6 字書きとして
完全にスラムを抜けて、またちらほらと無機的な建物が増えてきた。
ジルとショウタロウは今まで無言で歩いていたが、ぽつぽつと先程の出来事について話し始めた。
「お前よくあんなことできたな。チンピラ相手にあの態度。普通ならカツアゲってだけでビビるぞ」
ジルはちょっと意外そうだった。ショウタロウには物静かで内気な印象を持っていたからだ。
「昔から肝の座り様は一丁前って言われてきたから」
ショウタロウは腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
見かけに寄らずなかなか骨のあるやつだとジルは思った。
「そういやスタンガンはどうやって?」
「護身用でちゃんと電流の強さとかが規定されたのが売ってる。入門書付きで税込3980円」
ショウタロウはスタンガンを取りだした。ボタンを押すとバチバチと音がした。
治安は他国と比べていい方と言っても、やはり強盗などは昔より圧倒的に増えている。そのため防犯グッツの規定が改められ、こういったものまでもが販売されるようになった。
今日はスタンガンしかなかったが、家には催涙スプレーもある。
「へぇ……ちゃんと売られてるんのか……」
「そうそう。けどやりすぎるとやっぱり検挙されちゃうからその辺が難しいんだけどね。さっきも気絶はしないような所狙ったし。でも、気絶くらいなら別にどうこうはないし、首とか狙っていいのかな」
たしかにショウタロウがスタンガンを当てていた箇所は腰だった。あそこは足が抜けて動けなくなるだけで気絶とかはあまりしない。
今頃あの男たちが動けるようになるくらいだろう。
スタンガンを使うのは今日を含めるとわずか二回だったので感覚がイマイチわからない。
ショウタロウがスタンガンをじっと見て考えていたのでジルが意見を述べる。
「まあ、別に殺してくるとかではないならあのくらいでいいんじゃないか?」
「殺しに来てる時はもう首とかでいいの?」
「いや、それはもうダッシュして逃げたほうがいい」
キッパリと言うジルにショウタロウは首を傾げた。
「どうして?」
「皆さっき俺がやったみたいなことがすぐにぱっと出来ると思うか?」
ショウタロウは言うより先に首を横に降って答えた。
「そっか。あんなの咄嗟にできるのは慣れた人じゃないとできないね。ならばスタンガンも叱りか」
ショウタロウが言うとジルはうんうんと頷いた。
「それに刃物相手に素手って時点で結構無理がある。あのポケットナイフはともかく、包丁とかだったら俺でも無傷では済まなかったかもな」
ジルの腕には白く細い傷跡が何本かあった。さっきと似たような状況でできた傷だ。殆どは単に切り傷なんかで済むことが多かったが、骨まで刃がとどいたこともあった。
「普通に揉み合いとかになったら危ないよね」
「そうだな。下手すりゃ刺さるし」
ショウタロウはメモ帳を取り出して、ぶつぶつと言いながら今までの話の内容を書き記していた。
多分今後の作品の引き出しにでもするのだろう。
ジルはそれをぼうっと見ていて、ライターというのは何でも自分の経験から作品を作るものと前にショウタロウが言っていたのを思い出した。
メモをしながら歩くのは危ないような気がするがショウタロウはお構い無しだった。
まあ、まだ細い道だし歩いてくる人間もいないからいいか、と、思いジルは特に止めなかった。
メモを取る字はいつものショウタロウの文字よりかなり乱れていた。
暫く静かな道にショウタロウの独り言だけが響く。車の喧騒もまだ遠くに聞こえるのみだ。
「やっぱどこにあってもスラムはスラムなんだなぁ……」
お得意の没頭モードにショウタロウが入るとジルの方はその呟かれる言葉に耳を傾けるか、周りの風景を眺めるくらいしかすることがなくなる。
暫くはそうしていたが退屈になってきたので、また話の種を撒いてみることにした。
ショウタロウはちょうど満足いくだけ書けたのかメモをポケットに突っ込んだ。そして、ジルの話に関心を寄せる。
「他のスラムもあんな感じにカツアゲってあるの?」
「あるある。検問ってよんでんだけどな。下手すりゃ近くのマフィアとかと繋がってたりするからあんま刺激しない方がいいんだけど」
ジルが笑ってショウタロウを指さすと、ショウタロウはバツが悪そうに目を逸らした。自覚はあるようだ。
ショウタロウはため息をついた。
「度胸がありすぎるせいで痛い目見てるぞってしょっちゅう言われてるけどね………」
「恐れを知らない者ってのは悪い言い方すれば愚か者って呼ばれてたりもするから、気をつけた方がいいぞ」
