2 森の中にて(ジル)

「お、来た来た」


 後ろから聞こえてくる雑音にジルは気づいた。

 後ろを少しちらりと見てみると案の定ランタンの光がいくつも闇の中に浮かんでいた。


 三人は走って先を急ぐ。ジルに言われるまま携帯食を胃袋に放り込み村を出たところでこうなった。


「で、なんなのこれ」


 ショウタロウが最後尾を走るジルに尋ねた。とくに不安がっているような素振りも見せなかった。


「追い剥ぎの村だ」

「追い剥ぎ?」

「簡単に言えば盗賊とかだ。こうやって旅人や近くを通った商人の持ち物なんかを奪ってく。そのやり口として村を装って旅人なんかを招き入れる方法があるのさ」


 そのやり口を追い剥ぎの村と呼ぶとジルは後ろを見ながらそう言った。


 客人が眠ったところを襲い持ち物などを根こそぎ奪い取るのがセオリーだ。

 それを円滑に進めるため、出すものに薬を混ぜるのもよくある事だ。

 あのパンにもほぼ何かが入っていたに違いない。食べていたら今頃どうなっていただろうか。


 パンを踏み潰したのはちょっと煽りすぎたかなと今になってジルは思った。まあ更気にしたところでどうもこうもないのだが。


 ランタンの光が辺りにへと散っていく。三人を探すために村人達、もとい盗賊達が別れたのだろう。


「おかしいと思ったんだよ。畑は一応育ててはいるけど雑草まみれだし、家畜小屋みたいなのもあるのに中には何もいなかった」


 ジルは思った通りだと笑いながら言う。


 あの麦畑に生えていたものを思い出すと、たしかに麦にしては生えているものの背丈が不揃いの草の方が多かった。

 それに今の時期なら麦はとっくに収穫を終えている。


 ということはあそこに生えているものの殆どは雑草の類ということとなる。それだけふだん手入れされていないという証拠だ。


「それに子供が一人もいない。こんなに若いやつがいるなら、そいつらがつくった子供が何人かいてもいいだろ」

「そうだね………そこそこの大きさの村じゃ子供がいないのは有り得ないか」

「じゃあ巡礼者の村ってのも嘘?」


 今度はラピスが尋ねるとジルは首を横に振った。


「それはホントかもな。建物に十字架とかが入ってるのがあったし、あの家の中にやたらと古いクルシアナのタペストリーもあった。もともとはちゃんとした村だったけど、それが廃村になったのをああいう賊が利用してるって感じだ」


 雑音はどんどん大きくなってきて振り向かなくても距離が詰まってきているのがわかった。ハッキリと怒号や罵声だと認識できる。


「どうする?何人かこっちきてるけど」


 一度三人は立ち止まって後ろを確認した。


 あちらの動き方を見るに多分気づかれているだろう。


 ただ、時間的にそんなに逃げる時間は長くはないのは想定済みだったのでジルは特に焦ることはなかった。


 そして、目の前には森がある。


 こちらを追ってきているのはランタンの数や声からして現在五人程と見えた。


「もう時期森の中に入れる。そしたら俺がしばらくあいつらの気を引くからお前らはその間になるべく遠くまで行け。俺とラピスは連絡魔法は使えるから一通り片付いたら連絡する」


 ジルがそう言うとラピスが頷いた。


「ジル。今魔法は上手く使えないみたいだけど大丈夫なの?」


 ショウタロウがそう言った。表情などはいつも通りだが心配してくれているのがわかった。


 たしかに今のジルは斬撃や気を使おうとしてもトーキョーよりはマシだが地形の魔力の量の関係で威力が結構下がっていた。魔力のコントロールの方もいつもよりも抜けていく量が多い。


 だが、戦場は気が全てではない。


「五人くらいなら使えなくてもどうにかなる」


 めんどくさいだけだと、ニヤリと笑いながらジルは小さくして首から下げていた薙刀を手に取った。直ぐに薙刀はジルの身長と同じくらいの長さになる。


「もしあいつらと出会ってしまったら?」

「そうだな……」


 ジルはラピスをじっとみた。


 ラピスの顔は昔みたいな不安や恐れではなく真剣なものだった。


 いい面構えだとジルは思った。


 ポリックを出た辺りから、ラピスの中で何かが座ったようで稽古の時の動きにも迷いが消えていた。

 迷いが消えたことにより、ラピスの本来持っていた武芸の才が開花し、どんどんとジルから技術を吸収していった。今ではナイフの方に至っては避けてからのカウンターまでに上達していた。


