第6章 森の番人

1 巡礼者の村 エスカ

 ラピスとジルは新たにショウタロウを加えてトーキョーを出た。


 しばらく三人はトーキョーから伸びている舗装されたアスファルトの道の端を歩いていた。空気は乾燥はしているが気温はそこまで上がらないのでペースは順調だった。


「ところでショウタロウ。行先の希望とかあるか?ないなら俺たちは南へくだっていくんだけど」


 ジルがショウタロウにトーキョーを出る時、そのようなことを尋ねていた。

 一応形としてはショウタロウが主人だ。しかも結構な額で雇われているわけだから無視というわけにはいかない。


 ショウタロウはしばらく悩んでいた。


「うーん、俺はどこでもいいからそれでいいけど……あ、でも……」


 ショウタロウは携帯端末を取り出していくつかの操作を行い、あるページを開いた。

 この辺りはトーキョーからの電波がギリギリ届くのでまだ携帯は使えた。


 そして、開いたページを二人に見せた。


「なにこれ?」


 どうやら何かのデジタルパンフレットのようだ。写真の横に長々と解説が載せてある。


 説明の文はまだラピスが全てを理解するには少々難しすぎたので写真の方に目をやった。

 一見ただの岩のようだが、拡大してよくみてみると表面にびっしりと何かが刻まれている。


「ああ、ログか」

「ログ?」


 ジルがそう言うとショウタロウは頷いた。


「正式には『ログ・ストーン』。世界各地に存在する昔に作られた石碑だよ」

「へぇ。石になにかいっぱい彫ってあるな」


 ラピスが写真を指さした。絵にも似たものだが並び方をみるとただの模様とかの類ではなさそうである。


「ロググリフ、「記憶文字」だね。この石碑だけに使われている文字だよ」

「これも文字かぁ……」


 子どもの絵にもにたような文字をラピスは見つめた。


「まだ誰も解読してないんだよね。本当に参考になる文献とかがないから」

「じゃあ、お前はこれを解読したいのか?」

「そういう訳じゃないんだけど、単純に興味があるから見てみたいって感じかな。なるべくでいいからこれがある所に行きたい」


 そのパンフレットには現在ログストーンが展示されている博物館などの類も載せられていた。

 世界各地の施設の名前がずらりと記載されている。


「こっから一番近いのは………ゲルマニアドの博物館と神殿のか」


 ジルが画面上の文字をなぞった。

 ゲルマニアドはトーキョーがある荒野を抜けた先にある魔法文明都市である。

 王都にある博物館と神殿にログ・ストーンはおさめられているらしい。


「博物館のは見たことあるけど、神殿のはないな。行くとしたらそっちがいい」


 王都へはトーキョーから電車などの交通手段があるため行ったことはあった。


 ショウタロウは地図を広げて、今の場所と神殿の場所を照らし合わせた。

 見たところこの道をこのまままっすぐ行って、森を抜けた街にあるようだった。


「道に迷うことはなさそうだな」

「でも………今この辺りだから結構遠くない?」


 一本道といってもかなりの距離があった。歩くとざっと二週間はかかりそうだった。


「でも王都を経由するよりは遥かに近いな。見た感じ周りにここ以外の大きい街もなさそうだからとりあえずここを目指すってことでいいな」


 そうして一行は目的地をその街にして、しばらく進んでいくことにした。


 歩いていく道はひたすら荒野が続いていて、集落や住居らしい住居なんかはまだ見当たらない。


 後ろに見えていた無機的な建物の群れもどんどん遠ざかっていき、今ではうっすらと影しか見えなかった。

 それを見てショウタロウはようやくトーキョーを出てきた実感が湧いたのだった。


 もちろん周りに何も無いので基本的に野宿だった。


 夜になると火を起こし、簡単な食事をとって番を交代でとって眠る。夜は少し冷えたが、さして問題ないていどなのはありがたかった。


 ジルとラピスは火起こしくらいの簡単な魔法は一応使えたのでそれを使って火をおこしていたが、ショウタロウは魔法に関しての能力はほぼ皆無なので火をおこすときは手動だった。


