第2章 ならず者の長

1 ダウナー街

 ラピスとあそこを出発して、はや6日は立ったくらいだろうか。二人は砂漠を抜け、ゆったりとした道を歩いていた。


 さすが半日かけて回収場まで歩いていた甲斐あって、慣れないながらもラピスはなんとかジルの後をついてきていた。


 見かけによらず結構丈夫なようだ。


 だが、さすがに彼女の顔には疲れが見え始めていた。ジルは少し後ろを振り向き、ラピスに声をかけた。


「大丈夫か?少し休む?」

「いや………まだ、大丈夫…。」


 ラピスは息を切らしながら言った。

 肩が揺れる度にラピスの瑠璃のような髪もひらひらと揺れた。


 ちょうどこの時ラピスは歩くのに加えて、ちょっとした護身術をジルから教わっていた。


 まず最初は相手を倒すことではなく、攻撃をいかに喰らわないかを考えるようにと言われた。


 ジルはラピスにはまだ戦うより、逃げるという手段の方が、確実に生き残れる率が高いと思ったからだ。


 最初にまず、人の急所というものを習い突き飛ばされた時の受け身や、ナイフを持った相手の動き方とその攻撃を交わす術を教わっていた。ジルにナイフを鞘に納めたまま練習の相手をしてもらっていたが、ジルの動きにはまだまだついて来れそうになかった。


 彼のナイフ裁きは全く無駄がなく、的確に隙をついては自分の懐に真っ直ぐと伸びてくる。


 幾度もナイフが自分の体を突いた。手加減はすると言われたものの、ラピスは正直あの動きのどこが手加減しているのだと思ってしまった。


 なかなか練習は体力がいるものでその疲れも重なっているのだろう。ラピスは生きていた中で一番の疲労を感じていた。


「多分今日には街とかに入れると思う。それまで頑張れよ。」


 ジルはまた、前をみて歩き始めた。


「街……。」


 ラピスは自分の頼りない知識を振り絞った。


 街とはたしか人が沢山集まって暮らしているところだったはずである。


 ラピスはジルに声をかけた。


「人がいっぱいいるのか?」

「まあ、その街による。……お前がいたとこよりは断然いるだろうな。街が大きくなればなるほど人は増えて、都市という呼び方に変わったりもするけど、この辺はまだそこまで大きなとこはないよ。」


