第1章 やさぐれ

廃れた砂漠の都市の少女 1

 今、2000何年だっただろうか。いや、もしかしたらもう3000年になってるかもしれない。


 流れ者のために特に日付を気にすることなく過ごしてきたためか。ぼうっと雲を眺めて、くすんだ大気を吸いながらふと、そんなことを思い付いた。


 思えば日付どころか自分の年齢もいつからか数えなくなってしまった。けど20あたりまでは数えていたのでとりあえず成人はしてる。

わかるのはそれだけである。


 目に焼き付くほど濃い桃の、ばさばさと傷んだ髪をジルはかきあげた。

 男でありながらこの色の髪を持っていることを幼いころは、からかわれたこともあったが、別にこの色が嫌いではなかった。そういうのは固定観念とか偏見と言って笑い飛ばしてきた。


 今は宛もなく、荒れただだっ広い砂漠となった大地のど真ん中を一人突き進んでいる。

 遠くを見渡すとぼんやりともやのように突き出た建物の群が見えたが、あの都市にはもう誰もいないのだろう。


 後ろを見てみるも先程ジルが残してきた足跡しか残されていない。

 風が吹く度に乾いた砂も巻き上げられる。

 強い風が吹くと砂が体に当たってけっこう痛かったりする。砂と言えど侮れない。


 どうか目にだけは入らないでくれよ、と。強く吹き付ける砂混じりの風に目を細目ながらただ迷うことなく、ジルは荒れた地にまた足跡を残しながら歩いていった。


 ***


 この世界は昔から「魔法」というものの存在があった。始まりは詳しいことはわかっていないが、約3000年ほど前に誕生したと言われている。


しかし、すべての人類がその「魔法」を使えるわけではなかった。


 その魔法の元となる「魔力」は大地を自由に巡り合っている。そのせいで、魔法に適した土地というのがあるくらいだ。

もちろんこれは生き物にも、無機物にも流れている。


 その魔法と相性が悪かった、一部の人々が魔法の変わりにと発展させていったのが「科学」の存在だった。


 互いに魔法でしか出来ないこと、科学でしか出来ないことがあることにより、世界は均衡を保っていたのだろうか。

 世界はこの二つのおかげでここまで発展したのだろう。



 だが、ジルは生まれてなかったので詳しくは知らないが何年前だっただろうか。


 第5次世界対戦が勃発した。


 第5次ということなので前にもたしかに、話や文献を見れば大きな戦争はあったことが分かるが、この戦争はその中でも比べ物にならないほど大きかったとのことだ。

 世界中を大きく巻き込んだこの戦争は各国からありとあらゆる科学技術や魔法がぶつかり合い、やがて崩壊した。


 戦争は何かしらの技術が向上する時でもある。


 どこかの誰かがそう吹いていたような気がするが、技術向上どころか今まで自分たちが築きあげたものまでなかったことにしてしまったなら意味が無い。


 世界はこの二つによりひどく荒れ果ててしまったのだった。

 人々はなんとか小さな国をポツポツと形成しなおしていったが、戦争が終わってもなお、食料問題、種族間、資源の確保、人口問題等の小さな争いが各地で絶えない。


 さっきの辺り1面砂とは打って変わって、周りには先人たちの残した意味もない人工物が佇んでいる。

 この都市も少し前まではたくさんの人々が暮らしていただろう。

割れた窓、切れた電線、崩れかけた看板が見事な荒れっぷりを醸し出していた。


 店らしかった建物の中などを覗いてみると、銃弾の後が残る家具や商品棚が盛大に倒れており、中のものもぶちまけられている。

 その中のものも長い間雨風にさらされたためか、ずいぶんと劣化していた。


 この都市のように荒れた都市はここだけではない。世界にいくつこのようなゴーストタウンがあるのか数えられないくらいだった。

 ジルが割れたガラスを踏むとパキンと音がした。ガラス片はそこらじゅうに散らばっているため歩くとひたすらパキパキと音がする。凍った水溜まりでも踏んで割ってるかのような感覚である。