 やり方は知っていたものの、いざやってみるとなると結構難しい。今は減ったものの、なかなかつかない日は結局ジルかラピスにつけてもらうということもあった。


 こんな生活の中でもジルは時々ラピスに稽古をつけていた。基本はナイフの撃ち合いや組手だが、たまに本格的な武器を使っての手合わせもあった。


 トーキョーにいた時は武器を使えなかったのでしばらくやっていなかったが、ポリックを出た辺りから続けていたのだ。


 ジルが基本防御にまわっての打ち込みだった。ジルに向かってラピスが打刀を打ち込み、それをジルは弾き返すの繰り返しだった。


 ジルの薙刀とラピスの力の刃がぶつかっては弾き合う。ラピスの力の刃から青い粒子が舞い、高い金属の音が荒野に鳴り響く。


 トーキョーではほぼ見られない光景にショウタロウは大変いい刺激を受けた。


 意外にも日はどんどんと過ぎていき、荒野が野原に変わり、地図にあった森が遠くに見えるようになってきた。


「あれ………」


 今日も三人が歩いているとふと、ラピスが遠くにあるものに気づいた。


「どうした?」

「あそこになんかある」


 ラピスがそう言って指を指した。

 ジルとショウタロウは目線をそちらに向ける。


 その先にはまだ小さくしか見えてないが、いくつか家のようなものがあった。


「もしかして……村?」


 じっと目を凝らしてショウタロウが答えを出した。ジルも共にそちらを見ている。


「たぶん………そうだな、村だ。人がいるかどうかはわからないけど」

「でも地図には特に何もかいてなかったけどなぁ………廃村のほうが可能性あるかな」


 ショウタロウは地図を思い出していた。たしかに、あの地図には村があるとは書き込まれていなかった。


 ジルはそれに対してこう言った。


「基本村ってのは地図に乗ることの方が少ない。だから行ってみるまで廃村かどうかはわからんぞ」

「ふぅん。そうなんだ」


 ショウタロウの知識がまたひとつ増えた。


「村につくまでどのくらいかかる?」


 今度はラピスが尋ねてきた。


「そうだなぁ……今もう昼を回ってるから着く頃には夕方かもな」

「運が良ければ泊まるとこ貸してくれるかもね」


 そして三人は再び歩いていき、村の目の前までたどり着いた。日はジルの言っていた通り、傾きかけていた。


 村の近くには畑のようなものがあり、そこで作業している者もいた。

 育てているものは麦の類だろうか。背の高い草が茂っていた。


 その茂みの脇を通ろうとした時そこから中年の男が顔を出した。


「やあ、あんた達。もしかして旅のもんかい?」


 中年の男が話しかけてきた。じっとこっちを見ている。


 ジルは適当に話を返した。ショウタロウとラピスはどうしたらいいかよくわからないのでジルに任せることにした。


「まあ、そうだな。ちょうどトーキョーから来た」


 その答えに中年の男の目が丸くなった。


「へぇ、トーキョーとは随分と遠いもんだなぁ。それでどこに行くんだい?ここを通るなら王都ではなさそうだし……」

「今からはコンスティアっていう街に行くんだ」

「てことはクルシアナの巡礼かい?そこにはデカい神殿があるっていうし」

「巡礼ではないけど神殿にはよろうと思ってる………ところでここで寝泊まりできる所を貸してくれる場所ってのはないか?今日はこの辺りで一晩過ごそうと思ってたとこで」


 ジルは自然な流れで本題に入った。男は頷いて答えた。


「ああ、それなら巡礼者用の小屋があるはずだ。ここはよくそういうのが来るからねぇ……もう若いのが村長に伝えているかもしれない。ほら村の入口にみんな集まってるだろ」


 男が指を指した方を見ると、村の入口に人が集まってきているのが見えた。髭を生やした小柄な老人を中心に集まっている。


「多分巡礼者じゃなくても小屋を貸してくれると思うよ。とりあえず村長に会ってきな。あの真ん中にいるのがそうだ」


 どうやらあれが村長らしい。


「わかった。ありがとな」


 ジルは男に礼を言うと、村の入口へと向かっていった。


 男も畑での作業をやめてどこかへと歩いていった。


 村の入口にはざっと十数人が集まっていた。客人が来ると聞いて、みんな見に来たのだろう。


 村の入口に三人が着くなり、あの男が村長だと言った老人が前に出てきた。小柄だが腰は曲がっておらず足取りもしっかりとしていた。


「やあ、どうも旅のお方。よくぞここまで御足労頂きました」


 村長はにこやかに微笑んだ。三人は会釈で返した。周りにいた村人も簡単な挨拶をしていた。


「話は既に聞いております。トーキョーからいらしたと………しかし、お姿を見るに巡礼者ではなさそうですね」


 村長は改めて三人を見てそう言った。クルシアナの巡礼者は大抵白色のローブを着ている。

 もちろん巡礼者では無いのでそれを着ているものは一人もいない。


「はい。この通り巡礼者ではありませんがコンティアナに向かう途中です。ちょうどこの辺りで一晩を明かそうと思っていたところでこの村にたどり着きました」


 ジルがそう言うと、村長は理解したと頷いた。


「なるほど、左様で。ようこそ、巡礼者の村、エスカ村へ。ここは昔から巡礼者が休むための村として存在してきました。もちろん巡礼者ではない方にも小屋を貸しております。粗末なものですが是非今夜はそこでお過ごしください」


