4 ジーナ

「…………それで、一人で盗賊の囮してたってわけか?」

「まあ、そうだな」


 深夜の森の中で話し声が響く。さっきジルと盗賊たちが暴れた為、完全にこの二人以外の気配は消え去っていた。


 ジルは突然現れた男に対して事の経緯を話したところだった。現れた時はかなり驚いたが大人しく男の指示に従った。


 だいたいの尋問は既に終えたとみていいだろう。男はまだ怪訝そうな視線を送ってくるが、盗賊ではないとわかった時点で既に持っているライフル銃は下ろしていた。


 月光だけが頼りだが、男の容姿からしてジルとそんなに歳は離れてなさそうだった。

 男は顔にかかった最低限の手入れはされていそうなやや長めの髪を耳にかけた。


 かなりしっかりとした生地の上着や動きやすそうなものを身につけている。こういった素材は軍服だったり野外で活動をする猟師が身につけているものに多い。着ているものに紋章などが見られないので恐らくこの男は猟師かなにかだと思われる。


 しかし、この男大層目付きが悪い。


 口ぶりやジルの拘束を解いたことからしたらそんなに威圧している訳でもないだろうに、こっちから見れば思いっきり睨まれているような感覚になった。


「……見たところほんと傭兵って感じだしな……とりあえず信じるけどなんかあったら保証はしないからな」

「そんなことしないけど覚えとくわ」


 この男はジスティスナ・ベツと名乗った。


「まあ、長いからジーナって呼んでくれ」

「ジスティスナ………って普通は女に多い名前じゃなかったか?」


 ジスティスナはよく見られる小さな白い花の名前で、女の子に付ける名前として人気もあった。なんでも花言葉が可憐とかそんな感じの意味なんだとか。

 以前護衛の依頼を受けた商人の家族の末娘もこの名前だった。それ以外も何人も同じ名前を持つ人間をジルは見てきたがその全てが女性だった。


「あ、いやこれは……その………猟師の家の習慣なんだけど………うちに二番目に生まれた男はこうして女っぽい名前付けるらしくて………」


 後半に連れてジーナの声が小さくなっていった。


「名前が嫌いか?」

「……そんなことはないな。ジスティスナの花は好きだし………」


 まだ恥ずかしそうにしながらもそこはハッキリと答えていた。


「それでジーナはなんだ?猟師か?こんな深夜に狩りを?」


 ジルがこんなことをジーナに向かって尋ねた。


 もし彼が猟師だとしても色々と疑問があったのだ。

 猟師の事情はよく知らないがこんな深夜に狩りをする者は少ないだろう。

 夜行性の動物などというものはは昼よりも気性の荒いものが多い。狙うにしても単独で行動するということは危険であるのはジルでも知っていた。


 ジルの問にジーナは直ぐに答えた。


「まあ、確かに俺は猟師だよ。でも今はパウディーアの禁猟期だから別の仕事をしている」


 後で聞いたがパウディーアというのは鹿によく似たモンスターのことらしい。

 この辺りはノーラ王国なんかで見られたビースト系の数は少なく、それらよりもこうした小型系のモンスターの狩猟が主流らしかった。


「別の仕事って?」

「簡単に言えば………こうした盗賊のなんかの取締りとか」

「ふーん。猟師って自警団や騎士団みたいなことするんだな」

「国からの委託だよ。王都から離れたところはなかなか騎士を置きにくいだろうし、そもそも人出自体が足りてないらしい。森の中は兵士とかよりも俺らみたいな方が詳しいし、ついでに密猟とかも取り締まれるから大体この時期の猟師はみんなやってる」


 ジーナはさっき自分が撃った男に近寄った。傍にしゃがんでどうやら脈や呼吸を確認しているらしい。ジルが確認した時も脈や呼吸は安定していたのでジーナが見ても同じ答えになるだろう。