 ガラスを踏んづけながらこの都市の中心地らしかったところへたどり着いた。

 大きな広場の中心に枯れた噴水がたたずんでいる。


 ここは公園だったようなのか、いくつか子供用の遊具のようなものを見かけた。

 どれも錆だらけだった。酷いものは、鉄が完全に赤黒く腐って崩れてしまったのもあった。


「アールズ行政区……この都市の名前か…」


 傾いて砂埃でかすれた標識を見てジルはポツリと呟いた。

 ここに到着するまでいろいろ歩き回っていたが、思った通り人に出会うことはなかった。たまたま遭遇しなかっただけなのかも知れないが、ジルはたしかに人が全くいないと確信できていた。


 この争いが絶えない世界で重宝される職の一つ。ジルは放浪をしている傭兵であった。

 戦争が絶えないのに、ほとんどの国は兵力が不足しているのが現状。

 傭兵はすでに珍しいものではなくなっていた。


 傭兵といっても用心棒や報酬次第では口にだして言えぬようななこともする。


 その傭兵の職をこなすうちにジルは人の気配をより強く感じとるようになっていた。

 いままでこのような都市を訪れてもある程度人にあったり、気配を感じ取ってきた。


 たが、今回はビックリするほど人どころか動物の気配すら感じ取られなかった。人っ子一人といないというのにまさに上出来である。


 噴水に腰を下ろし、しばし周りの様子を伺った。


 気づけば空は色づき、焼けついたような赤に染まっていた。


(日が落ちてきたな……早いとこ寝床を探すか)


 ジルは辺りをぐるっと見回した。

 辺りにしばらく雨風をしのげるような場所があるかを探した。


 建物はほとんどが老朽化や風化で崩れかけている。入れそうなところも中で様々なものでごった返して寝床にはむかない。

 しかもむやみに入って崩れてきたら一大事だ。


 コンクリート製の建物が多いようだがどれもだいぶひどい状態である。

 ジルが試しに柱に手をかけて少し力を入れただけで、ヒビが入ってぱらりと欠片がこぼれ落ちた。コンクリートって意外と脆いものだなと、ジルは1人ぽつりと思った。


 なかなか見つからないものだと、ふらふらとさ迷っていると小さな橋に差し掛かった。


(ははぁ……これは…。)


