2 ショウタロウ
幸運は何かとおこるものだ。
戸惑うラピスの元にちょうどタイミングよく戻ってきたジルは突然倒れてしまった男をとりあえずベンチに寝かせ様子を見た。
ラピスにあたふたとしながらあれこれと状況を説明されながらジルは男の脈などを測り、すべき行動をとった。
男の様子を見るに急病や重大な疾患の類ではなさそうだったが、この場で処置するのは良くなさそうだった。
そうしていると、周りの人間もただならぬ様子を察したのか、ある一人がこの公園の警備員を連れてきてくれた。
二人は警備員に連れられて、男をとりあえず簡易的な処置ができる管理事務所へと担ぎこんだ。
幸いにも処置を施すと男はすぐに回復した。
この男は「天草彰太郎」と名乗った。このトーキョーにくらす人間の一人であった。
歳は今年で25になるらしい。ジルよりも少しだけ背が高いが体格はしっかりとしたものではなくごくごく普通といったところだった。
「ごめんなさい。迷惑かけたね。」
「いや、いいんだ。………頭痛の方は大丈夫か?」
「お陰様で今はなんともないよ。」
ショウタロウが二人の前に茶が入ったグラスを置いた。
ジルは出された茶を飲みながら、殺風景な部屋を見ていた。麦から絞ったという茶はあまり馴染みがなかった。
部屋は本当に最低限の家具があるといったようで、あるとしたらこの自分が腰掛けている椅子とテーブルと、小さめなソファひとつとセットのローテーブル。
その二つの台の上に無造作に置かれた見慣れない箱だ。ジル達にはあまり馴染みはないがあれはテレビというものだろう。
ブラウン管構造の旧式なので無骨で重く画像は荒い。
やはり、ラピスはともかく魔法文明都市出身であるジルにとっても見慣れないものは多かった。テレビくらいなら壊れたものくらいは見たことはあったがちゃんと動くものを見たのは初めてだった。
ジルの隣には同じようにラピスが椅子に座り、テーブルを挟んだ向かいにショウタロウが腰掛けた。
事務所でショウタロウと少しばかり話していて、今日はこれからどうするのだと、寝泊まりする場所はあるのかと聞かれた。ジルが特に決まってないと話すと、ショウタロウが礼代わりに部屋を貸したいと申し出た。
最初は彼にも迷惑だし断ったが、今住んでいるところは自分一人では広すぎるし、何より外から来た人間と話す機会がなかなかないのでもっと話を聞きたいらしい。
実際彼の自宅、借りている部屋は確かにショウタロウ一人で暮らしているにしてはたしかに広すぎた。大きな窓があるせいか余計に広く感じられた。
窓の外の日は傾いて、空は赤く焼けついていた。
「部屋なんにもないでしょ。壁紙も白だし、殺風景。」
ショウタロウが困ったのように笑って言った。柔らかい夕日が彼を照らしている。
「確かに………言ってた通り、一人で暮らすには広い、な。」
「元々は両親と三人で暮らしてたんだけどね。俺はようやく授かった子で二人ともだいぶ歳だったし、父は5年前。母は3年前に亡くなってしまったよ。」
ショウタロウはテーブルに置いてあった小さな写真立てを二人の前に差し出した。
少し古い写真には柔らかに笑う婦人と、ちょっと硬い笑顔の男。そして、その二人の真ん中には無表情でこちらを見ている少年の姿があった。
メガネはかけてなかったが、すぐにそれがショウタロウだとわかった。
ショウタロウは写真を見せながら、思い出を聞かせるような落ち着いた口調で話し始めた。
「母が亡くなった時にここは僕一人では広すぎるし、引き払っちゃおかなって思ったんだけど…………ここはいま世界的に見てもかなりの人口過多なんだよ。住む場所が足りてないくらいね。」
「確かに人は多いけどそこまでなのか。」
「そう。だから引き払うはいいけど引っ越す場所がなくて………」
ショウタロウはため息をついた。
その他にもこの都市の問題は、増え続けるゴミ、都市のはずれにできたスラム、貧富の差、環境問題、電力不足などがあった。
こういった基盤が安定した都市でもやはり依然として課題はそれなりにあるのだ。
「なんで、こう、トーキョーは人が集まるのかな?やっぱり便利な物が多いからか?」
ふと、ラピスがそんなことを口にした。
ショウタロウはそれにちょっと意外そうに反応した。
「へぇ、君面白いこと考えるんだね。」
ショウタロウがにこやかに笑う。
「だって、今まで見てきたとこ………見てきたとこはまだ少ないけど、やっぱりどこよりも断然人はいるわけだし、車や、電車?とかいうのもあるから………。人は便利なものが好きだろ?」
ショウタロウは頷いた。
「そうだね。いつだって人間は楽をしたがるもんだよ。それは戦争が起こって、世界がぐちゃぐちゃになっても変わってないことで、戦後に僅かに残った技術をどうにかして今生活しているわけだ。けどね、人口過多とは言ったけど、ここには思っているほど人がいるわけじゃないよ。たしかにラピスちゃんが来たところよりはいるかもしれないけど、総人口ならこの辺にあるノーラ王国の方が多い。この都市は単純に生活拠点になれるような場所が狭いから、そこに人は密集せざるを得ないんだ。」
ショウタロウはほぼ一息にここまで話した。
語彙などの処理が追いつかず、ラピスは眉を八の字に曲げていた。
「えーと…………つまり?」
何とか理解しようとしたが、ラピスは結局ジルに助けを求めた。彼の方をちらりと見るとジルは察したかのようにすぐに反応した。