 それを見ていてふと、ここでジルはある疑問を思い出した。


「そういやこいつ。お前に打たれたよな」


 ジルがジーナの銃を指さした。


「ああ、確かに撃った」


 ジーナが銃を持ち上げた。ジルはそこまで火器に詳しいわけではないが、形的にライフル銃ということはわかった。

 フレームは無骨で黒々とした合成樹脂ではなく木製だった。傷などが目立つことからそこそこ使い込まれているのがわかる。


「頭思いっきり貫通してたと思うんだけど」


 確かにあの時、白く細くも鋭い光がこの男の頭を貫いていた。普通ならばほぼ生きてない当たり方をしていた訳だがこの男は今のところ気絶しただけで済んでいる。


「確かに狙った」

「じゃあなんで生きてる?もしかして普通の銃じゃない?」


 ジーナはジルの方をちらっと見て頷いた。そして再び気絶した男にに視線を戻したが、口はちゃんとジルのことを相手していた。


「そう、銃というよりは銃弾がね………さっきのは支給品なんだけど魔力を集めて作ったエネルギー弾らしい。この玉ってのは実態がないから生き物に当たっても、力が抜けるか最悪気絶ってくらいで済むようになってて、こうして相手を仕留めず捕まえたい時に向いている」

「ふむ……捕縛向けの銃弾って事だな?」

「まあ、そんな感じ。だから頭打たれても死なない」

「銃本体はお前の?」

「うん………そうだな」


 ジーナは確認と適切な処置を終えると、今度はカバンから縄を取り出した。それで男を縛り、木に括りつけていく。グイグイと縄を強く引っ張り、かなりキツキツに縛り上げていた。


「キツキツに縛るんだな……痛そう」

「この辺の狩猟区域を荒らした恨みだ」


 盗賊が禁猟期を無視したり乱獲したりすることは多々ある。


 それからジーナは次から次へと盗賊を木に括りつけていった。縛る時に確認したが全員生きていた。ほっといたら死にそうというのもいなかった。


 ジルも何人か手伝ったが本当に容赦なく縛り付けていた。これだと縄を解いたとしても鬱血してしばらく痛むだろう。

 その時のジーナの顔はかなり目付きがきつくなっていたので相当荒らされたのだろうとジルは思った。


 とりあえず伸びている全員を縛り終えた。そんなに時間はかからなかった。


 ジルはパンパンと手を叩いてホコリなどを払った。


「こいつら縛ったけど……どうするんだ?」

「騎士団に連絡して明日回収してもらう。それまで逃げられてなければの話だけど」

「まあ、仲間が来ない限りは抜け出せないだろうな」

「一応トラップ置いとくか」


 そう言ってジーナは茂みなどの目立たないところに向かうと、そこの地面にそこに落ちていた枝を使って地面に何かを書き込んでいった。


「よし、これでいいか」


 ジーナが書き込んだものは魔法陣だった。この術式はジルも見たことがあった。簡易トラップの魔法陣だ。


「なんのトラップだ?」

「踏んだらその場に拘束されるやつ。人間の力だけではほぼ抜け出せないかな。それと簡単な動物避けも」

「へぇ、親切だな」

「この辺はまだいいけど………奥に行けばそこそこ大きなモンスターとかもいるしな。流石にそいつらにこう為す術なく食われるってのは死体片付ける側からしてもいい気分じゃないし、なによりこっちの責任も問われる。なるべく生きて引き渡さないと」


