が喋った!?」と驚いていた。そうだ。ペシェはぼく以外の人間の前では喋らなかったはずだ。それがなぜ、いまになって……?

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