「都市の面積が狭いから、そこにみんな集まって人が多くいるように見えるってことだよ。」
ジルの言葉にショウタロウはそうだよ、と言った。
「ノーラ王国はかなり広いからあまり、めだたないだけなんだ。この都市の周りはほぼ未開発なんだよねぇ。なーんにもなくて、発展しているのはここだけ。外には大きい道が幾つかあるけどそれ以外なんにもないでしょ?」
たしかにショウタロウの言った通りであった。ジルとラピスは道に沿って歩いてきたが、検問所を通るまで何も無かった。
砂漠とはまた違う、地肌がむき出しの痩せた荒地であった。どちらかと言えば周りの風景はダウナー街の方が似ていた。
その真ん中にトーキョーは位置している。
しかし、似たところにあるというのにトーキョーとダウナー街の発展ぶりは雲泥の差であった。
「しかし、よくそんな土地の真ん中にトーキョーみたいな発展した都市ができたもんだな。」
ジルが感心したようにぼそりと呟いた。
「まあ、ここは一応第五次世界大戦前か、それよりも前に基盤はあったらしいよ。それが一度リセットされてゼロからの再スタート。水はノーラ王国の雪が溶けて流れ出た、地下水があったからそれが大きかったかな。それからボチボチとりあえずのライフラインが完成して、100年くらい立ったわけ。」
基盤があったというようにここも昔はあのアールズ行政区と同じような、ゴーストタウンだった。戦争などで前の都市が崩壊して、おおよそひと世紀まるまる都市は放置されていたらしいが、それを利用して再び人が集まり、生活を再構築していった都市であった。
ショウタロウがふと、思い出したように席を立った。彼はそのまま歩いていき、更に奥の部屋に消えていきしばらくすると戻ってきた。
その手には一冊の本が抱えられていて、それを二人の前で開いた。
そのページには鮮明で正確な、無機的な長方形の建物の絵や、今よりもシャープな、無数の自動車が道にぎしぎきと詰められて、列を作っている絵が載せられていた。
おそらくこれが、昔のこの都市の姿なのだろう。
「この前、創立記念式典があったからトーキョーができたのは正確には115年前くらいかな?んで、これはそれよりも遥かに前の写真だね。それこそ第四次世界大戦くらいの。」
「第四次?大戦……ってのはそんなに起こっているの?」
ラピスはここまで、前にも出てきた第五次世界大戦もよく分からないまま聞き流していた。ジルは世界大戦は軽くいったら大きな戦争だと言っていたが実態はどのようなものなのだろう。
「……これまでに起きた世界的で大規模な戦争。ざっくり言えばそれが大戦。今までにこれが起こったのは五回だから、僕らはそれにそれぞれ、第一次、第二次ってつけていってるんだよ。」
「へぇ……….。」
ショウタロウの説明は簡素であっても、しっかりと要点は掴んでいてわかりやすかった。話す調子も聞き取りやすい。
「第五次世界大戦も、もう150年かそこらくらい前のものになってるし、一番の初めの世界大戦なんてね、もう2000年も前だよ。その時は魔法技術はまだ古典的なものにとどまっていたらしいから、基本的に科学技術を使った兵器なんかが使われていた。本格的な戦争への魔法技術の導入は第三次から。それから世界は崩壊への道を進んでいき、第五次で壊滅してしまった……………と、いうところかな。」
ショウタロウは、パタリと本を閉じてしまった。表紙には『文明都市、トーキョーの軌跡』と書かれていた。やはり、この本はトーキョーに関することが書かれているようである。
「けど昔程の規模にまで拡張するにはまだまだ時間はかかるね。エネルギーは今は生活をまかなう分だけでまだ精一杯だし、この辺りじゃ、魔法機器を使おうにもろくに動かないだろうしね。魔法を使った方が割高になってしまうよ。」
ここは発展したように見えても、まだまだ途上の域を脱していない。
上手くエネルギー資源を確保したり、魔力を動力として扱うことが可能である都市や国の方が豊かで技術の面でも長けているだろう。
ノーラ王国よりも、はるか遠くにある地に、そのような国がいくつもあるのを幼い時に両親から聞かされた。
一体人々はどのようにその地で世界を紡いでいるのだろうか。
そこにはショウタロウも見た事のないような、技術や魔法、芸術、衣食住などの文化などがあり、話す言葉も違う人々が生活しているのかもしれない。
言葉だけでは無い。髪や肌の色、顔の特徴、なんなら種族だって異なるかもしれない。種族にいたってはショウタロウが聞いたことすらもないものもあるだろう。
あの時、幼いながらこんなことを考えては胸を踊らせていた。
そして、彼らはこんな荒れた世界で何を思生きているのだろうか。
その時よりも、憧れは強く、そしてある種の好奇心にも似たような、知的欲求を纏うようになっていった。
ふと、無駄に大きな窓から見える、存在感だけはある大きな建物は薄く闇を被り、弱々しいあかりだけが光っていた。
ショウタロウにはこんな、小さく昔の産物の跡地に後付けして、それを模倣しながらなんとか成立した都市が、空っぽで味気ないものに思えていた。
「………ショウタロウ?」
不意に話しかけられて、そうやって、外の世界に物思いをしていたショウタロウの思考は現実に引き戻された。
彼は慌てて、また外の世界からやってきた目の前の二人との会話に戻った。
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