 ジルはラピスの強さを信じていた。


「………一人、二人なら今のお前でも相手できると思うけどそれ以上なら隠れてやり過ごすか逃げた方がいい。それにショウタロウもいる。なるべく逃げることを軸にな」

「わかった」


 ただラピスはそう返した。


 そして三人は森の中に飛び込んだ。


 夜なので暗いが、今日は月が出ているのでまだ周りは見えるほうだった。月光が木々の隙間から差し込んで僅かな光を作る。


 しばらく三人は一緒に動いていたが、ジルが指で二人に行く先を支持すると、二人は頷いて森の奥に消えていった。


 二人を見送った後、ジルは近くの茂みに身を潜めた。そして辺りに意識を集中させた。茂みから覗く双眸は獲物をじっと待つ獅子のようだった。


 ジルは足音などよりも先に魔力の流れを感じ取った。

 この動き方と量は人のものだと判断できた。ちゃくちゃくとこちらに向かってきている。


 ジルはそのまま辺りを窺う。


「どこにいきやがった!出てこい!」

「焦るな。まだ遠くには行っていないだろう。………足跡もあるかもしれないんだからそれを探せばいい」


 それに遅れて声も聞こえてきた。だんだんと声は大きくなって盗賊たちが姿を表した。


 人数は思っていた通り五人ほどだった。全員武装しているが特に気になるような武器なんかはなかった。


 これなら何とかなるだろう。ジルは頭の中でとるべき行動を思い浮かべた。


(さて、と………)