 ふと、ジルが前方を指さした。ラピスはそれを目で追いかける。


 大気に混ざる砂の量が減ったので、あそこにいた時よりは遠くの風景がくっきりと見える。ラピスの目は遠くに映る影を見ていた。それは低い建物の集まりだった。


「あれが多分次の目的地だな。」


 ラピスはそれを見て、ふうんと、軽く返事をした。


 それ以降二人はは何も話すことなく、その新しく出会う街に向かって歩いていった。


 ***


 ボロボロになった看板が辺りに立っている。その看板の示す建物も結構古びていて、木が腐っていたり鉄骨が錆びて地面に剥がれ落ちていたりしていた。


 だがボロボロでも、看板にはまだ淡いネオンが点滅していたりしていて建物の中からは声が聞こえてきたり、人が行来していた。


 あの都市のように廃れてはいるものの、いくつもの人の気配をジルは感じ取った。


 二人が今歩いている通りは、どうやらこの街の大通り的な所らしく、いくつもの店が立ち並び人もちらほらと買ったものを抱えて行来している。


 店の看板を見てみるとその大半は酒場のようである。昼間から酒を飲み倒した若者が店の前で体をおっぴろげて眠っているのも見かけた。


 ラピスは興味津々で辺りをきょろきょろと見回していた。


「似たような雰囲気はあるけど、人が多いとなんか違うように思えるだろ。」


 ラピスはこくりと頷いた。

 ラピスはある看板を指さした。


「あれはなんて書いてあるんだ?」


 その看板には毒々しいネオンなんかは付いておらず、古い木の板に乱暴に黒いペンキで文字が書かれていた。


「ダウナー街。この街の名前だな。」


 ジルはぽつりとそれを読んだ。


「へぇ……。」


 ラピスはこれまた抜けた返事をした。


「………ちょっと前に文字の読み方教えただろ。」


 旅の途中で一応簡単な文字の読み方は少しだけ教えてあったはずだが。


 それに対してラピスは平然と答えた。


「忘れた。」


 ジルは肩を落として、息を吐いた。まともに読めるようになるまでどれだけかかるのだろうか。


 とりあえず二人は一番近くにあった酒場に入ることにした。落ち着きのある木製の建物だが、幾分と古そうに見えた。ドアも開ける時にだいぶ軋んだ。


 だが、案外中は見かけよりもだいぶ綺麗だった。ちょっと薄暗い照明がいい味を出している。


 店にはジルたちの他に客が10人ほどいた。それぞれ5人ずつで丸テーブルを囲んでいる。こちらに気づいたようで、一斉に二人の方に視線を送る。


 ラピスはちょっと目に止めるというよりは、睨みつけているかのような目に少し怖気着いた。

ジルが耳元で「気にするな。」と呟いた。

 こういった寂れた場所の酒場にはだいたい常連が溜まるものであり、皆よそ者をみれば警戒するのも当たり前だ。


 彼らの囲むテーブルには1枚の硬そうで大きな紙と、その上に細々としたなにかと長方形の紙切れが置いてある。客は真剣な目で、その細かいものを動かしたりしていた。


「何だ?あれ」


 ラピスが小声でジルに話しかけた。


「あれはモノポリーっていうゲームだよ。土地や家を売買して最後に手元に残った金が一番多いやつの勝ちさ。」


 ジルはモノポリーの簡単なルールをざっくりと教えたが、ラピスにはわからなかった。そもそも土地を売買するということがいまいちイメージできなかったのだ。


 ジルは、まあしかたないかと、これ以上教えるのは辞めた。

 アイツらがやっているのは通常のゲーム内通貨を使うモノポリーではなくて、本当の現金をつかう賭博モノポリーなのだから。


 余計なことは教えなくていい。


「お、お客さんか。いらっしゃい。」


 カウンターの方から声がした。

 そちらに目を向けると、若い女がカウンター越しにいた。その若い女はここの店主なのだろう。二人は男たちの囲む丸テーブルの間を抜けると、カウンターに腰掛けた。


「見ない顔だね。もしかして放浪者かい?」


 店主がにこにことしながら気さくに話しかけて、二人の前にに水を出した。


「まあ、そんなもんさ。」


 ジルが答えて水を飲んだ。ラピスもそれを見て出された水に手をつけた。


 冷たく、透き通った水なんてほとんど飲む機会は無かった。かわいた喉に酷く染み込んでいき、心地がよかった。


 ラピスはあっという間にコップの水を全部飲んでしまった。


「なんだ、喉乾いていたのか?」


 ジルがそれを見て尋ねてきた。


 ラピスはなぜか恥ずかしくなってきた。特段にかわいていた訳でもないのに「うん。」と頷いてしまった。


「しかし、男がこんな女の子を連れているとはねぇ………。もしかしてデキてる系かい?」


 ジルは水を吹き出しそうになった。


 それをみて店主はにやにやとしている。


 ラピスはなんのことか、てんでと検討がつかなかった。デキてるってなにができているのか。


 ジルは吹き出しそうになった水を飲み込んで笑った。


「ははは…そうか、そう見えるか。けど別にそんなのじゃないさ。ただの連れだよ。連れ。こいつが海が見たいということで付いてきたんだよ。」


 ジルがコースターの上にコップを戻した


「デキてるって何がだ?なにができているんた?」

「お前にはまだ早いよ。」


 ラピスが尋ねるも、ジルに流されてしまった。ラピスは不満そうに店主の方を見た。


「あんたもそんなのでよく男について行こうと思ったねぇ……大したもんだよ。けど、この街で1人で動こうとするんじゃないよ。特に女はね?いいね?ちゃーんと、こいつについて行くんだよ?」


