第5章 文明人
1 科学文明都市 トーキョー
辺りに積もっていた雪はすっかり姿を消して、冷たかった北風もどこかへと飛んでいってしまったようだ。
黒く舗装された道にてらてらと太陽の光があたっている。気づいたら現れていたこの道に沿ってジルとラピスは歩いていた。
が。
「……………………。」
ラピスは道の脇にあったちょうどいい岩の上に座り、空を見て放心している。ジルもその近くの岩に腰掛け、無言で地面をぼうっと眺めていた。
「…………傭兵……………。」
「……………………なんだ、どうした?」
「……………………体がだるい…………。」
しばらく返事は帰ってこなかった。
それは特大のため息と共に帰ってきた。
「奇遇だな。…………俺もだ。」
ジルがそう言うとまた、ため息をついた。
とにかく気分が上がらず、体の力が抜けていくのだ。二人が進んでいくたびにそれは強くなっていった。
いったいどういう事なのか。ラピスは考えてみるも思考はすぐにぷっちりと切れてなかなか続かない。
座っているのも嫌になってきた。
「なんなんだろ………これ………。」
「『魔力抜け』………ってやつだな。」
「『魔力抜け?』」
ラピスは視線を空からジルの方に戻した。彼の態度も普段よりだいぶ鬱々としたものになっていた。
「俺たちの体には魔力ってやつが流れてる。それは知ってるのな?」
「うん。で、たしか周りのものにも一応流れてるんだよね。この岩とかも。」
ジルから軽く教わったのでこの位のことはラピスの知識として備わってきた。
魔力はありとあらゆるものに流れるものであって、それは時にその辺の大地一帯にも流れるものである。
「ああ、確かにそうだ……………けどなぁ……。」
ジルは座っていた岩をぽんぽんと叩いた。
「この辺りは少ないんだよ。流れている魔力がさ。というかほぼゼロだなこりゃ。」
どうしようもないと、困った顔で笑った。
この世界に魔法が使えない人間がいるように、大地にも流れている魔力の差があった。魔力によってより濃く流れている箇所が光って見える場所があればこの地のように魔力がほとんどない場所も沢山ある。
「で、こういうのは俺たちにも何かしらの影響がある。魔力が強いところに行けばそれが俺たちにの方にも流れ込んでくるわけでいつもより体が軽くなったりとかな。…………けどここの場合は魔力が無さすぎるから、逆になる。俺たちの方から魔力が少しずつ抜けていってる状態になるんだ。そうすると俺たちのバランスが崩れてこうやって気分が上がらなかったり、魔法が使いづらくなるってわけだ。」
「それが『魔力抜け』ってこと?」
「そうそう。ここは特段とそれが強いみたいだな。魔力がスカスカなぶん。」
つまり今は慢性的に魔力を使いすぎてしまったような状態になっているようである。
完全に使い果たしてしまった時ほど酷くはないようだが、それでもやはりつらいものはある。
「しばらくずっとこんな感じなの?」
そう尋ねるラピスは焦ったような顔だった。
こんなのが続くのだけは勘弁して欲しかった。ジルはそんなラピスの心配を見透かしたのか、笑いながら答えた。
「いやそんなことは無い。俺たちの体もちゃんとだんだんバランスがとれてきて大丈夫な状態になる。それまでは我慢だけどな。」
そう言うと、ジルは立ち上がり道の遥か先を指さした。
「だいたいこういうとこにあるのは科学都市だな。魔法じゃなくて科学を使って発展したとこだ。この道もコンクリートで舗装されているし、向こうにも小さく見えてるだろ、大きなやつが。」
ラピスがその指の先を追いかけると、遠くに大きな四角い黒い影がぼんやりと立っていた。
ラピスは似たような光景を見たことがあった。
自分の一応の故郷とよく似ている。
「なんか、あそこみたいだな……。」
「そうだ。お前が元々いた所は恐らく科学文明都市だった。あそこがちゃんとした都市であれば今まで訪れた場所で一番人が住んでいるかもな。」
***
広場を走り回る子供たち。忙しなく動く人混み。機械的な音を立てながら、物凄い速さで移動する箱のようなもの。