 ジルはわざと茂みを揺らすようにして走り出した。当然音は彼らにも聞こえているだろう。


「そこかっ!!」


 男たちは直ぐに反応してその音を追いかけていく。


 しかし手がかりは音だけだ。しばらくしても何も見つけることはなかった。

 男たちは1度追跡を中止して森の中でキョロキョロと辺りを見回していた。


「いねぇな……」

「もしかしたら狸とかだったんじゃねぇのか?あいつら夜行性だろ?」


 一人が茂みをわって中に入っていく。小さい何かがチョロチョロと鳴き声とともに逃げていくのがわかった。


「確かに……あっ!でも待て!ここに足跡があるぞ!」


 一人がそれに気づいて指を指した。動物のものでは無い人の足跡だ。

 調べてみるとまだ鮮明にくっきりと残っている。明らかにここ最近のものだとわかった。


 自分たちの獲物の足跡と判断した盗賊達は、今度はその足跡が向かう方向へと足を進めていった。


 ジルが近くの木陰からそれを覗いていた。

 あれはジルがわざとわかりやすく残しておいたものだ。

 あの足跡が人一人ぶんのものしかないのを見抜けないあたり、索敵は慣れてないように思えた。隠れて見ていたジルは彼らの後をこそこそとつけていった。


 それから盗賊たちは何回か足跡なんかを見つけたりしたがなかなか獲物の姿は見えてこなかった。

 男たちはまた辺りをぐるぐると回って情報を探し回っていた。先程見つけた足跡から辿れるものが無くなったようだ。


「………なあ、ちょっとおかしくないか?」


 盗賊の一人がそう口を開いた。視線の先にあるのは不自然に折れた低木の枝だった。怪訝な顔をしてそれを見つめている。


 隠れている場所からそのままジルは動かず、盗賊がどう動くか話に耳を傾けていた。


「なんだ?………これになにか気になることか?」

「ああ」


 その違和感を持った盗賊の一人が近くに落ちていた小さな枝を手に取った。

 何かあるのかとその枝を仲間がよく観察してみるが特に変なところはなさそうだった。


「うーむ……枝自体なんも変わったことはないことに見えるけどな……」

「たしかにこれは最近折れた枝だ。で、位置的に人が通ったりして折れたと考えていい。それで折ったのも多分あの三人で確定していいな」


 仲間の一人が首を傾げた。枝が変とかどうかとかいうことではないらしい。


「そりゃわかるけど……何が言いたいんだ?」

「おかしいんだよ………こんなに手がかりがあるのに一向に見つからないのってそうそうあるか? 」

「そりゃ、まぁ運とか見当違いってのもあるだろさ。手がかりがあるって言っても見つからないことは………」


 そう言いかけたが、盗賊の男は口を止めてしまった。


 男は今までに見つけた痕跡を再び思い出してみた。

 音、折れた小枝、踏み荒らされた茂み、足跡……。

 普段なら見つかってもいいほどの量の痕跡をここに来るまで既に発見している。なのに一向に姿どころか気配すらも感じられない。


「たしかに……いくらなんでもおかしい。痕跡を残しちまうってことは逃げ慣れてないはずだろ?普通はなるべく残さないように隠すはずだ。一番簡単な足跡だって沢山あったし……」

「もしかしてあえて残しているんじゃないか?俺たちを誘導するために……」

「誘導………?」


 盗賊たちがこそこそと何かを話し始めた。

 ジルは木陰で様子を伺いながらうーんと考えていた。


(ついに勘づかれたかぁ……)


 痕跡を撒いては、彼らが見失ったと判断するタイミングを見計らって再び何か他の場所に痕跡を置いておく。

 こうすれば目の前にいる男たちだけだが、ターゲットをジルに絞り込むことができる。


 これである程度キリがつけばその場から静かに離れて合流することができるが、そこまで上手くいくことは稀だ。大抵はもっと早い段階で気づかれる。


 盗賊の男の一人は枝が折られた低木を見ていた。これも足跡と同じようにあえて痕跡を残したかのように見せるために細工されたのだろう。


 ここまでよく不審がられずに誘導できたものだ。


 背中にすっと汗が落ちてきた。

 男は追っている側なのに、いつ相手が出てくるかわからないという妙な不安に駆られた。


「じ、じゃあ、もうあいつらはこの辺りにはいないってことか?」


 低木から目を離し、不安を払うためにとりあえず今一番ありそうな結論を出した。それにある男は首を横にふって答えた。


「いや、跡はまだ新しいから近くにはいるとは思うが……全員は揃っていないと思う。今思ったがあの足跡は多分一人分しかない。恐らく囮役が一人、足跡の大きさ的にあのメガネの男か派手な髪の男かのどっちかのだ。俺たちが囮を追っかけている間に二人を逃がす、という作戦なんだろうな」


 推測を述べる男の口調は落ち着いていたが手をぎゅっときつく握りしめていた。

 その悔しさが仲間にも伝わったのか、皆悔しそうな顔をしていた。


 だが一人は木に向かってドンと拳を叩きつけた。鈍い音がする。


「くそっ!!まんまとやってやられたってやつか……!どうするんだ、頭に顔向け出来んぞ……」


 そう言う男がぎらりと明らかに殺気を含んだ目で仲間を睨みつけた。

 自分に向けられたわけじゃないのはわかるがその剣幕に仲間は戸惑っていた。


 そのうちの一人はため息をついた。


「落ち着けよ、まだ見失ったって決まったわけじゃないだろ?大きな声出すな、バレるって」

「は?何そんなこと言ってんだ?」


 なだめようと一人が肩に手を置こうとするが、男はそれを払いのけた。そして持っていた剣を抜いた。


 仲間たちは慌てて自分たちの剣に手をかけるがそれを見た男は小馬鹿にしたように笑った。


「はん、お前らを切るつもりはないから安心しろ。こんな俺たちを舐めたことしてくれたやつに向けた剣だ!おい出てこい!!聞いてんなら俺たちと勝負しろ!!」


 男は完全に頭にきているのか本来の目的を忘れている。


 追跡もあったもんじゃないほど怒鳴り散らす男に仲間は完全に困惑していた。

 ただ、止めようとしたら自分まで斬り捨てられかねないのでただ見てるしかできないようだった。


(……………)