 何かに捕食された後の残りというものは植物だろうと肉だろうとどんなものでも大体形態は共通している。


 確かに臓物をぶちまけられて肉片を辺りに飛び散らして死ぬのは死んだ側も片付ける側も嫌だなとジルは納得した。

 戦場にはそれに似たような死体が沢山あった。

 無論ジルもそれらを処理をしたことがある。その時こういうのはなるべくしたくないと心のそこから思った。


 ジーナは移動して別の場所に同じトラップを仕掛けていった。慣れているのか手早く進んでいく。


「ん?」


 魔法陣を書き込んでいる時にふとジーナの手が止まる。ジーナは使っていた枝をその場において茂みの中を探った。


「どうした?」


 どうやら何かを見つけたようだった。ジルが尋ねてもジーナは答えずそのまま茂みを探る。

 しばらくしてジーナが茂みから何かを抱えて持ち上げた。


「あ……」


 ジルは思わず声を漏らした。

 ジーナが持っているものがなにかすぐに分かった。彼の腕の中に白い毛玉がうずくまっている。

 ジルが隠れていた時に切られたあの動物だった。


「なんだ。覚えがあるのか」


 ジーナがジルの反応を見て尋ねてきた。


 ジーナの口調や表情は特に怒っている訳でもないのに、何故かそう問われてずんと見えない何かがのしかかってきたような気がした。

 それとあんなに無数の命を傷つけ切り捨てるという行為を反復していたのに、自分がこんな気持ちになることがまだあるのかと少しばかり驚いた。


「まあ、その………俺が隠れてた時に盗賊が俺と勘違いして切ったやつだな」


 のしかかる錘のような何かをぐっと押しのけてジルは答えた。


「酷いやつらだな……」


 ジーナはぼそりと木に縛り付けられた盗賊に対して呟いた。それはジルにはほとんど聞こえてなかった。


 だが聞こえていた相手は他にいた。

 ジーナの声に反応したのか、持っていた毛玉がモゾモゾと動いた。動いたことで長い耳と黒くくりっと光る目が顕になる。うさぎに似たモンスターの類らしく普通のうさぎより耳や尻尾が長い。

 ただ体の毛の一部は血で汚れていた。


「あっ、生きてたのか」

「これはカシア(ゲルマニアド語で毛玉という意味)っていうやつだな」


 ジルが少し驚いたような顔をした。

 ジルはあの時以来これを見てなかったのでてっきり死んでしまっていたかと思っていた。生きていることに何故かその事に少し安堵している自分がいた。


 カシアは目はきょろきょろと絶えず動かすものの、じっとジーナの腕の中では動かない。


「傷は酷いけど……でも血は止まりかけているか」


 ジーナはカシアの体を触って確認していく。カシアは鳴きもせず大人しくされるままになっている。単に恐れない性格なのか、それとも弱っていて抵抗できないのかはわからない。


 あらかた見終わると、ジーナは荷物からハンカチを取り出してそれをカシアの体に巻き付けた。


「とりあえずはこれでいいか」

「そいつどうするんだ?」

「このまま離す訳にも行かないしな……とりあえず一回保護って感じ」


 ジーナはカシアの頭を撫でた。気のせいかもしれないがジルにはカシアの顔が緩んだように見えた。


「確かにこのまま離しても長くは生きれないだろうな」


 ジルがカシアに向かって手を差し出すとカシアはくんくんとその手の匂いを嗅いできた。思っていたより人懐っこいようだ。ジルの手はカシアにとってどんな匂いがしたのだろうか。


「それにこれは人為的な原因だろ。自然の世界で起こったことなら手を入れない方がいいけどこれは違う。本来起こるはずがないことでこうなった。人間による望まれない形での無意味な介入だ」


 ジーナの目付きから真剣さが伝わってきた。


 ジーナでもこれが落雷などの倒木によるものだったら助けなかったかもしれない。

 酷かもしれないが自然の成り行きに任せていただろう。それがジーナにとってはの一番の選択だった。


 だが、今回はとくに目的もない不条理な人間の行いによっと起こったものだ。

 彼ら自然がどうこうすれば回避できるものではないので、到底無視できるものではなかった。そんなものになんの関係の無いものを突然巻き込んでおいて放置とはなんとも勝手すぎる。