 こんな砂ばかりの所の真ん中にあるゴーストタウンだから川はとっくに枯れてしまっているかと思ったら、まだ川は死んではいなかった。


 水は確かにその大地の舗装された窪みの中を流れていた。おそらく、地下水をどこからか引いているのだろうと勝手に推測した。


 少しばかりこれにはジルも感嘆した。

 何を思ったのかジルは橋の下を流れている川をふと除いてみた。

 水は茶色く濁り、少しばかり鼻につくあのヘドロ特有の臭いを放っている。


 一言で言えばとても飲めそうにないのが結論である。


 ぼんやりと川を見ていると、パシャっと小魚が跳ねた。今日初めて自分以外の生き物を目にした。こんな誰もいない都市の汚い川でも魚が住めるのか。


 案外生命はしぶといものだ、食べる気にはならないけど。


 ジルはその魚が飛んだ箇所をしばらく見ていた。


 そうしていると、川の橋の下の影に小さなプレハブ小屋がひっそりと建っているのを見つけた。


「お!いいのがあるじゃーん」


 それを見つけるやいなや、ジルは川のほとりに降りてプレハブ小屋のそばに駆け寄った。


 所々穴があいているおんぼろだったが今にも崩れそうというわけでは無さそうだ。


 さっそく彼は、立て付けの悪いドア(というには少し乱暴な気もする立て掛けてあるだけの板)を開け、中を捜索しだした。


 こじんまりとした小さな空間に、屋根の穴から夕日がこぼれ落ちている。ジルはしばらく中の状態を目視のみで入口から突っ立ったまま探っていった。


 真ん中におかれているのはオレンジの木箱。染みや汚れが多いことから相当年季が入っていそうである。

 その他に空間の隅に寄せられたぼろ切れや薄汚れた毛布の塊。さら隣にガラクタが詰められた箱が置かれている。


 オレンジの木箱の上をよく見るとポロポロと乾いた何かのカスが散らばっていた。


 ジルはこれを見て唸った。自然にしては整いすぎている。しかもこのカスは何かの食べカスであろう。


 そのオレンジの木箱のカスをはらい落としながら、ジルは次にガラクタばかり詰められた箱に目をやった。


 箱のガラクタの中は刃こぼれしたノコギリや針金、さらになにに使われていたのかよく分からない何かの部品が大量に入っている。

 まるで集めたものをここに全て詰め込んだような具合である。


 明らかに人がいた痕跡をこの空間は保っていた。


(人はいないと思ってたけど、やっぱり誰かいるのか、それとも………。)


 あるいは自分と同じような放浪者がここを使用したのか。


食べカスの時期を見るに、そんなに新しくはない。少なくとも1週間くらいかそれ以上だ。


 その可能性は十分孕んでいる。


 だが、そもそもプレハブ小屋があること自体でまだ人がすんでいる可能性のほうが高いような気もしてきた。

 しばらくジルは調べながらウンウン考え込んでいたが、バサッと背負っていた古びた鞄を乱暴に置いた。


(………まあ、しばらく使われてなさそうだしな。とりあえず寝床はここでいいか。)


 ジルはそのまま外に出た。

 寝るのはもう少し後でいいだろう。寝るにしてもまだ目は冴えてしまっている。少しまた歩いてこれば丁度いいくらいになると思ったからだ。


 空はもう赤から深い紫に変わり果てていたが、探索をすべくジルは町の影へと消えていった。


 ***


 1つの影が深い闇の中を足速くかけていく。

 月が出ているのて全く物が見えないというわけではないが、一般人ならそれでも暗闇での行動は視界に支障をきたす。


 だが、それをないものかのように少女は柵を乗り越え瓦礫の中を突き進んでいく。瑠璃のちぐはぐに結んだツインテールが乾いた風にひらりとなびく。


 右手に持っている袋は何か入っているのかガシャガシャと、金属音を鳴り響かせていた。


 なにも明かりがないので星はここぞとばかりに美しく輝いている。

 少女は星を眺めながらガラクタの山を登り、てっぺん辺りでひとまず休憩を取った。


 今日はこの廃棄物だらけの広場で金属などを集めていた。

 集めて貯めた金属はここから歩いて丸一日くらいの回収場へ持っていく。そこでいくらかのお金に変えて必要なものを買っている。

 そんな生活を十何年も続けていた。


 たぶんここで集めているのはもう彼女くらいしかいない。廃棄物はどこからか運ばれてくるようなので、なくなるという心配はない。


まあ、運ばれてこなくても自分が生きている間は、この廃棄物の山が消滅することは無いのだろう。それくらいこの都市の半分ほどはゴミに埋もれている。


 少女は、廃棄物の山のてっぺんで小さく座り込み、今日拾ったものをゴソゴソと数えてみた。


 バネやら、何かのネジ。数十センチの針金に、布に包まれたまだ使えそうなヒビの入った包丁の類。

 今日もいつも通りの戦利品と言ったところか。


 だが今日はかなり遅くなってしまった。いつもなら日が傾き始めるくらいには手を止めて寝床に帰るのに、つい夢中になってしまった。


 山から飛び降りて、再び袋を揺らしながら進んでいく。橋の前で土手の下におりてあのプレハブ小屋にたどり着いた。


 相変わらずの無様な立ち姿である。また新しく穴ができたようなのでそれも直さないといけない。


 少女には普段寝床にしているところが他にも4ヶ所ほどあるので、ここを使うのは久しぶりだった。前に使ったのはどのくらい前だっただろうか。ここでの最後の記憶はパンを噛ったことしか覚えてなかった。