ジル曰く、あれが車というものらしい。中にガソリンを入れてそれを動力として人の足の代わりとなる便利なものだ。
ラピスがもといたアールズ行政区にもボロボロになったものならいくつかその辺に転がっていたので存在は知っていたが、実際動いている見るのは初めてだった。
旧式で燃費の悪い車が黒い排気ガスを立て、人が次から次へと行き交い、この文明都市「トーキョー」を作り上げている。
魔法をエネルギーとして活用できないため、この都市の主なエネルギー源は電気や化学燃料である。
今、ラピスがいるのはこの街の中心のセンター広場という所であった。
真ん中に大きな噴水があり、透明な水を湛えて勢いよく吹き出している。飛沫がここまで飛んできて涼しい。
植えられた木々を挟んで後ろに見えるのは無機的な建造物の群れだった。どこか故郷に似ていて親しみを覚える。
噴水を眺めながらラピスはふと、ポケットを漁り1枚のカードを取り出した。
そのカードには自分の写真と名前、見た目のおおよその特徴が書き込まれていた。ラピスはこれを全部読めるわけではないのでそれを知ることは無い。
カードはこの「トーキョー」の検問に着いた時に作ったものだった。
この都市に入る者は皆このカードを作るようで、予めこれに滞在予定期間や目的などを書き込んでさえいればこの都市で自由に過ごせるらしい。
やはり、発展した都市のだけあって治安は悪くはないようで武器の様なものを持ち歩いている人物は少ない。それに基本この都市では武器の所有は問題にならないが、使用は禁じられている。
しかし完全に傭兵や用心棒らしき人物がいないわけでもなく、この広場に来るまでに何人か見つけた。ラピス達と同じように放浪しているのだろう。
ジルは先程何か食べ物を買ってくると行ってしまった。
時間もおおよそ昼を回ったくらいである。
きゅるる、とラピスの腹の虫が鳴いた。まだ気分は上がらないが食欲がないとは一度も言ってない。
ラピスはジルを待つ間、近くにあったベンチに腰掛けて待つことにした。
ラピスはベンチに腰掛けて風景をぼうっと見ていた。辺りを散歩してくる気にはまだなれなかった。
この都市の風景はアールズ行政区と同じように無機的だが、そびえ立つ建物の間を埋めるようにまだ緑があった。植木が青々と葉を茂らせて、花壇には小さな花が咲いている。公園に限らず、道の真ん中とかにも低木が植えられているのも見た。砂しかなかったあそことは大きな違いだ。
それにどこを見ても人、人、人。
ここに来るまでに必ず人が目の中にいた。この公園にも道よりは少ないが人が行き交っている。
ポリックよりも遥かに人の数は多く、その量に圧倒されてしまいそうだった。皆慌ただしく歩いていき、薄い箱のようなものを手にして歩く人もいた。
自分が元々いた場所も昔はこのような光景だったのだろうか。こんなふうに人が暮らして生活を築いて、過ごしていく。
それが崩れ去って残ったのがあのゴーストタウン。
大層なものだが壊れる時は一瞬なのだろうと、なんともいえない虚しさが広がった。
「…………星……虚しさ………空想……。」
ふと、隣からそんな声が聞こえてきた。
ラピスがそちらを振り返ると、自分が座っているベンチの端にいつの間にか男が一人座っていた。
黒縁のメガネをかけていて、手帳に何かを書き込んでいる。そして、何かをぶつぶつと呟いてまた何かを書き込む。それを繰り返していた。
時折、行き詰まったように顔にシワを寄せて、ペンを額に当てて考え込んでいた。
「星座………いや、違うな……。イメージはもっとこう……壮大な…………。」
ぶつぶつと悩みながら呟く男をラピスは好奇心で見ていた。
手帳はかなり使い込まれているようで端がしなしなになってめくれていた。表紙に文字が小さく書き込まれているが、生憎ラピスはそれを読むことができなかった。
一体何をしているのだろうかとラピスが男を眺めていると、彼がこちらに気づいた。
歳は自分よりも上にラピスは思えた。