 ジルもその仲間たちに同情した。ちょうど傭兵団にいた時の嫌な上司がこんな感じだった。


 ジルは顔を顰めた。


 相手してもどうにかはなるが今は気分で行くと魔力等を温存しておきたかった。

 荒野よりかは魔力抜けはマシにはなっているといえど、それでも本調子ではない。


 男は何かを叫んでいるが興味が無いので耳を貸さなかった。なんとか落ち着かせようと仲間も何か言ってるように見えたが、怒号にかき消されてこちらはほとんど聞こえなかった。


 完全に皆の注意は男の方に向いている。


 ジルはこの隙にとっとと逃げてしまうことにした。


 その場を離れようとした時、ジルのすぐ近くの茂みが揺れた。

 見てみると動く茂みから耳としっぽが覗いている。怒号に驚いて動物たちも逃げようとしたのだろう。


 だが、これが良くなかった。


「そこかぁあああっ!!!!」


 男は揺れた茂みに向かっていきなり斬撃を放った。白く細い斬撃はジルの真横を通り茂みを切り裂いた。


 自分が狙われたわけではないのに、ジルにとってここ最近で一番驚いた出来事だった。


 切れた自分の髪の何本か中を舞い、動物の鳴き声らしきものが聞こえた。その方を見てみるとその鳴き声の主らしき動物が血を流して倒れていた。


 そして茂みが切られてしまったことによりジルの姿は茂みからはみ出てしまうことになった。


「見つけたぞぉおおおおお!!!!」


 男はジルの姿を捉えるなり半狂乱のように笑いながら斬撃を次々と飛ばしてきた。


 辺にある枝や茂みを切り倒し、土埃が舞い散る。


 もちろん仲間のことなど考えてはいないだろう。狙いがそれた斬撃が一人に当たりそうになった。


 仲間たちは獲物が現れたことよりこの男をどうにかすることを優先していた。どうにかして抑えようとしてはいるものの周りをうろうろとするだけだった。


 ジルはすぐに薙刀を持ち直し、次々とくる斬撃を弾き飛ばしていく。斬撃の威力自体は言ってしまえばそんなに高くなかった。今の自分のものにも劣っているとジルは思った。


 それでも一応は斬撃なので当たれば痛いし切れる。


 ジルが弾き飛ばした斬撃が飛んでいき、盗賊の一人に当たってしまった。

 当たった男は衝撃でひっくり返ったがすぐに起き上がった。腕にできた傷から血が垂れたが深手ではなさそうだった。


「おいいい加減にしろ!お前のせいで全滅したら元も子もないだろ!!」


 盗賊団の一人が暴れる男に負けんばりの音量で怒鳴った。

 流石にこれだけの音量を近くで聞いたので男にも聞こえていたが、中身はまったく無視していた。


「ゴタゴタ言ってる暇あればお前もやれ!!逃げちまうだろ!」

「やるんじゃなくて捕まえるんだよ!!」


 暴れている男以外も皆ジルに剣を向け始めた。

 ジルをどうにかしてしまえば暴れている方もどうにかなると判断したようだ。


「こいつはともかくお前らはなるべく殺すなよ。男でも売ればそれなりに金にはなるからな」


 この男が一応の核のように見えた。

 男の言葉に皆が頷くと、飛んでくる斬撃の間から盗賊たちの剣が襲いかかってきた。


 ジルはまず手前の方にいる男の剣を弾き飛ばし、すかさず薙刀を振るい別の男の剣を受け止める。


 突っ込んでくる辺りを見るに、どうやら斬撃を使えるのはあの一人だけらしい。

 そいつも一向に斬撃を辞める気がしない。なんとも厄介なやつが暴れたものだ。


 斬撃の欠点として、複数の仲間と戦う時はそれがかえって邪魔になることも上げられる。


 ジルはどんどん繰り出され続ける剣と斬撃を弾き続けていった。


 また盗賊が一人、あの核らしき男がジルに向けて剣を向けてきたが直前にジルに向かって飛んできた斬撃によって阻まれる。


 核らしき男は斬撃が飛んできた方を睨む。


「ちっ!!いい加減やめろ!邪魔をするな!!」


 男がそう怒鳴るが、相手の男も怒鳴り返してきた。


「邪魔なのはお前らだろ!さっきから全然当たんねぇ!」