 店主はジルを指さして、やけに念を押して言った。


「ああ、やっぱここ結構荒れてるのか……。」

「?」


 ジルには店主が念を押す理由がわかったのだろうが、これもまたラピスには分からなかった。また聞いても教えてくれないのが嫌だったから口には出さなかった。


「…………あんた、分かってなさそうだね……。もしかしてとんだ田舎モンかなにかかい?……ここもたぶん相当な田舎だけど。」


 店主はまさに図星だった。


 ジルは、このこがつい6日ほど前までゴーストタウンで一人で暮らしていたと、言いかけそうになったが辞めておいた。

言えばなにかめんどくさい事が起こりそうな気がした。


 ジルは困ったように頭をかいた。こういう所に来る度に、文字に加えて色々教えなければならなくなりそうだ。


「まあ、無理もないか………人が多いだけあるから、誰がいつ何を自分にしてくるか分からないってことだよ。極端にいえば突然殴られたり、金取られたりさ。ここは特にそういうのが多いから気をつけろって言ってるんだ。特に女はそんなことするヤツらの格好の獲物になりやすい。こういうのを治安が悪いとか、荒れてるって言うんだよ。覚えとけ。」


 ラピスは黙って聞いていた。要は急になにかしでかしてくるのがモノツキから人に変わったということなのだろう。


「それ以外は例えばどんなことをされるんだ?」


 ラピスは何気なく聞いたつもりだったが二人は言葉に詰まった。


「う、うん…………口に出しては言いにくいかな……。」

「ざっくり言えばひっどいことされる。」


 ラピスは頭にはてなマークを浮かべていた。


「まあ、とにかく気をつけるんだよ。あーゆヤツらとかにはね。」


 店主は笑いながら小声でラピスに耳打ちした。彼女が指す指の先には、モノポリーをしている男たちがいた。


「おいおい、ヤツキさんよ。俺達はそんなガキには手を出さねぇって。」


 どうやら聞こえていたようで、その中の一人がこちらを笑いながらみた。

 手を出すということはどんなことかは分からなかったが、ガキと言われてラピスはムッとした。


 それをみてジルは軽く笑って「ほっとけ。」と呟く。


 店主、ことヤツキは口を大きく開けて笑った。


「信用ならんなぁー。この前もそれくらいの子に手を出してその子の連れに酷くやられてたじゃんか!あれは秀作だったなぁ。」


 ヤツキが言うなり、周りの男もげらげらと笑い始めた。


 ジルも「へぇ。」と、にやにやとしながら軽く呟いている。にやにやしているといっても目は笑ってなかった。


「そ、それはただそいつがタイプだったんだよ!ちょっと声かけただけだよ………。」

「へぇ、あーゆーのがタイプなのね。」


 頼りなくなる男に対して、ヤツキはにやにやと随分と、悪そうな顔をして笑っている。


「とにかく、またこんなことあったらねーさんに頼んでクレーンで吊るしてもらうからね。」


 ヤツキはけたけたと笑っていたが男たちは全く笑ってなかった。


 賭博モノポリーをしていた客はその後店を出ていき、店内の客はジルとラピスだけになった。


 ラピスはさっきのやり取りの半分くらいの意味はわからなかった。


 ラピスはジルが勝手に注文した果物から絞ったという汁を出され、ジルはなにか甘い匂いと、どこかきつい匂いがする液体を飲んでいた。

 後々、自分が飲んでいるのはオレンジジュースで、ジルが飲んでいるきつい匂いのするものが酒だということをラピスは知った。


「ところでジルさん。あんたもしかして用心棒かなにかかい?」


 さっき互いに名乗ったので名前で呼び合うようになっていた。

 ジルはこくりと頷いた。


「ああ、俺は傭兵だよ。」

「やっぱりか。その首から下げてるのってあれだろ?魔法で武器を小さくして持ち運びやすくするやつ。」


 ヤツキはジルの首元を指さした。

 彼の首元にはキラリと光るペンタントのようなものがぶら下がっている。


 ぶら下がっているものは例の薙刀だ。魔法を使って小さくして、紐を通して身につけておく。この武器の持ち運び方法は用心棒なんかがよく使用する。かさばらないし、必要ない時は両手が空くので便利である。


 こうしているのでジルは別に職業を特定されても対して驚きはしなかった。


「んで、あんたはどっち側に着くんだい?」


 突然ヤツキが真顔になった。

 真剣というものをそのまま具現化したようである。


 急に真顔になり、訳の分からぬことを聞かれて二人はたじろいた。


「どっち……?」


 ラピスが首を傾げた。


「あれ?あんたら仕事を探しに来たんじゃないのかい。」


 ヤツキの顔が驚いたのち、表情が緩んでいった。


「この前の仕事の金がまだ残ってるし、こいつとはまだ旅を始めたばっかりだから、色々教えないといけないので特に今は探してない。たまたまここが通り道だからよっただけさ。」