「ああ、ごめん。気になっちゃった?」
男の第一声はそれだった。特に感情を感じさせない喋り方だった。
「い、いや……。こっちこそじっと見てしまって………。」
「悪いね。昔からの癖だ。文字を書くとなるとどうも口に出してしまうようで、ね。」
困ったように笑うと、男はパラパラとメモ帳をめくった。びっしりと細かく書き込まれているページもあれば、大きく殴り書いたようなページもあった。字体は基本綺麗であった。
「何してたんだ?………文字を書いてた?」
「まあ……………ネタ出しってとこかな。今日は博物館に行ったし何かしら思いつくかなーって………ほら。」
男が一番新しいさっきのページを見せてくれた。いろいろと何かが書き込まれている。
しかし、読めるわけがないのでラピスは顔をしかめることしかできなかった。ぽろぽろと文字だけなら認識できるものもあるがわかる単語にいたっては皆無だった。
「う、うーん………。」
顔を顰めて文面とにらめっこしていたら、男が首を傾げた。
「?どうしたの?」
「…………ごめん、僕は文字が読めない。」
しばし間を作り、ラピスはがそう言うと、男が少し驚いたような顔をした。
「読めない………?…………ああ、君もしかして「『トーキョー』の人じゃないね?」
ラピスは少し驚いて、手帳とのにらめっこを中断した。
「え?どうしてわかった?」
「ここの人はみんな子供の時に教育を受けて読み書きはほぼできるようになるんだよ。けど世界的に見て識字率が高いところはまだ少ないからね。珍しいことではないよ。」
難しい言葉が多くて、ラピスは男が話していることが完璧に理解できなかった。
そう言って男はメモ帳の真っ白なページを開けた。
「聞いてもいい?君はどこから来たの?」
男が問いかけた。ラピスはしばらく答えるか迷ったが答えても特に害もなさそうなので答えることにした。
「えーと……アールズ行政区ってとこだ。」
「アールズ行政区?聞いたことないなぁ……。」
「わりと近場ではあるけど。ここと似たような場所。だけどもうほとんど誰もいない。多分。」
「……ほぼゴーストタウンって感じかな?君そこにいたの?」
「そうだな。まあ、生活できないわけではなかったし………。」
男はふうん、と言うとさっきラピスが言っていたことを書きとっていった。筆跡が多少乱れていた。
「………ここと似ているって言ってたけどどんな感じ?本当に建物だけ残ってたってこと?」
「そうそう。ただ所々崩れていたり、中はゴミだらけだったり。水道や電気はまだ残ってたところはあった。」
「なるほどね………。ゴーストタウンって世界には沢山あるらしいけどそこから来たって人は初めてだよ。」
「へぇ………結構珍しい事なのかな。」
「そもそもそこから出る手段とかもほとんどないとは俺は思うんだよね。都市から都市に移るって相当準備とかいるし、貨幣市場ならお金もいるし。君も大変だったんじゃない?」
「まあ、たしかに………。」
男の言う大変と、ラピスの思う大変は別のものかもしれないが、どちらも間違っている訳では無い。
ラピスもジルが現れなかったら今もあの街でゴミクズを漁っていただろう。そう思えば自分はかなりラッキーだったのかもしれない。こうして外の世界を知る事ができている。
たとえその道が過酷なものでもだ。
「そういえばさっき。ネタだしって言ってたけどあれは…………。」
今度はラピスが男に問いかけた。しかし、返答は帰ってこない。
男は額に手を当てて、前のめりに座り黙り込んでいる。
「どうしたの?」
「ごめん、すこし頭が………。」
男の声は苦しそうだった。表情は歪んで冷や汗をかいている。
ラピスは心配して、男に触れようとした。
すると、男の体はぐらりと傾きそのまま倒れてしまった。
「!!?ちょっと!!」
ラピスの焦った声が、公園に響いてそれに驚いた鳩が騒がしく飛び立った。
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