 村長が村人に合図すると、一人がこちらへ向かって歩いてきた。

 そして、こちらにどうぞと三人を促した。三人はとくに拒むこともせず、案内人の後について行った。


 もう夜ということもあって村人は日々の仕事を終えてそれぞれの家へと帰る途中のようだった。道具の片付けや戸締りをしていた。


 村の規模はせいぜい四、五十人と見える。


 ラピスは村の風景をきょろきょろと見ていた。

 その時、視界の端にジルの姿が写りこんだ。

 彼も同じように村の様子を見ているようだった。


「………ん?どうした傭兵?」

「いや………なんでもない」


 ただ、ジルの顔が少しだけ険しいものだったような気がした。


 三人は村の端の方にある小屋に案内された。案内人が小屋の鍵を開けて三人を中に通した。


 質素なものだが、ベットや机もあり掃除もきちんとされていた。一晩過ごすにはちょうど良かった。


「こちら村で取れた麦を使ったパンになります。良かったらお召し上がりください」


 そう言って案内人は籠を差し出した。中を見るとこんがりと焼けたパンが三つ入っていた。


 三人が礼を言うと、案内人は一礼して小屋を出ていった。


 日は完全に落ちて、外を照らすものは家から漏れる灯りくらいだけになった。

 三人はしばらく小屋の中の物を確認したりしていた。


「なんか思ってたよりもすんなりいったね。ていうかこんなとこにも巡礼者の村なんてあったんだ」


 ショウタロウは部屋にあった椅子に腰掛けた。古いが造りはしっかりとしていた。


 ラピスはショウタロウの反対側の椅子に腰掛けた。ジルは立ったまま窓の外を見ていた。


 巡礼者の村というのは名前の通り、各地の寺院や聖地を巡礼する者が旅の疲れをとるために作られた小屋を管理する人々が集まってできた村のことを言う。


 クルシアナに限らず他の宗教にもこういったものがある。


 ショウタロウは昔一度だけノーラ近くの巡礼者の村へ行ったことがあった。


「その今から行くコンティアナっていう街がそのクルシアナ?っていう宗教の聖地ってやつだからか?」


 ラピスには一通りショウタロウから宗教の仕組みや成り立ちを教えたがいまいち理解にはいたっていなかった。

 神とか言われても結局何がどうなのかわからなかった。


「そうかもね。森の中に入るための準備ができるようにしてるんじゃない?動物とかも出るしその安全を祈るお祈りとかもしてそうだし」

「ふぅん」


 お祈りと言われてもラピスはそれに意味があるのかどうかわからなかった。


 そうして話しているとラピスの腹の虫がなった。時間的には既に夕餉だ。


 ラピスはテーブルに置かれた籠に入ったパンをちらりと見た。普通のパンだが美味しそうだった。


「なあ、傭兵。このパンどうする?ここで食べてくか?」


 ラピスはパンを一個手に取った。


 食事はいつもはジルが持っている携帯食やその辺で取った動物なんかを食べている。


 ただ今日は出されたパンがあった。パンなら日持ちもするし持っていくことも可能だ。いざという時にとっておいても損は無いだろう。


 ラピスはジルの方を見た。ジルはパンをみてしばらく考え込んでこんなことを言った。


「食べない方がいいな」

「じゃあ持ってくってこと?」

「いや、置いてく」


 その答えに二人は驚いた。


「え?なんで?」


 ラピスが尋ねるが、答えるより先にジルはあの見かけは何も入ってなさそうなカバンを漁り食料を二人に向かって投げた。