 ただ立て掛けてあるだけでドア代わりにされている板をどかして、壁にある突起に持っていた古いランプを吊るした。


 ランプに手を当て、しばらく何かを込めるような仕草を取るとランプにぼんやりと淡く光る炎のようなものが灯った。

 炎のようだと言ってもこれは触れても熱くはない。


 これも魔法の一種である。いつの日か誰かに教えてもらったものだ。


 その誰かはとっくに曖昧になっている。残っているのはただこれを教えて貰ったという記憶しかない。


「?なんだこれ?」


 明かりがついたことで少女は無造作に置かれている見慣れない布でできた物を見つけた。それを躊躇うことなく、つまみ上げてみる。


 意外と重い。


「………これは、鞄ってやつか?」


 少女は鞄そのものを見るのは久しぶりだった。廃棄場にいくつかの布物はたまに転がり込んでくるものの、だいたい破れてたり原型をとどめてなかったりする。少女はちゃんと形状を留めている鞄を近くでをまじまじと見るのは初めてであった。


 ずいぶんと古びれている肩掛け式の鞄だ。放浪者でもここに立ち寄って寝床にでもしたのだろうか。


 しかし、鞄をつまみ上げたと同時にある疑問が少女の頭に浮かんだ。


(………に、しては軽いな…。)


 に、してはどころか多分相当軽い。重みが鞄の重みだけなのだ。持った感じだと中身は一応何かは入っているが。


 彼女は放浪した経験はないのだが、それでも放浪者がこんな身軽に旅をするものだろうかと思考することは可能だ。


 そんな疑惑を持ち、少女はバサバサと鞄を逆さまにして振ってみた。一応入っていた中身がばさりと、地面に落ちた。


 だが、それによりますます少女はこの鞄の持ち主がわからなくなってしまった。


「…………?」


 出てきたのは紙の束。ある一方の端が閉じられているものだ。

 その閉じられている端の反対の所は開くことが出来る。


「………これは本か…。」


 本を最後に見た記憶は思い出せる限りなかった。しかし、「本」と言うものを認識出来たのならどこかで見たことはあるはずだ。

 ということは思い出せないくらい、うんと昔に見たぐらいなのだろう。


 生まれてからずっとこのゴミ捨て場の街にいる中で、思い出せなくなるほど前にしか本を目にしていない。


 そのくらいここでは布以上に本、どころか紙というものは手に入りにくかった。金属なら大量にそこらじゅうに転がっているのだが。


 1番上の紙はくすんだ茶であり、これはどうやら日で焼けてしまっているようだ。

 分厚くてしっかりとしている。

 少女はそれを上にかざしたり、裏に返したりとして、その本に穴が空くほど見入っていた。


 なぜ、鞄に本しか入ってなかったのかという思考はどこかに吹き飛んで、少女は初めてまじまじと見る本に強い興味を示した。どっちが表なのかもよく分からないが、何かが大きく書かれている方がとりあえず表なのだろう。


 少女は何となくそれを察した。


(なんか文字っぽいのが書いてあるけど……僕は読めないんだよな。)


 少女は字が読めないのでその表紙に書かれたのがタイトルだと言うことはわからない。

 本とは確か、中に沢山文字が書かれていてそれを読むものらしい。


(どうせ読めやしないけど…。)


 それでも、中を開いてみたくなった。

 本というものの存在を自分の中ではっきりさせておきたかった。少女はどうせ読めないと分かっていながらも、思い切って表紙を開いた。


 最初の何ページかはポツポツと文字が書かれているのみだった。

 これが目次だということは少女にはわからなかった。


 そして、そのページが終わると紙一面にびっしりと、小さなものが書き込まれていた。


(うわっ……。)


