第十三章 エルツェンゲル

第十三章 エルツェンゲル(1)惑星オルガルムの空へ

 特務機関シータの艦船、リリウム・ツー、エージー、そしてビーエフが惑星マルスを離れると、彼らは一時的に惑星ケルティアで艦船の修復作業を行った。


 それから、惑星ケルティアから惑星オルガルムへ向けて出発すると、旧統合宇宙軍の艦隊と連絡が取れるようになっていた。


 会話をしてみると、惑星ケルティアのガダル少将の艦隊と、惑星ステリッツのペルール少将の艦隊が、連合して惑星オルガルムを攻める予定だという内容だった。


 ペルール少将はギデス軍に対する多方面同時攻撃までは大佐扱いだったが、連邦政府機能ステーション・ビシュバリクが消滅してから、将官級人材の不足を理由に少将に昇進したという。


『われわれ両艦隊は、連合して惑星オルガルムを攻める。貴殿の特務機関シータも、同じタイミングで降下してはどうか?』


 ガダル、ペルール両少将がスズランを贔屓しているのは、彼女のこれまでの戦功もさることながら、前・統合宇宙政体大統領の娘という特別な政治的正当性を味方に引き入れておきたいという意図もあるのだろう。


「本機関は貴殿らによる防衛を必要とするが、逆に本機関では貴殿らを守護することはできない。早い話が、本機関は貴殿らの艦隊を盾として扱うことになる。それでよければ、お受けしたい」


 スズランの回答は極めて単純だった。なにも包み隠していない。避けられない事実と意図とを、まっすぐに話しただけだ。


『それで構わない。戦争終結に向けて、少しでも期待が持てることがあれば、それをやらない手はないということだ。よろしく頼む、スズラン少佐』


 スズランは惑星ケルティアの軍から、少佐の階級を与えられた。もともとの中尉の階級は統合宇宙政体から与えられていたから、連邦政府機能ステーション・ビシュバリクが消失したいま、昇進が継続しているのはおかしな話だ。


 それだけ、ケルティア星系政府は彼女の存在を気にしているということだろう。


 スズランはいまさら階級が上がることは気にしなかった。勝手に高い階級で呼ばれることについては放置だ。


 通信が終わる。


 リリウム・ツーは惑星オルガルムに向けて、時空跳躍を繰り返していた。惑星マルスで、そして惑星ケルティアで艦船の修復作業を行っていたから、ミューからはかなり遅れているはずだ。


「いよいよね、スズラン艦長」


 ブリッジの一番前に表示されている時空チャートを見ながら、ランナ博士がそう言った。


「うん。ここからが大一番だ。ランナが強化してくれたフラウロス、有効に使わせてもらうよ」


 一時的に惑星ケルティアに降りたとき、ランナ博士は技術者たちを集めて、短期間で兵装のアップグレードを行った。そのときに、リリウム・ツーの主砲である確率干渉ビーム砲・フラウロスの改修を実施したのだった。


「ええ。いまのフラウロスは二発までなら発射できるわ。宇宙最高の天才に、一歩だけ近づけた気分よ」


 状況はよくなっている。何も失ってなんかいない。スズランは確信した。あとはすべきことをするまでだ。


 ◇◇◇


 オルガルム宙域にまばらに艦船が集結してくる。前情報通り、ガダル少将の艦隊とペルール少将の艦隊のようだ。


 特務機関シータの三艦、リリウム・ツー、エージー、ビーエフは、味方艦船の間を縫って飛んだ。今回は特に連携などは求められていない。


 リリウム・ツーに、そしてスズランに求められているのは、敵艦と戦うことではなく、惑星オルガルムの地上に降下することだ。


 待ち構えていたギデスの艦隊との戦闘が開始される。


「我がほう、ベイル級機動空母一隻、ガリア級フリゲート艦三隻。キバ級コルベット艦六隻。敵は軌道空母四隻、フリゲート艦八隻、コルベット艦十三隻。圧倒的に不利です」


 予想はしていたものの、オペレーターの言葉に、スズランはあまりの勝算のなさを感じる。


 この状況で、味方艦隊を見捨てて地上降下するというのか。それはあまりにも……。といって、残ったところでなにができるというのか……。


 両軍の間で戦いの火蓋が切って落とされ、砲火の激しい応酬がはじまる。リリウム・ツーだって、位置取りを間違えるとあっという間に宇宙の藻屑と消えるだろう。


 少し躊躇っている間に、味方側のキバ級コルベット艦が撃沈された。ここで足踏みをしているわけにはいかない。


「急速旋回! 敵味方の砲撃をかわしつつ、惑星オルガルムへ降下せよ!」


 リリウム・ツーは砲火をかいくぐりながら、戦線を離れつつ、敵の懐へと潜りこんだ。


 傍をかすめた艦船が爆散する。味方艦を盾のように扱いながら進んでいくことに罪悪感を覚える。けれど、いまは勝利と、戦いの終結のために前に進むしかない。


 ◇◇◇


 惑星オルガルムの大気圏へと突入した。


 不思議なことに、航空機や戦闘ヘリの出迎えはない。たしかにかつて統合宇宙軍はギデス軍を相当に追い詰めたけれども、ギデスはその程度の戦力すら捻出できないほどには弱体化していないはずだ。


 いや、遠くの方を飛んでいるものは見えるけれども、リリウム・ツーや、エージー、ビーエフを見て接近してくるものはいない。


 まるで、リリウム・ツーに道を譲っているかのようだ。


 スズランは艦内と僚艦への放送で告げる。


「特務機関シータはこれより最終要塞エルツェンゲルに着陸する。念のため、空への警戒、怠るな」


 けれど、警戒はやはり杞憂に終わった。大気圏外では惑星ケルティア軍と惑星ステリッツ軍を容赦なく叩いているギデス軍が、大気圏内ではリリウム・ツーに見向きもしない。


 これなら、難なくエルツェンゲルのドッキングベイに降りられそうだ。


 スズランはリリウム・ツーの艦長席のそばに、主要なメンバーを集めた。


 リリウム・ツーから出るのはスズランとリッジバックだ。リッジバックはセクター・デルタにおける宇宙要塞バル=ベリトの戦いで手酷く負傷したが、いまは彼のサイボーグの身体は万全な状態に修復されている。


「エルツェンゲルなら内部をよく知っている。突入したら、道案内は俺に任せろ。大煌王のいる場所までまっすぐに行けるだろう」


 リッジバックはそう言った。彼は元々ギデス天幻部隊の幹部級だ。所属も惑星オルガルムだったし、内情には詳しいのだろう。


 ゴールデン司令、ランナ博士、そして車椅子のネージュも集まっている。この三人はリリウム・ツーからは降りず、スズランとリッジバックの出発の直後に一旦軌道上まで退避することになる。


「これが最後の戦いじゃ。なんとかギデス大煌王を討ち取ってくれ」


「厳しい戦いになると思うけれど……、合図をくれたらリリウム・ツーとフラウロスで援護できると思うわ」


 ゴールデン司令とランナ博士からのメッセージはそういった感じだった。つまり、これが人類宇宙の命運をかけた最後の戦いであるということ――。


 対するネージュのコメントは、彼らのものとは若干異なっていた。


「私が知る限り、オルガルムのエルツェンゲルには、ギデスのすべてがある。闘いは困難を極めるだろう。……ユウキが戻ってくるまでは」


 ネージュは勇気が無事であることを信じていた。そして、強く願っていた。


「ネージュ……」


「な、そうだろう? スズラン」


「ああ」スズランはうなずく。「早くユウキを迎えに行ってやろう」

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