「『バリストカ』でしょ」
バリストカ。
はるか昔リタ付近にあった国のとある戦士の名前だ。彼は戦場で鬼神のように暴れ回り、次々と各国を蹂躙していった。
そして蹂躙したとある国の洞窟に獰猛な獅子が住んでいるとの噂を聞く。
なんでもその獅子は洞窟の王として君臨し、地下にある自分の国を守り、侵入してくるものを一人残らず食ってしまうという。
バリストカはその獅子に興味を持ち、倒しに行こうとする。
誰もがその獅子を恐れてバリストカを止めようとするがバリストカは
「恐れは弱者だけが抱く」
と、吐き捨て獅子を倒しに行ってしまった。周りの臣下たちも獅子を恐れてついてこなかった。
結局バリストカはその獅子に呆気なく食われてしまった。
という話だ。
その話は後世にも残り、恐れることは時として重要なことであるということを知らしめる話としてリタ付近では有名だ。
そして、バリストカはリタ語で「勇敢」などを意味すると同時に、「恐れを知らない者」という意味も持ち「愚か者」というニュアンスで使われるようになった。
よく無茶をする人間に対して「あいつは『バリストカ』だ」と、いうふうに使われる。
ショウタロウがむっとして答えると、ジルは意外な顔をして笑った。
「まさかこれも知ってたとは………言語オタクは恐ろしいな」
「別に全く怖くないわけじゃないからね?冷静すぎるだけだから」
「冷静すぎるなら普通はあの状況逃げるって」
痛いところをつかれたみたいで、ショウタロウは顔を悔しそうに顰めて何も言えなくなった。
ジルは面白そうにそれを見ていた。
そして、ショウタロウはまたため息をついた。
「外の世界じゃこの程度じゃあ通用しないよな。やっぱり何かしら雇った方がいいのかな……」
ショウタロウはまたブツブツと呟き始めた。
「どうした?」
「いや、ね………ちょっと暫くトーキョーから離れようかなって今考えてて」
ジルの眉が動いた。
「へぇ、なんでまた」
尋ねてみるとショウタロウはポツポツと話し始めた。
「単純に外の世界に興味があるからかな。トーキョーにはトーキョーの暮らしがあるみたいに、他の場所にはその場所ならではの暮らしってのがあるでしょ?似たようなのもあるし、こことは真反対の日常だってある。僕はそんなのに興味があるから言語を覚えたり、文化論なんかの本を読んだりしているんだよ」
たしかに、ショウタロウの自宅の本棚は文化関係や言語関係の本が殆どだった。資料の一貫として集めているものと言っていたが、もともとこういうのを好んで読んでいるのもあるようだ。
それと童話集も沢山あったのをジルは思い出した。もしかしたらあの中にバリストカの話があったのかもしれない。
ショウタロウは更に続けた。
「でも、本だけの情報だとやっぱり物足りない。実際に行って身に感じて見たいという欲求は消えるどころか膨らんでばっか。情報が飽和してるからこれを治めるにはもう現地に足を運ぶしかないんだよね。だからトーキョーを出ようかどうか考えてるわけ」
ショウタロウは淡々としていたが、夢を語る子供みたいにどこか楽しそうだった。
ジルは観光というような放浪とはほぼ無縁の放浪者だが、なんとなく未開の地への憧れというのは理解できた。
「今のご時世、国を超えての旅がしたいってなかなか言うやついないと思ってたけどいるんだな。でも、ノーラとかに行くだけなら護衛とかは特にいらないと思うけど」
ノーラからトーキョーまでの道はほぼ一本で、道もちゃんとされているのがあるし、宿場町なんかも沢山あった。
それに、トーキョーからならば、車などのなんかしらの交通手段はあるかもしれない。
そうならば持ち物は沢山いるとは思うが、護衛が必要なほど過酷な道ではないだろう。
ジルがそう言うが、ショウタロウは首を横に振った。
「まあ、たしかに近場のノーラやゲルマニアドなら護衛とかはいらないかもね。電車とかあるし。けど、俺がトーキョーを出たいと思うのはもうひとつ理由があるかな、そっちの方が大きいかも」
「もうひとつの理由?」
ショウタロウはふと、こんな質問をした。
「俺って何の仕事してるって言ったっけ」
「え?えーと……字書きだろ?」
ジルが答えると、ショウタロウは正解と頷いた。
「そうそう、俺はライターだよ。記事や物語を作って書く仕事。文字を使って誰かに物事や自分の考えを伝えていく仕事さ」
ショウタロウは演説でもしてるようだった。
「それと同時に俺が体験したこと、ある程度中身は変えようともそれを文字というもので残すことができる。今日のスラムでのことなんかもエッセイやらフィクションやらで書こうと思えば書いて記事にすることはできるよ」