 いきなり、あまりにもたくさんの集まったものを目にしたため少女は少しばかり驚いた。なんとも言えぬ気味悪さも込み上げてくる。


 思わず目を背けた。


 文字は認識出来なければ奇妙な記号の羅列でしかない。


 少女は少し本から目を離して天井を仰いだ。ぽっかりとプレハブが壊れて空いた穴を塞ぐように、星空がはめ込まれている。


 しばらくそれを眺めていた。


 上を向いたまま少女は深く息を吸って目を瞑った。その息を吐き出すた同時に、再び少女はあの羅列と格闘し始めた。


 1枚ずつざっと、目を通すと次へと進んでいった。


 しばらくは本当に続く文字の羅列のみである。なんとか文字に酔うことは無くなってきたが内容はてんでわからない。これが続くようなら読んでも意味は無いし、十分だろう。

 次くらいでやめにしようかと、少女はそう考えながら綴られた紙を1枚めくった。


 その紙には文字は綴られていなかった。


 少女はそれを見て、手を止めた。文字とは打って変わって、贅沢に2枚の紙を使って大きく絵が書かれている。


 真っ青に、広がる空には堂々たる入道雲が浮かんでいる。

 青に白がよく生えて圧倒的な存在感を放っていた。


 しかしそのにはまだ、それに負けないくらいの存在感を放つものがあった。

 薄い青と緑が混じった透明な色。それはあまりにも透明で、底の色までも明確に映し出している。


 さらに奥に行くにつれて青が深まり、空よりも深く、鮮やかかな青い水がゆらゆらと揺れている。反射した光によって波がきらきらと、ガラス片のように輝いていた。


 ここまで綺麗な絵は見たことがなかった。


「……ここは、お前の寝床だったか?」


 あまりにも引き込まれすぎて近づく足音に気づかなかったようだ。


 少女は突然の自分以外の声によって、その絵から意識を引き剥がされた。

 自分以外の声を聞くのは実に久しぶりだった。


 今日はたくさんの久しぶりなことが起こっている。

 少女はほぼ反射同然に顔を勢いよく本から離して、声がした方に目を向けた。小屋の入口には、絵の青とは反対の焼け付くような淡い赤の髪の男が立っていた。


 ある程度辺りを見てきたジルが戻ってきたのだ。


 帰るとプレハブ小屋にぼんやりと明かりが着いていたので驚いた。

 最初は酷く警戒したが、そこに殺意は見受けられないと判断して中に入ったのだ。

 少女はしばらく久しぶりに話す他人を警戒して見ているだけだった。


「…………これはお前のか?」


 試しにぶっきらぼうに、ジルの目の前おそるおそる鞄を差し出した。


「そうだよ。寝床を探してたらいいのがあったもんでね ……悪いな、すぐ出ていく」


 ジルは荷物を受け取ってそういった。


「…………い、いや。ここは使ってもらって構わない………他にあるから。」


 少女は慣れない他人との会話にたじつきながら言った。

 人に会う機会なんて、回収所のボケたじいさんくらいしかないと思っていた。


「そうなのか?なら、お言葉に甘えようか……あれ、あれがない……」


 ジルは怪訝な顔をして鞄を軽く振った。いつもより軽くなっていたのだ。

 ジルが鞄の中を覗き始めると少女は「これも」と言ってあの、本を差し出した。


「あ、読んでたなお前、それ。」


 それを見てジルは笑いながら言った。

 他人の物を勝手に見るのは良くないだろう。少女は何となく申し訳なくなった。


「あのさ………。」


 少女はジルに少し気になることがあって言った。


「なんだ?」

「その、本…………えーと、……これ」


 少女はジルから本を借り、ぱらぱらとページをめくった。

 開かれたのはあの「絵」の所だった。

 その、絵の右ページの右下絵よりは薄い青の四角が書かれている。その中にはさらに白色で何かの記号が書かれていた。


 それを少女は指さした。


「これ、なんて読むんだ?」


 ジルはほんの少しの間、なにかぽかんとしたような顔をしたが、直ぐに納得したような顔になった。


「ああ………お前字が読めないのか…」


 まさにを言い当てられて少女は少しばかりむっとした。しかし、そうでなかったらこんなことわざわざ尋ねていない。


 だまって頷くしかなかった。


「これはな………「海」だ。」


 ジルが読み方を使えた。


「……うみ?」


 ジルの言葉に少女が反応する。

 それを聞いた時、少女の頭のどこかに僅かにのこった古い記憶が呼び起こされた。


昔どこかの誰かにきいた、大きな水溜まりの話だった。男か女かもあやふやだけど、そこからとても暖かい何かが溢れ出ていた。


「海………そうか、これがか……」


 ゴミ捨て場の街の少女はまた、食い入るようにその挿絵を見ていた。


 これが2人を巻き込む大きな出来事の始まりと知らずに。

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