「こっちもお前のそれが邪魔なんだよ!使えても当たらないと意味ないんだぞ!」

「てめぇは使えもしないだろうが!!」


 ジルは少し呆れた顔をしてそれを見ていた。


 敵を前にしておいて仲間内で言い合いと来た。戦場ではまず有り得ない。こんなことをしていたらすぐに命火は消されてしまう。


 普段からこんな感じなのだろうか。

 だとしたら普段の狩りも上手くはいってなさそうだ。

 陣の出来としてはあのグラードのところの方が良かった。仲の良さなどはわからないが必要最低限の連携は取れていた。


 ジルは相手の剣目掛けて薙刀を薙ぎ払った。


 言い合いに気を取られていた男ははっとしてすぐに剣を持ち直そうとしたが間に合わなかった。剣は甲高い音を奏でて男の手を離れて宙を舞う。


 ジルはすかさず、がら空きになった男の脇腹を突いた。


 手に肉が切れる感覚が伝わり、薄闇に鮮血が踊る。男は呻き声を上げてその場にうずくまった。


 男が気絶したかどうかを確認する間もなく、斬撃と剣がジルに降りかかる。


 その斬撃と剣をかいくぐり、また一人の男に向かって薙刀を払う。


 今度は男の顔面の端から端へと一の字に切り裂く形となった。


 顔を切られた男は痛みのあまり両手で顔を抑えた。

 ジルは隙だらけの男の腹目掛けて蹴りを入れる。男の体が吹っ飛び、背後の木に激突してそれ以降動かなかった。


 立て続けに二人を片付けられて男たちの顔に余裕がなくなり始めた。あの斬撃を飛ばし続けている男からも下衆な笑みが消えていた。


 男たちの攻撃が一時的に止まった。


「お前らも大変なもんだなぁ………こういうのは連携ってのが大事だ。一人でもこうやって乱すやつがいれば複数人の方が不利になる」


 ジルは僅かに笑いながらすっと薙刀をとある方に向ける。その先にいるのはあの斬撃を無駄に飛ばしまくっていた男だった。


 その男の体は僅かに震えていた。

 恐怖ではないだろう。血走った目と殺気がそれを伝えている。


 ジルは何人もこんな目をしたやつを見てきた。


「俺を待ってたんだろ?どうだ………ここはサシでやってみるか?」


 薙刀を下ろすことなくジルはそう問いかけた。


 男の頭の中で何かが切れたような音が響いた。

 気づけば男は目の前の笑う男に向かって斬撃を飛ばしていた。


 さっきよりも明らかに強い。

 荒れ狂う斬撃をジルは薙刀で受け止めた。


 ぶつかった時に光が弾けて衝撃波が起こる。それが土を巻き上げて視界がかすみ、ジルの姿が見えなくなる。


 盗賊たちは衝撃波の発生源にじっと目を凝らしていた。

 土埃が晴れた時、ジルの姿はそこにあった。


 これを答えとみたジルはまだ笑っていた。

 だがそれはぎらりと光る目で歯を見せてニヤリと笑うものに変わっていた。


 姿を見るなり男は斬撃だけではとどまらず、ジルに向かって雄叫びを上げ剣を振るう。


 それを避けては弾き、今度はジルの突きが男を狙う。

 ヒュっと風を切る音がして、切れた服の端がはらりと落ちていく。男はギリギリで身を捻って交わしたようだった。

 それでもすぐさまジルは手の中で薙刀を滑らせ、持ち直し再び男に向かって薙刀を振るう。今度は交わしきれずに薙刀は男の頬の皮膚の表面を掠った。


 男も剣を振るうが、剣が逸れていくと思ってしまうほど目の前の男に剣が触れることはなかった。

 そしてまた彼の薙刀が男を狙う。交わしたかと思えばすぐにまた別の方向から刃の光が現れる。


 カァンと、刃と刃がぶつかる音が響き渡った。男の手に今まで感じたことの無いくらいの痺れが走り、僅かに欠けた剣の刃が自分に降りかかる。


「ってぇ………なんなんだよお前っ……!」


 男は思わずそんなことを口にしていた。


「傭兵だ。これでも本調子ではないんだけどな」


 ジルは相手の剣を押し返すと、男の腹目掛けて薙刀を突いた。また避けきれなかった服の先が破れて落ちていく。


 手に残る僅かな痺れが男に焦りを産んだ。