 ジルは端的にそれだけを述べた。別に嘘は言っていない。


 ラピスと旅をする以上、ある程度のことは教えこまないと仕事に同行することは難しい。たとえジルと離れるようなことがあっても、なんとか一人でやれるようにはしておかないといけない。


 ジルがラピスを連れていく気になったうちの一つに、こいつは戦闘のセンスがあると思ったのがあった。

「力の刃」が使えるくらいだし、ちょっとした「モノツキ」相手だったら既に戦えた。


 文字の覚えは悪いが、毎日やってる練習のナイフ避けもたった6日で3回に1回くらなら、完全に避けられるようになっている。


 教えなければならないことは山ほどあるが、他人よりその才能は断然に高い。最初でこのくらいできたら、旅をしながらでも教えられる。


 ジルはそう判断してラピスに動向を許したのだった。


「んで、その付くってのは今なんか揉め事でもあるのか。」


 ジルはヤツキに尋ねた。


「ああ、そうだよ。まさに揉め事の真っ最中だよ。」


 ヤツキは肩を竦めた。

 ラピスはジルとヤツキを互いに見回した。


「揉めてるって、なにがだ?」

「ここ、ダウナー街は廃れてはいるけど人は多いだろ?その理由としてこの近くで、鉱物が取れる鉱山があるんだよ。その鉱物がけっこう上質でいいものらしい。………私にはよくわからんけどね。その元を占めているグループがふたつあるんだ。そことそこがその鉱山を巡って揉めてるんだよ。」


 ヤツキがここまでを一気に説明した。


 ラピスにとっては、わからない単語が増えただけだった。

「こうざん」やら「こうぶつ」やらと一体なんのことなのだろうか。


「こうぶつ……って何?」


 ラピスはたまらずジルに助けを求めた。


「鉱物ってのは、石の仲間だよ。石といってもいろいろ加工して使うことのできる石の事だ。鉄なんかも最初はその鉱物っていう石っころみたいなやつなんだよ。そして、その鉱物が取れる山のことを鉱山って言うんだ。」


 とりあえず、石のことなのかと。ラピスはざっくりとだけ理解した。


「んで、火種が大きくなってきてるもんで………いつでもぶつけられるようにと、互いに用心棒とかを雇いまくってるわけだよ。それを狙ってここに来るやつもいる。」


 ヤツキは店の壁を指さした。そこに目を向けると一つのコルクボードがあり、そこには大量の紙が貼り付けられていた。近寄ってみると、写真と共に文字と番号が書いてあった。


「これ全部仕事紙か。」


 ジルの言葉にヤツキは頷いた。


「しごとがみ?」

「用心棒とか傭兵が仕事を探すのに、こういう酒場や仕事を仲介してくれる店に貼る紙だよ。雇いたいやつはこれを見て誰を雇うのか決める。」


 ジルがそのコルクボードから1枚紙をとってラピスに見せた。


 要は履歴書である。それを直接持ち込んで、自分を売り込む奴もいる。


「この文字は前に読み方教えたやつだろ。なんて読むんだった?」


 ジルは仕事紙の右上の文字を指さした。


「えーと…………たしか、「年齢」……だったっけ。」


 ラピスは脳みその中の記憶を絞り出して答えた。


「お、正解。」


 正解ということはこの仕事紙の男の歳は25歳ということになる。


「そいつが多分ここ来たやつであんたたちの次に新しいやつだよ。………そいつは旧の方についたっぽい。」


 やつきはラピスから仕事紙を受け取ると、それをぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に投げ入れた。どこか胸糞が悪そうである。