「それはライターじゃなくてもできるだろ?日記とかも一応そんな感じだし」
ジルがそう言うと、ショウタロウは「そうだね」と答えた。話は更に続いていく。
「でも、あれは人に読まれるためには普通書かないでしょ?自分の為に書いてるし、見せてって言われると恥ずかしがる人もいる」
ショウタロウは自分を指さした。
「そこが俺ら、字書きとの違いで、俺たちは「伝える」ために話を残す。誰かに読んでもえるようなものを作らなきゃいけないんだ。読んで貰えることで初めて、存在を認めてもらえて残すことができるからね」
読んで存在を認めるとまではいかないが、認識はされるようなものを作らなくてはならない。そして、この世界で起こったことなどを残していかなければならない。
これがショウタロウのライターとしての意識だった。
使命的なものなのかもしれないし、もしかしたら強迫観念じみたものなのかもしれない。
また、自分が作ったものを誰かに読まれたいというエゴに正当な理由を貼っつけただけかもしれない。
それでも自分はそうして文字を綴っていく。
それが天草彰太郎として生きることだ。
「俺はこの自分が生きている世界を書き記したいんだ。荒廃した世界でもたしかに自分が生きていた世界を。だけど、こんなこじんまりとした都市だけで書いていくのは限界があると思ってね。情報も文献も完全に信用できるかと言われるとそうでもないし、実際調べてみないとわからないことだってある。だからトーキョーを出て世界を巡る必要があるんだよ」
ショウタロウの表情は真剣なものだった。目の強い光が意志の硬さを物語ってる。
それがふっと崩れて、自嘲的な笑みになった。
「どうもね、こんな長々とつまんない自分語りに付き合ってくれて」
ショウタロウはそう言うが、ジルはそんなことは思わなかった。
「いや、結構面白かったけどな」
「えっ?そう?………この話すると結構みんな頓珍漢な顔するんだけどな……もっと現実見ろとかっても言われるし」
ショウタロウは照れくさそうに頭をぽりぽりとかいた。
「俺からしてみたら、どっかでぼそぼそ暮らしてくより辺りをフラフラしてる方が現実味があるけどな。案外現実ってのも人によっては違うかも」
「まあ、そりゃ君の仕事が傭兵だしね………仕事追っかけていくような感じでしょ」
「傭兵にも色々あるけどな。戦争だけが仕事じゃないし、用心棒みたいなのもするし、なんなら何でも屋みたいなこともあるぞ。そんな感じだったらどっかに家を建てて家庭を持つことだったできる」
ジルのように仕事を追いかけていくものや、完全にそこらにいる農夫みたいに日々畑を耕して、たまに入ってくる仕事をこなす。
そういうものもいくつも見てきた。
それを聞いていたショウタロウの眉が動いた。
「ふぅん。傭兵ってやつもいろいろいるんだね」
そう言ってジルの事をじっと見ている。
「まあ、大体は金で動くような奴ばっかだから
金に物言わせれば何でもしてくれるけどな。けどそういう奴は裏切るのも早いから気をつけな」
「ジルはどうなの?」
ショウタロウが尋ねるとジルは暫く考えた。
「………場合による、かな」
ダウナー街での一件を思い出しての答えただった。
「じゃあ、お金積んだらやってくれることもあるし、やらないこともあるんだ」
「そうだな。要相談ってとこで………で、なんでさっきからそんなにこにこしてるんだ?」
ジルが眉間に皺を寄せて、ショウタロウの顔を指さす。ショウタロウはただにこにことジルのことを見ている。
ショウタロウがなにも答えないのでジルの眉間の皺が濃くなった。それからちょっとだけ間を開けてからショウタロウが口を開いた。
「うーん………ちょっといいこと思いついたから」
「なんだ?そのいいことって」
「ここで言うのは………そうだな、長くなりそうだから帰ってからでいいか」
「は?」
ショウタロウは歩くスピードを早め、どんどん進んでいく。
「あっ!おい、待てっ!!」
ジルは訳がわからず、その場から動けずにいた。
「早く帰らないと話す時間無くなるよー」
なんだかんだで空はオレンジ色に焼け始めていた。
ショウタロウは軽く後ろを振り返ってそう言うと、またスタスタと歩いていく。
ジルはショウタロウの心意が分からぬまま、その後ろ姿を追いかけていった。
二人が通った細い道に夕日が差し込み始めた。
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