 急に投げられたのでつかみ損ねて床に落としそうになった。

 二人は訳が分からずジルの方を見るが、ジルはすでに包みを破いていた。


「それをさっさと胃袋に入れな。空腹は判断力が落ちる」


 ジルはニヤリと笑いながらパサついた携帯食をかじった。



 ***


 家の灯りはどこも灯っておらず真っ暗だ。というのに村の真ん中には男女関係なく人々が集まっていた。

 手にはランタンとなにやら物騒な武器を持ってる者もいた


「よし、お前ら。準備はいいか?」


 人混みの真ん中にはさっきの村長がいた。あの優しい趣は完全に消えていて、目には冷たい光があるだけだった。


「小屋の場所は?」

「村の端の右から二番目の小屋だ」


 ジルたちを案内した男が村長に向かって答える。


 一同はぞろぞろと、かつなるべく音を立てないように村の中を進んで行った。ランタンの灯りだけがゆらゆらと不規則に揺れる。


 あの三人がいる小屋が見えた時、灯りはついていなかった。恐らくもう眠っているはずだ。


「どうだ?」

「多分大丈夫だ。万が一起きていたとしてもパンに入れた毒が効き始めるくらいだ。まともに相手はできない」

「よし、ならば位置に着け!気づかれるなよ」


 村長がにやりと笑いながら村人に指示を出す。三人の村人すっと現れ、素早く静かに小屋の前の決まった位置に構える。


 ここまで来ても小屋の中から音はしない。動きはないようだった。気づかれていない。


 まんまとこっちの策にかかった。

 そう思うと村人の顔から自然と笑みがこぼれた。


 村長はあの三人のことを思い出していた。


 若い男二人と少女の妙な組み合わせだった。どういった関係かくらいは聞いておけばよかったかもしれないと村長は思った。


 あの目立つ髪色の男はどうかわからないが、メガネをかけた男のほうと少女はこういったことには慣れてはいないだろう。少女の方は捕まえたら後でゆっくりと遊んでやるのもいいかもしれない。


 細く微笑むと、村長は最後の合図を送った。


「行け!突撃!」


 その言葉と共に、待機していた三人が小屋の中に同時に突っ込んだ。その後に続けて村人が小屋に押しかける。


 こうなれば逃げることは不可能だ。上手くかいくぐろうにも人数では圧倒的に有利で、パンの毒も回ってくる頃だ。


 はたしてあの三人はどこまで抵抗できるか。ゆっくりと見させてもらうことにしようか。


 そう思っていた村長の思惑は打ち砕かれることとなる。


「いないぞ!?」


 小屋の中からそんな声が聞こえてきた。


 その声が始まりとなり、次から次へとざわめきは大きくなっていった。


 それは直ぐに村長にも届いた。


「なんだと!?」


 予想外のことに村長の笑みが崩れた。

 直ぐにあわてて村長も小屋の中へと駆け込んだ。


 村人の間をかき分け、小屋の様子を確認する。

 村人でごった返す小屋の中は綺麗なままだった。ベットも使われた形跡が無かった。


 変わっていたこととしたら………



 床に踏み潰されたパンが三つ転がっていたくらいだった。


 村人は村長を囲む形で立っていた。

 パンを見下ろす村長の後ろ姿は微かに震えていた。


「探せ!!時間的にまだ遠くには行っていないはずだ!!探しだせぇええ!!」


 爆発した怒りにまかせて怒鳴った村長の声が夜空に響き渡った。







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