「旧?」

「もともとその元締めはひとつだったんだけどちょっと前に2つに別れたんだ。古い方を旧、その新しく出来た方を新って呼んでる。」


 ヤツキはさらに続けた。


「私はどっちかといえば新の方が好きなんだ。そこの大将がいい人でさ……まだ、たまーにこっそり飲みに来てくれて話をしているんだ。仕事のない荒れた奴らをちゃんとまとめて、真面目に働かせてるんだよ。もちろん取り分もちゃんと渡してるから、新の連中はいいやつは多いけど、でたばっかだからまだ力や財力はない。旧の方はでた利益は親分の独り占めさ。だから旧の雇い賃はいいし、権力も強いから外から来たやつはほぼそっちに流れちまうんだよな。」


 ヤツキはため息をついた。


「まあ雇い主を決めるのはそいつしだし、私に無理にすすめる権利もないしね。仕事を探してないなら早めにここを出た方がいいよ。用がないのに面倒事に巻き込まれちまう。」


 ヤツキは困ったように笑った。


「最近はしょっちゅう喧嘩とか起こってるし、行いの悪い傭兵とかもうろついてるしね。しかも女の子を連れてるわけだから滞在したとしても二日くらいで次のとこに移るべきだよ。さっき男が手を出した女の子の連れにもそうやってすすめた。」

「なるほどな……。」


 ジルはヤツキの話を聞いて何かを頭で考えている。


「けど、さすがに一日くらいは滞在しないと必要なものが買えないな。………野宿…ってのはここではよろしくないようだし…。この辺って宿はあるか?」


 ジルがおおよその予定を頭の中に立てた。必要なものを買えれば特に出発を早めても特に支障はないが、野宿をするのをおすすめしない場所となるとそういう所を探す必要がある。


「宿?」

「金を払って、部屋を貸してくれるところだよ。今まで野宿ばっかだったけど、余裕があればそういうとこで寝泊まりができる。」


 ジルがラピスに宿の説明をしている間に、ヤツキは奥へ何かを取りに戻った。


 しばらくするとひとつの帳面を持って現れた。


「宿は沢山あるけどね………今旧のとこが雇ったヤツら用に部屋を沢山借りてるから、空いてるのは……この通りからちょっと外れたとこくらいかな。」


 ヤツキは帳面の紙を1枚ちぎって、そこに何かを描き始めた。

 四角やら、線やらを書き込んでいきできたのは簡単な地図だった。


「このバツの所が今空いてるとこさ。少し遠いけど、その近くに買い物できる店もあるしそれなりのとこというのは私が保証するよ。」


 ヤツキは笑って、その紙をジルに渡した。

 二人はヤツキに礼を言うと、代金を払って外に出た。


「酒って美味いのか?」


 ジルの息に酒の匂いが混じっていた。


「気分は上がるし体をあっためたい時に飲む分にはいいけど、飲みすぎるとああなる。」


 ジルが指さした先には、道の上で堂々と大の字になりいびきをかいて寝ている男と、その横で道の側溝にうずくまってえづいている男がいた。なにやら汚い音も聞こえてくる。


どちらからも強い酒の匂いがした。


「あと、基本酒は大人になれないと飲めないから。」


 その言葉にラピスはむっとした。


「僕はまだ大人じゃないのか。」


 それをみてジルはけたけたと笑った。酒の匂いが余計にラピスをイラつかせた。


「とりあえず1回宿に行って部屋をとるけど、なんか行きたいとことかあるか?」


 行きたいところと言われても、突然訪れた街になにがあるかもわからないのにそう言われてもなんとも言えない。


「俺は買い物に行くけど別に部屋にいてもいいし、どっか見てきてもいいからな。金はやるから。」


 ジルはポケットに手を入れて、硬貨を何枚か出して、それをラピスの手に乗せた。


 ラピスは半日かけて回収場に行っていたくらいなのでお金の価値というものは理解している。


「あ、でも人気のない所には行くなよ。行ったとしても宿の前の通りくらいにしておけ。」


 ジルがそう言って、少し斜め後ろを見た。

 視線の先には、さっきとは別の酒場の外の席で酒を飲んでいる奴らがいた。


 ラピスにはただ酒を飲んでいるように見えたが、ジルには違って見えていた。


 時折、こちらに向かって視線を感じる。なにか様子を伺うかのようだ。


 ジルはヤツキの言っていたことは間違いではないと思った。


「なんで?」


 ラピスが首を傾げると、ジルはこう言った。


「結構ココやべーから。」


 その眉をひそめて笑う顔は随分と無邪気そうに見えた。

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