「人間のやったことは人間が責任を取るべき、というか責任をとれるのは人間しかいない。俺たちのやるべき事には全て責任が発生する。たとえそれが後々忘れかけた頃に現れようと結局責任を受けることができるのは人間だけだ。原因が自分じゃないこともあるけどどっちにしろ人間が解決しないと終わることは無い。後にその責任を押し付けたくないなら自分でその責任をかたづけていくしかないだろうな」


 ジーナのカシアにあったその目付きはより鋭いものになっていた。そして、その中にどこか悲しみの色が混じっていたような気がした。


「責任ねぇ………たしかにそうだな」


 ジルは興味ありげに頷いた。ジーナの言葉はかなり筋が通っていると思っていた。


「現に今の世界が過去のツケが回って来ている状態だもんな。その時代を知らない俺らがツケ払ってるのはなんか変な気もするけど「人間」である以上避けることは不可能、か」

「そう。それもなんとかカタがつくまでは延々と続くだろう」


 この世界がこのような惨状の原因は主に第五時世界大戦だ。

 それから100年以上は経過している。

 到底今の世界を支えている、生きている世代の殆どはその時代を知らない。例外としてはノグロのような魔術師を呼ばれる者達や普通のヒューマンとはまた別の人種の者たちだろうがそれらはもともとかなりの少数派だ。


 もし先代がその起こした行動の責任を片付けていれば世界はましにはなっていただろうか?


 彼らが全く責任を取ろうとしなかったとは言えない。

 しかし、彼らにもその前の戦争の責任がのしかかっていたのではないだろうか。

 ならばさらにその前の世代が責任を片付けるべきだったのか?だが、彼らにも他に償うべきものがあったに違いない。


 もしかしたらこの現状は第五時世界大戦によるものだけではない。始まりの過ちから延々と続いてきた人類の責任なのかもしれない。


 人類は既に責任を背負いすぎたのだ。何がどうなってこうなったかも分からないほどの。

 いつまで遡れど根源を見つけ出すことはできないだろう。そうならば誰にも誰かを責めることは出来ない。ならば全員がその責任を取るしかない。


 これが理不尽であるが避けられない事実なのだ。


「カタがつくのはいつになると思う?」

「さあなぁ………少なくとも俺たちが生きてるうちに全部はどうやっても無理かな。個人ができることとしたら目についたものをちゃんとしていくことしかないだろう」

「例えば?」


 ジルが尋ねると、ジーナは答える前に少しばかり悩んだ。思いつかないというよりは、話すべきかどうかと言う感じだった。


「……この辺り、今はこんな感じに森なんだけど昔はここに科学文明都市があったらしいんだ」


 ジーナは結局思い当たることを簡潔に話すことにした。


「へぇ、こんな所にか」

「本当に昔だよ。第三次世界大戦くらいだ。その都市はその戦争で完全崩壊したけどまだこの森にその残骸は至る所にある」


 今は暗くて木々が邪魔しているため全く見えないがこの森にはその都市の建物らしき建造物が草木に覆われいくつか残されている。たまに動物たちが巣にして使っていることもあった。


 そして残骸は建物だけではなかった。


「当然戦争でぶっ壊れたわけだから武器とかも残っているわけ。だからたまにミサイルの不発弾とかが見つかったりする」

「不発弾が………なかなか厄介だな」


 爆発物の脅威をジルはその身を持って体験している。

 目の前で仲間が爆弾により弾け飛び、自身も軽いものでは済まされず生きてはいたが右足が半壊した。なんとか治りはしたが傷は残っている。


 それを踏まえての答えだったがジーナは首を横に振った。


「そっちはまだいい方だ。なんせ変にいじらなかったら爆発することはそんなにない………それよりも恐ろしいものがここには残されている……」


 ジーナの表情自体からはわかりづらかったがその目からは確かな恐怖が伝わってきた。


 そこまで恐ろしいものが存在するのかとジルが訪ねようとした時。


 どこからともなく激しい地響きが森の静寂を切り裂いた。









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