 刃の打ち合いではおそらく自分は勝てない。


 男の顔から動力となっていた怒りはなりを潜めていた。


 男はぱっと煌めく刃を交わすと、後ろへと下がった。そして剣により強く魔力を流す。

 魔力を纏った剣は白く光始めた。


 打ち合いで勝てないならこっちで勝つしかないだろう。さっきのばらまいていた斬撃とはまた違う。光はどんどんと強くなっていき、当たりを薄く照らしていく。


「これでも喰らえ!!」


 そう叫んで男は剣を振るい、貯めた魔力を放出した。


 魔力は白く弧をひきながらジルに迫ってくる。

 その放たれた魔力は斬撃とは異なる、なにか動物のような形になろうとしていた。


 斬撃が「気」になる初期の段階だ。

 斬撃とは明らかに違う覇気を感じた。


「へぇ」


 ジルは興味深そうにそれを見ていた。そして薙刀を構える。

 流石にあれを素の薙刀で弾き飛ばすことはやめておいた方がいいだろう。刃が悪くなる。


 ジルも薙刀に魔力を流し始める。ジルの薙刀が赤い光を纏い始めた。

 ここでは気を放てるだけの魔力を貯めることは難しかったが、問題はない。

 斬撃でも十分だ。


 ジルが薙刀を振るい、赤い光が放たれる。


 同時に聞こえるは獅子の咆哮と見間違えるかの轟音。

 その光は空をかける流星のように飛んでいき、相手の気を正面から迎え撃った。


 相手の気は赤い斬撃とぶつかるなり、崩れて光の粒子となって消えていく。

 ジルが放った斬撃はそれで止まることなく、勢いを保ったまま男の方へと飛んでいった。


 男は斬撃を目にして、獅子の顔を見たような気がした。決して斬撃が気になって、獅子の形をしていたわけではない。


 次の瞬間には激しい衝撃が男を襲う。


 斬撃は男を吹き飛ばしていた。吹き飛ばされた男は後ろに下がっていた男の方に飛んでいきぶつかった。吹き飛ばされた男は白目を向いて倒れており、巻き込まれた男も動かなかった。


 ジルは残った男の方を見る。

 男はジルと向き合い、剣を取ろうとしたが倒れている仲間を一瞥した。

 次々と仲間を片付けられ、あの斬撃を見せられた男にとってこちらの勝機は全くないと判断した。

 ここは撤退して助けを求めた方が良いと判断したのか男は剣を取らずにどこかへと走りさろうとした。


 仲間を呼ばれては面倒になるので気絶ぐらいはさせておいた方がいいと思ったジルが後を追おうとした。


 その時、どこからか銃声が響いた。


 すぐにジルは足を止めた。

 それと同時に逃げていくの男の後頭部を細い光が貫いた。男は小さく呻き声を上げると、力なく地面に倒れていった。


 ジルは辺を警戒しながら倒れた男の様子を見る。頭を撃ち抜かれたようだったが血は一切出ていないし息もあった。屈んで撃たれたと思われし所を探ってみるも傷らしい傷は見当たらなかった。


(撃ち込まれたのは普通の弾丸ではないな……もしかして魔法の類か?それにたぶんこいつらの仲間ではない………最初からこっちを狙っていた)


 あの撃ち方を見るにジルを外して当たってしまったという感じではなかった。そう思うと自然と仲間という線は断ち切れた。


 ジルは顎に手を当てて考えていた。

 仲間ではないにしろ、完全に危害をくわえないという者だとも言いきれない。それに銃を持っているのはこの時点でわかる。


 そうなれば早いところラピス達と合流してしまった方がいいなと立ち上がり、その場を離れようとした。


 直後に感じるすぐ後ろの気配。



 ジルははっとしてすぐに後ろを振り返った。


 ジルはここまで特に警戒を解いていたわけでもない。それに体質的に普通ならすぐに周りの気配には気づける。

 だが、本当にこの瞬間までこんな近くで誰の気配も感じてなかった。


「手を挙げて武器を置いて」


 気配の正体である、銃を構えてこちらを睨む男はそう言った。








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